第48話 女神の呪い
「もう1回、行ってこい」
空を全力で飛び、メリッサとノエルが戦っている場所の上空まで辿り着く。
そこは、周囲に何もない空き地で戦うのに適していた。
一人で移動した方が早く辿り着ける。しかし、到着したのなら一人でいる必要はない。【召喚】でアイラを喚び寄せると全力で投げる。
投げる先には敵――女神セレスがいる。
事前に伝えておいたおかげでアイラも召喚された直後に剣を抜く。
「困ったな」
呟きながら女神セレスがアイラの剣を拳で弾く。
「嘘ッ!?」
「真実だ」
弾かれたアイラを追ってセレスが蹴りを叩き込む。
直前に反応できたおかげで聖剣を割り込ませることに成功し、ダメージを負うことは免れた。
「大丈夫か?」
シルビアも召喚しながらアイラの隣に着地する。
奇襲は失敗に終わってしまった。
「ちょっと大丈夫じゃないかもしれない」
ショックを受けたアイラ。
奇襲が失敗したことよりも、斬れなかったことにショックを受けていた。
「あたし【明鏡止水】を使ったんだけど……」
今までどんな物でも斬ることができたスキルでも斬ることができなかった。
その事実は、アイラに少なからずショックを与えていた。
「当然と言えば当然かもしれないわね。だってあそこにいるのは本物の神だもの」
「でも……」
一度、体から力を抜いたノエルが教えてくれる。
これまで神を相手にしてきたことなら何度かある。アイラの剣で斬ったことがあるため『神だから通用しない』というのは納得できたなかった。
「それは、今まで相手にしてきたのが不完全な神ばかりだっただけの話」
力を制限された状態で顕現した神。
依り代に憑依した状態であるため依り代の強度以上の力が出せない神。
相手にしていたのは間違いなく神そのものだったが、神界における神の力に比べれば抑えられたものだった。
女神セレスも歪んだ信仰心から世界に顕現した。最初は意識も薄弱だったが、大量の贄を捧げられたことで完全な自我を取り戻すことに成功した。その時の様子からして『巫女』であるキリエの事を気に入っていたのは間違いない。
「あいつは復活した時は不完全だったとしても5年もの時間を掛けて力を取り戻した。さらに、その方法にも躊躇がない」
セレスが駆ければ都市の整備された石畳が壊れる。
「イリス」
名前を呼べば召喚されたイリスが現れる。
こちらの様子は把握しており、召喚した時点で羽衣を纏っている。
「【氷壁】」
神気が込められて造られた氷の壁がセレスの拳を防ぐ。
「……っ」
イリスの表情が歪む。今の彼女ではセレスが相手だと防御に徹するだけで精一杯だ。
二撃、三撃と拳を叩き込めば氷の壁が砕かれる。
「さすがは加護……いや、祝福を受けた人間の防御だ。妾の攻撃にも耐えることができたか……うん?」
「【爆発】、【雷光嵐】」
セレスの後ろへ空間転移したメリッサがセレスを中心に爆発を起こし、電撃を伴う嵐を巻き起こす。
空き地の外にあった建物が余波だけで崩れ始めた。
「まさか最初から空き地だったんじゃなくて……」
「仕方ありません。これでも足りないぐらいです」
突如、地下から噴き上がってきた魔力によって爆発と嵐が吹き飛ばされる。
「今のレジェンスでは彼女を傷付けることすら難しいです」
「お主は分かっているようだな」
「そうか」
悪食の能力で土地に宿る魔力を根こそぎ奪い取って、最悪の場合には枯らしてしまうこともあるセレス。
今のレジェンスは騒動によって感情が渦巻いており、魔力が満ちている。あくまでも潤沢なだけで利用するのは難しいが、セレスにとっては関係ない。今は餌場と化している。
ノエルが錫杖を手に飛び掛かるが、セレスの拳によって弾かれてしまう。
先ほどから何度も繰り広げられている光景。ノエルが繰り出す錫杖をセレスは上手くいなしていた。
がら空きになったノエルの胸に拳が叩き付けられる。
どうにか膝をついて耐えるノエルだったが、俺たちが合流する前にも何度か攻撃を受けていたせいで既にボロボロな状態だ。
「妾の敵になりそうなのは主ぐらいだ。だが、力を取り戻した今、妾の技には及ばぬ」
「くっ……」
蹲るノエルの首を掴んで持ち上げる。
どうにか抵抗しようと錫杖を持たない左手で持ち上げている腕を掴む。
「――捕まえた」
「む?」
直後、電撃の檻が二人を中心に形成される。
「……何も見ていなかったのか?」
呆れたように呟いたセレスが指を鳴らす。
