第1話 最下層の向こう
8月は更新していきたいと思います。
4話までは迷宮の奥の話になります。
迷宮の最下層。
現在は100階まで到達した階層には99階との間を繋ぐ魔法陣があり、以前の最下層の出入り口は魔法陣しかなかった。
だが、100階まで到達した今は反対側の奥には真っ白な扉がある。
「本当に、大丈夫でしょうか?」
後ろにいるシルビアが不安そうに尋ねてくる。
そんな様子である理由も分かる。
「以前とは違うはずだ」
ゼオンとの戦いが終わってしばらくしてから迷宮の変化を確認する為、扉の向こう側へも足を踏み入れたことがある。
未知の領域があるなら冒険者として探索しなければならない。
だが……探索は失敗に終わった。
俺だけは自由に動くことができたが、眷属であるシルビアたちでさえ俺の近くにいなければ時が止まったように動きを停止させてしまう。
具体的な広さは俺を中心に10メートル。全員で探索に挑んだとしても、固まって行動しなければならない。
なにより……探索する意味のない空間にしか思えなかった。
「今なら何かが変わっているかもしれない」
「そうですけど……」
女神セレスの手によって最大拡張された迷宮が増えた。
それにより、世界を支える柱が4本に増えたという通知が届いた。
「――行こう」
扉を押し開けると、壁に当たるはずの扉が奥へと開き……
「景色は前と変わらないな」
真っ白な空間がどこまでも続く世界。
それが最下層の向こう側に広がっていた。
「では、私たちに何か変化があったのか確認してみますか」
「そういうことならあたしがやるべきでしょ」
メリッサの言葉にアイラが体を屈めてから走り出す。
いきなりの行動に止める暇もなく走り出すと、あっという間に100メートルほど離れた場所まで到達してしまう。
以前に訪れた時の10倍以上俺から離れている。それでもアイラが体を動かすのに問題がない事を示す為に跳ねて動き回っている。
「あいつは……」
「アイラさんなりに役立とうとしたのですよ」
「でも、何かあったらどうするつもりなんだよ」
「まあ、以前はマルスが近付けば動けるようになったし、今回も大丈夫だと思ったんじゃない?」
前回は前回だ。
どのように変質してしまったのか確認する為に訪れている、というのに前回と同じ法則が適用されるとは限らない。
最悪、俺から離れすぎたせいで停止してしまったままになる可能性だった。
「もう分かったから」
「おっと」
いつまでも飛び跳ね続けているアイラを【召喚】で近くへと喚ぶ。
「ゼオンが復活した以上この世界の謎を放置するわけにはいかなくなった」
「おそらく地下100階へと到達した迷宮だけが訪れることのできる世界だから」
イリスの言葉を裏付けるようにアリスター迷宮が限界まで拡張されたことで帝都の迷宮にも何かしらの変化がないか確認した。だが、それまでと変わらない状態である事だけが分かった。
条件は、地下100階まで拡張させること。
「そして、5つ目の迷宮が限界まで拡張された時に何かが起こる」
俺が知っているのは、3本と4本の柱が現れた時の状態のみ。そのどちらでも、俺たちが何もしていないのに活動範囲が広がった。
限界まで拡張された迷宮が増えることで、この世界に何らかの影響があるのは間違いない。
「活動範囲を広がったのは理解できた。だけど、こんな何もない世界でバラバラに行動する意味なんてない。なるべく離れないようにして探索を……」
「……何も変化がない、っていうのは間違いないみたい」
目を細めて遠くを見ているアイラが呟いた。
俺も同じ方向に目を向けてみる。
「……何かあるな」
あまりに距離がありすぎるため『何かがある』という事しか分からない。
しかし、間に遮る物が何もないため小さな点のように何かの影を捉えることができていた。
「ちょっと待ってください」
メリッサが【望遠鏡】で大きなレンズを生み出して遠くの光景が映し出されるようにする。
「どこかの街?」
魔法で遠くを見えるようにしても距離がありすぎるため映し出されるのは、魔物の襲撃に備えて建てられた外壁。それから外壁から生えるように見える塔のような物だった。
村と呼ぶには規模が大きい。
「前に来た時にあんな物あったか?」
「気付かなかっただけなのか、それとも新しく出現したのか……」
メリッサやイリスでも答えを出せなかった。
5年前に訪れた時は、俺から離れすぎると動けなくなり、永遠に動けなくなってしまうことを恐れて探索を諦めた。
俺だけは停止の影響を受けないため何度か訪れたことがあるものの、その探索も短時間で終えてしまっていた。
理由は、この世界の光景にある。短時間だけ、もしくは隣に誰かがいるなら耐えられるが何もない世界に一人で取り残されると迷宮主の精神力でも耐え続けることができない。
迷宮には環境の厳しい階層がある。中には猛吹雪で白かったり、暗い洞窟のせいで真っ暗だったりする。そんな場所でも『何かがある』というのは理解することができた。
しかし、ここは見えることで『何もない』ということが理解できていた。そのせいで『自分』という存在すら曖昧になり、逃げ帰るように自分の迷宮へ繋がる唯一の存在へ縋った。
「初めて迷宮とこの世界を繋ぐ扉以外を見つけたな」
後ろには最下層にあった物と同じ扉が鎮座している。
消えてしまうことを恐れて試した事はないが、最低でも半日程度なら開けたままにしておいても問題がない。
「そっちとは連絡を取ることができるか?」
『どうやら連絡程度なら問題なくなったみたいだね』
迷宮核へ【迷宮同調】で念話を送ると問題なく返事があることに安堵する。
以前は迷宮核どころか同行していなかった眷属と連絡を取り合うことすら不可能だったため機能が拡張されてくれたことになる。
「もし、扉に何かがあったらすぐに連絡しろ。どんな状態であっても探索を中断させて戻る」
『了解。僕としても向こう側に何があるのか気になるからね』
迷宮核は、限界まで迷宮を拡張させた時に何が起こるのかを知りたがっていた。
だから最下層の向こう側を探索したいとは思っていた。ただし、迷宮主である俺を危険に晒してまで探索しようとは考えてはおらず、率先して向かわせるようなことはなかった。
だが、俺から探索するなら率先して協力してくれる。
『だけど本当に気を付けてね。僕に分かるのは、迷宮側にある扉の変化だけ。その世界で何があっても察知することはできないし、援護だって何もすることができない。僕の知識も役に立つかどうか分からない』
迷宮核が管理することができるのは、あくまでも自分が所属する迷宮のみ。
そして、最下層に出現した扉から出入りすることのできる世界だが、迷宮とは別空間らしく、迷宮核には一切の情報を知ることができなかった。
同様に【地図】をはじめとする【迷宮操作】や【迷宮魔法】の類が全て迷宮内と同じようには作用してくれない。
探索した場所の地図は作成されてくれるが、探索していない場所の情報まで得ることができない。
完全に『迷宮外』として扱われていた。
「分かっている。けど、ようやく見つけることのできた変化なんだ」
現れた街を探索しない訳にはいかない。
『……本当に気を付けてね』
心配性な迷宮核との会話を打ち切って街のある方向へと歩き出す。
ただし、砂漠で見える蜃気楼のようにポツンと見えるだけの街へ向けて進むのは精神力を要し、街へ辿り着いた時には半日以上の時間が経過していた。
「ドードーの街」
街の門に掲げられた看板にある名前を読む。
近隣では聞いたことのない名前だし、この世界での移動距離が現実と連動しているなら、移動した距離を考えればメティス王国を出てしまっている可能性がある。
最下層の向こう側にある真っ白な世界――イメージとしては精神と〇の部屋です。