第50話 復活の迷宮主
ある迷宮の最下層。
近くに街もなく、定期的に魔物を狩りに来る冒険者ぐらいしか訪れていなかった迷宮だったが、数年前にゼオンが訪れた事を機に劇的な変化を遂げることとなる。
そのまま朽ちて消滅するしかなかった迷宮に罠と魔物が溢れるようになった。ただし、それは下層での話。冒険者が訪れるような上層では以前と変わらない光景が広がっており、地下30階にいるボスを前に最下層まで到達することができず放置されている。
まさか一人の男によって攻略され、変化を遂げているなど思いもしなかった。
「これで、どうなることやら」
迷宮核に大量の魔力が注がれる。
迷宮は限界である100階までの拡張を果たす。とはいえ、途中は最低限の設備のみを調えただけであり、10階層毎にいるボスを考慮しなければ攻略は簡単だ。
女神セレスの目的は、あくまでも地下100階へ到達した迷宮を増やすこと。
「何も起きな……ん?」
最下層の一角から強い光が溢れ、奥からセレスにとって見覚えのある人物が姿を現す。
「どうやら成功みたいだな」
現れたゼオンを確認して胸を下ろす。
「……アレからどれくらいの時間が経った?」
生き返ったせいか自分が死んだとは認めたくない。
マルスとの戦いから何年が経過しているのか。戦った時と変わらない姿でセレスに尋ねる。
「約5年と言ったところだ」
「5年……その程度しか経っていないのか」
ゼオンとしては数十年後……安全を期すならマルスの寿命が尽きた後ぐらいが望ましかった。
「その点は謝る。妾としてもしっかりと準備をしてから事を進めたかった。だが、少々派手に暴れすぎたようで、奴らに目をつけられてしまった」
「どうやら、そのようだ」
ゼオンが見ただけでセレスの状態を看破する。
今の彼女は、せっかく取り戻した力の大半を失っていた。
「キリエの持っていた書物を触媒にしたのか」
セレスの傍には本が置かれていた。だが、ゼオンが拾って中を見てみても白紙のページが続くばかりで何も書かれていない。
以前は女神セレスが湖に加護を与える話が書かれた絵本だった。
しかし、マルスに敗れたセレスは自らの伝承が残された触媒に最低限の肉体を形成させることにした。
結果、絵本からは女神セレスの伝承は失われた。
「神というのは便利な存在だな」
「そうでもない。妾が一時的にでも消えてしまったのは伝承の弾圧が行われたからだ。現在も残っている妾の伝承を記した触媒になり得る物は少ない」
それに伝承を記した物なら何でもいいわけではない。
女神セレスを信仰していた物が所持していた物でなければならない。そこにセレスへの信仰心があるからこそ触媒として成立する。
「急いで復活させたのも理解してもらえると思う」
「これ以上の戦闘は無理か」
「悪食の能力は問題なく使えるが、以前のように戦うのは無理だ。雑魚どもならともかく、あいつらと戦うのは不可能だな」
マルスたちと戦えるだけの戦力はない。
それでもAランク冒険者を相手にするぐらいの力は残されていた。
神にとって人の範囲を逸脱していなければ脅威とは見做されない。
「戦力の問題なら心配ない。すぐにでも5人は用意することができる」
ゼオンが指を鳴らす。
すると、5人の女性の姿が一瞬にして現れる。
「おはよう。なんか全然死んでいたって気がしないんだけど」
「不要な記憶だから消した」
「うわ、そこまでできるの?」
「お前たちだから生き返らせるのも、記憶を消すのもできるんだ」
5人はゼオンの眷属。
復活したばかりのリュゼと何もなく会話を続ける。
「相変わらず強すぎる力。生と死すらも『自在』に操ることができるなんて」
「これも柱が4本あるからだし、対象がお前たち眷属だからできることだ」
他の人間が相手ではここまで簡単にはいかない。
もし、生き返らせるのだとしたらいくつかの条件をクリアし、ゼオン自身がリスクを負わなければ成立しない。それぐらいのリスクを負うぐらいなら生き返らせるのを拒む為、実質眷属にしか使えないスキルだった。
「大丈夫でしたか?」
「問題ない。キリエが復活したなら、しばらくは休ませてもらうことにしよう」
セレスの姿が消える。【祝福】を与えているキリエが現れてくれたことで、キリエの中から事の成り行きを見届けることができる。
「状況は理解しました。多少は予定を変更した方がよろしいですね」
仲間たちが復活と再会を喜んでいる中で、テュアルだけは迷宮から情報を得ていた。
「今の状況そのものがイレギュラーだ」
そもそもゼオンの死が予期しないものだった。
「こんな復活を前提にした計画は、奴らが想定以上に強かったからだ」
ゼオンの想定では、あの段階でマルスが地下100階へ到達できるはずがなかった。だが、マルスは借金をしてまで拡張を急ぎ、全く想定していなかった【世界】というスキルを得てしまった。
それでも『万が一』という事態は考えられた。
そんな場合における保険が、セレスに頼んで柱を4本に増やしてもらうことだった。
『これぐらいの協力は問題ない。妾としても柱を5本にしてもらう必要があるからな』
「ですが、ここまでの力を手にした今、恐れるものなどないのではないですか?」
状況を楽観視しているオネットを睨み付ける。
「忘れるな。俺の【自在】が強化されたということは、奴のスキルも強化されている。もう油断していいような相手じゃないんだ」
「かしこまりましたわ」
記憶にないが、最も強いゼオンが倒されてしまったのは事実。
見下していいような相手ではなくなっていた。
「俺たちの復活を優先させたせいで、もう一つの迷宮を拡張させるほどの余力はない。だけど、あいつらがいる以上は悠長にしている時間はないだろ」
『妾がいるから、大きな騒ぎでも起こせば魔力を集めるのは簡単だ』
ただし、その時はマルスに自分の位置を知らせることにもなる。
なるべく目立たず、それでいて瞬間的には大きな騒動が必要になる。
「ま、これから何をするのかは5年で世界がどれだけ変わったのか確認してからでも遅くはないだろ。とりあえずガルディス帝国があった場所を覗いてみるか」
ゼオンの提案に5人が頷いた。
☆ ☆ ☆
「マズいことになった」
強化されたスキル。
さらにセレスの言葉を考慮すればゼオンが復活している可能性は高い。
「けど、どうするんだ?」
宿の部屋でリオが尋ねてくる。
「何も手掛かりなんてないんだろ」
ゼオンはどうにかしなくてはならない。
だが現状で判明しているのは、どこかの迷宮を地下100階まで拡張させたという事実のみ。
世界に迷宮はいくつもあるし、以前は賑わっていたが都市の変遷と共に利用されなくなり忘れられた迷宮、見つかっていない迷宮まで含めればいくつあるのか分からない。
拡張に使われた魔力は、セレスがいれば用意することができる。
元々の規模はそれほど関係ない。
「仕方ない」
ゼオンを見つけるのは諦める。
「見ないようにしてきたけど、地下100階より先を調査する必要があるみたいだな」
今回の依頼の報酬として金貨50万枚、さらに持て余すことになる複数の呪具をいただいている。
これだけあれば迷宮の魔力を潤沢にすることができる。
「柱を5本にした時、何が起こるのか知ることから始めよう」
次章は、迷宮の地下100階よりも先と開拓の話になる予定です。
とはいえリアルの関係で、もう少し書き溜めてから投稿することになります。