すると、放たれた大量の魔力が電撃の檻を吹き飛ばす。
「妾には最高の餌だ。お前も喰らってやろう」
首を掴む手を通してノエルの神気がセレスに吸収される。
「この……!」
「放しなさい!」
シルビアとアイラが左右から同時に斬りかかる。
だが、直前で展開された神気の障壁によって防がれる。
「この程度か。とてもゼオンたちと同じ存在とは思えないな」
一人を攻撃し、二人からの攻撃を防御しているにもかかわらず平然としているセレス。
それでも足を止めることには成功した。
「そのまま押さえていてください」
周囲にゴゴゴ、という地鳴りが響き渡る。
メリッサが魔法でドーム状の土壁を造る。陽の光が一切届かない真っ暗な闇の中にセレスを中心に閉じ込める。そんな状態にあっても互いの魔力光で相手の位置は手に取るように分かる。
「こんな物で閉じ込めたところで何になる」
「閉じ込めるのが目的じゃない」
密閉空間を形成するのが目的だ。
「【世界】」
ドーム内の時間が停止する。
アイラの【明鏡止水】は防御できた女神だったが、【世界】までは防ぐことができず時間が完全に停止する。ただ悠長にしていられる時間はない。迷宮の外では停止していられる時間が限られている。
シルビアとアイラの二人が障壁から離れる。時間が停止しているため、どれだけ攻撃したところで障壁は健在。この後の事を考えれば近くにいない方がいい。
セレスの正面へと移動し、ノエルとの間に割り込む。首を掴んでいる必要があるため、どうしてもそこだけは障壁を展開することができない。時間が停止している状況だからこそ、妨害されることなく移動することができる。
「吹き飛べッ!!」
神気を纏った状態の拳を叩き付ける。同時に【世界】を解除することで、セレスの体が吹き飛ばされ、土壁を砕いて飛ばされた先にある家を次々と破壊していく。
土壁が消え、外の景色が見えるようになると砲弾が貫いたように家が倒れているのが分かる。
「……首謀者を倒すには必要なことだった」
住んでいた人はどこかに避難しているだろうけど、都市の再建に負担を掛けることにしまった。
「今さら建て直す家が10や100増えたところで変わりませんよ」
「そうか?」
「はい。根本的に都市の全てを建て直す必要がある被害が出ています」
メリッサが言うなら間違いないだろう。
それよりも気になるのはセレスだ。
「神気を込めた【魔道衝波】で吹き飛ばしたけど、まだ生きているな」
「おそらく吸収した魔力で肉体を再生させているのでしょう」
ただし、それにも限界がある。
完全な神として受肉したと言うのなら、肉体を構築する為に必要な魔力も膨大になる。
現に近付いてきたセレスの左腕は肘までしか再生されておらず、腹部の左側は抉られたままの状態だ。普通なら生きていられないような負傷だが、女神はそれでも生きていた。
「神を倒すなら神気が有効だな。だからメリッサの強力な魔法は受けても、ノエルの攻撃は避けるようにしていたんだろ」
「……そうだな」
セレスが俺を警戒する。それだけ【魔導衝波】なら大きなダメージを与えることができた。
「どうして、こんなことをした?」
「こんなこと?」
「都市に呪いをばら撒いて混乱を引き起こす――その果てに何を目的にしている?」
悪食の神によって膨大な魔力が吸収されている。
問題は、大量にあった魔石など比較にならないほどの魔力を吸収してセレスが何を目的にしているのか、ということだ。
「妾はもう目的を達成している。妾の口から何かを言う必要もなく、すぐに何をしていたのか理解することになるだろう」
セレスに語るつもりはない。
なら、これ以上は付き合う必要ない。いつでも【魔導衝波】を放てるよう準備をする。
問題は警戒しているセレスに当てる方法だ。密閉空間内に閉じ込められれば時間を停止させられて当てられることも理解したはずだ。なら、もう閉じ込めるのも難しい。
「……へ?」
と、警戒していたはずのセレスが後ろから蹴られて俺の方へと飛んでくる。
セレスの表情が自分の背後を見て歪む。そこにいたのはシルビア。俺だけでなく全員を警戒していたため、いつの間にか移動していたことに驚いているはずだ。時を止めたシルビアの移動速度は既に神でも感知できない。
「終わりだ」
今度は真正面から叩き付ける。
全力の【魔導衝波】にセレスの肉体が弾け飛ぶ。
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。