第4話 果ての世界からの逃亡
目の前にいるゼオンを睨みつけながら、
『全員、撤退だ』
聞かれないよう念話で指示を出す。
『撤退!?』
リュゼと対等に戦えているアイラとしては現在の状況で撤退することに不満があるようだった。
だが、情報が少ない状況でゼオンと戦うのはあまりに危険すぎた。
『俺がやられたら、その時点で全員が終わりだ!』
以前にゼオンを倒して眷属の全員を巻き込んだのと同様に、俺がやられることでシルビアたち全員を巻き込んでしまうことになる。
ゼオンの【自在】に対抗できるのは、俺の【世界】ぐらいなのは以前の戦いで証明されてしまっている。
だが、その【世界】も通用しない。
「そういうことなら……!」
「ふっ」
「ちょ……!」
遠くから砲弾のように飛んできたノエルの蹴りをゼオンは足を掴んで受け止めてしまう。
「お前の相手はわたし」
「任せた」
同じように飛んできたキリエがノエルの頭を掴み、ゼオンが手を放すとノエルの体が地面に叩き付けられる。
瀕死とも言える重傷だが、一瞬の隙は得られた。
「【転移】」
迷宮へ戻るだけなら【転移】を発動させるだけで十分だ。
「逃げたければ好きにするといい」
「え……」
戻る直前に聞こえたゼオンの言葉に困惑しながら、目の前の景色が変わる状況を受け入れる。
☆ ☆ ☆
「……全員いるな?」
「はい」
「ええ」
吹き飛ばされたノエルもイリスが回収してくれたおかげで無事に帰還することができた。
目の前には固く閉ざされた扉がある。
あの真っ白な世界へと続いている扉だが、しばらくは開けるわけにはいかない。
「あいつらが向こうから来る可能性は?」
『大丈夫。今のところは開けられる心配はないみたい』
迷宮核の言葉に胸を撫で下ろす。
とはいえ施錠することのできない扉だ。俺たちがドードーの街にあった迷宮へと繋がる扉を開けられたように、この迷宮にある扉を開けられないとは限らない。
「おそらく大丈夫だと思います」
不安に囚われながら考え事をしているとメリッサが教えてくれた。
「彼の最後の言葉。それに、その気になればもうこちらへ攻め込んできてもおかしくない、と言うのに攻めてくる気配が一向にありません」
扉は沈黙を続けたままだ。
だからと言って安心できるわけではない。
『……うん?』
「どうした?」
迷宮核の言葉に顔を上げる。すると、「ガチャン!」という大きな音が扉の方から聞こえてくる。
扉を見れば中心部近辺に直前までなかった錠前が出現していた。
試しに扉を開けようとしてみるが、以前のように扉が開く気配はない。原因は扉に現れた錠前だ。これが扉を押さえ付けている。
『どうやら君のゼオンを恐れる心が扉に鍵をつけたみたいだね』
恐怖。
錠前の根源にある心境を言われて複雑な気分になった。だが、自分が死んでしまった時のことを恐れている自覚は持っている。
「これで、こっちへは来られないようになったのか?」
『そうだろうね。ただ、この方法だと問題がある』
分かっている。
内側にある錠前。俺の意思で錠を外すことはできるらしいが、内側で施錠する為には施錠する俺が内側にいる必要がある。
『向こうの探索は施錠したままだと無理だね』
扉の向こう側で施錠することができるかもしれない。だが、そこまで上手くはいかないだろう、という考えがあった。
『つまり、現状では攻められる心配はなくなったけど、こっちから攻める方法もなくなってしまった』
「いや、それでいい」
現状ではゼオンに勝利する光景を見ることができない。
どうにかして自分の迷宮で戦うことができれば【世界】の力も完全に使用することができ、ゼオンの【自在】にも打ち勝つことができるかもしれないが、負けた時のリスクを考えると危険の方が大きい。
俺はあの世界についても、自分のスキルについても知らない事が多すぎる。
「結局、あの世界はなんだったんだ?」
得られた手掛かりは、突如として現れたドードーの街、それからゼオンたちも自由に出入りができるという事実。さらに彼らとの戦闘で特別な事が起きた。
「あの世界は――神界」
「もう大丈夫なのか?」
横になっていたノエルがゆっくりと体を起こす。
ノエルとキリエの神気は普段以上に発揮することができた。
「神界は神がいるとされている世界。あの空間は、神界に凄い性質が近いって言っている」
言っている、というのは女神ティシュアのことだ。
神本人が「似ている」と言っているのだから間違いないのだろう。
「だけど、神界は現実に存在しているわけじゃないだろ」
概念として神のいる世界が存在する、そのように言われているだけだ。
女神ティシュアも亜空間へと消えただけで、彼女を称えた人々によって神格化されて神として人々を見守る存在となった。
「そう。それでも神が持つ性質に近い。だから、わたしたちは地上みたいに抑えられることなく神気を扱うことができた」
「あれで、抑えていたのか」
その制限も神界と似た空間だからこそなくなる。
「つまり、迷宮の最下層に現れた扉は神の世界を模した空間に繋がっていて、そこは地上ともリンクしている」
ドードーの街があるべき場所と方向や距離が一致していたのは偶然ではないはずだ。
「とはいえ、もう一度調べに行くのはリスクがあるんじゃない?」
最悪、扉を開けた先でゼオンたちが待ち構えている可能性がある。
全員で待っていることはなくとも、誰か一人が見張りで待っているだけで俺たちの侵入を知ることはできる。
「どうでしょうか。彼らにとって私たちの排除はリスクがあります」
「どうして?」
メリッサの言葉にアイラが疑問を投げかける。
「予想でしかありませんが、彼らの最終的な目標は柱――限界まで拡張された迷宮を世界に5つ用意することです。もし、今の状況で迷宮主である主が亡くなればどうなりますか?」
「どうなるって……」
どうにもならない。
迷宮主がいなくなった後は迷宮核が迷宮の維持を続け、亡くなる前に次の迷宮主を決めていなければ新たな迷宮主を待つことになる。
現状が維持されるだけだ。
『いや、消えるよ』
「……は?」
だが、迷宮核の意思は違った。
『君たちが寿命を全うして死んだならともかく、あんな何を考えているのか分からないような奴らに迷宮を明け渡すつもりはない。もし、君たちが死ぬようなことがあれば彼らの手に渡る前に自壊させる』
「それだけは止めてくれ」
アリスターは迷宮から得られる素材を頼りにしている。
もし、迷宮がなくなるような事態になれば数年と経たずに辺境は立ち行かなくなることになる。
「向こうにとっては地下100階まで拡張された迷宮があるだけでいいはずです。そうして迷宮をもう一つ限界まで拡張させる。私たちをどうこうするのはリスクばかりで、得られるものが少ないのです」
『ま、僕としても望むところじゃないのはたしかだ。だから、君たちはどうにかして彼らに勝つ術を見つけること。僕の勘でしかないけど、彼らを放置するのは凄く危険な気がする』
「……仕方ない。向こうへは行かずにやれることをやろう」
「やれること、ですか?」
首を傾げるシルビアに応える。
これからゼオンたちは迷宮をもう一つ拡張させる為に動くはずだ。邪魔をすれば衝突することになり、危険であるため避ける必要がある。
「まず、向こうへ行かなくても調べられることを調べる。そして、あいつらとの戦いで主導権を握る」
少しネタバレするなら、最下層の向こう側が最終決戦の場所となります。