第47話 破滅の呪い
簡単に今の状況を伝える。どうやら体力と魔力の両方とも余裕を残しているらしく、手加減する必要もない。
「いってこい!」
「ちょ……」
アイラを掴んで思いっきり投げる。
砲弾のような勢いで迫るアイラを見てパスリルが身構える。
「……」
アイラも剣士だ。投げられた時は驚いていたが、斬るべき敵が目の前に現れたなら斬ることだけに集中する。
四方八方から大量の触手がアイラに殺到する。視線だけを動かして自らを攻撃しようとしている触手を認識すると剣を振り回す。
何十本という数の触手が細切れにされて地面に落ちる。さらにパスリルの脇腹が切り裂かれて黒い血をばら撒く。
「随分と硬い体ね。けど、次はないわ」
アイラの中で『斬れる』というイメージが固まった。
ボトボトと落ちる斬られた触手の残骸を見て、触手を右腕に集中させて腕を太くする。
アイラが聖剣を振る。
同時にパスリルも身に着けていた魔法道具で障壁を展開して防御しようとする。触手の盾と障壁の二重の防御。
左腕にも攻撃の為に触手を集める。太い腕から繰り出される攻撃は女性の体を簡単に潰すことができる。
強い攻撃を放てる相手に防御を固めるのは間違いではない。
それが、アイラでなければ……
「【明鏡止水】」
アイラの振った聖剣が、障壁と触手の盾がまるでないもののように切り裂き、パスリルの胸を斬り、黒い血を先ほどより大量にまき散らすことになる。
「浅い……!」
聖剣を握る手に再び力を込めると振り切った聖剣で斬りかかる。
攻撃の為に準備していた左腕だったが、アイラではなく振られた聖剣へ叩き付ける。
「邪魔」
だが、聖剣を止められないどころか左腕を真っ二つにされる。
ただし、両腕を犠牲にしている間に後ろへ跳んでアイラから離れる。負傷して傷付いた部分は触手で再生させることができる。
斬られた両腕を癒すため筋肉が盛り上がる。
「い゛っ……!」
パスリルの口から黒い血の塊が吐き出される。
「もう終わりだ」
後ろから貫通した神剣がパスリルの胸から飛び出している。
アイラに集中するあまり俺やシルビアの存在を忘れていた。
「終わりだって言ったはずだ」
貫かれた場所の周囲から触手が現れて蠢いている。
神剣をどうにかしたいと思っているみたいだ。たしかに貫いている神剣を抜くことができて、傷を塞ぐことができれば生き残ることができる。
だが、そんなことはさせない。神剣を貫いたまま下へ落とす。
胸の中心辺りから両断されているパスリル。触手が集まって斬られた部分を塞ごうとするが、融合することができずに拒まれている。
「悪いな。イリスに余裕があったなら元の姿に戻る手助けもできたんだろうけど、今はそんな余裕はない」
「なん、で……」
意識のあるパスリルが疑問を口にする。
なにもパスリルは本能のままに戦っていた訳ではない。いや、ほとんどを破壊衝動に駆られていた中で、自分が出せる最も威力のある攻撃をしようと奮闘していたと言うのが正しい。
「ここで爆発させれば結界内にいる連中を巻き込むことはできなくても商業ギルドを破壊することはできる。それを考えていたんだろ」
制御はできていたが、それは今の量だからだ。延々と吸収を続けているため、数分後には制御ができなくなって自爆していた可能性が高い。
さらに致命傷を受けることで制御する力が失われて暴発する。
「簡単な話だ。俺が神剣で斬った」
分かりやすく胸の中心に魔力を溜め込んでいたため、貫いた時に神剣で斬ることで霧散させ、出口を大きくすることで多くの魔力を消費させた。
「お前の失敗は一つだけだ。俺たちがいるタイミングで計画を実行させたせいで中途半端に終わってしまった」
もし、俺たちのいない状況で呪いを暴走させていたなら都市を壊滅させることができた。
ただし、パスリルとしては壊滅した後の事を考えて新しい商業ギルドの会長が決まる前に計画を実行したかった。
「まあ、目的は果たしているだろうから成功していると言っていい」
都市のあちこちで甚大な被害が出ている。
ほどほどに壊した上で再建するという目的だけは達成することができる。
「そこにお前が加われることはないけど、いいのか?」
「かまわない……元々、騒動を起こした後は取引相手から大金を貰って別の場所で新しい商売を始めるつもりだった」
パスリルにとってレジェンスでの地位など価値はなかった。
これまで我慢してきたのは、破壊する準備の為に必要だったからに過ぎない。
「ゲイツに伝言を頼めるか?」
倒れたパスリルが顔を傾けてゲイツのいる方を見る。距離があるし、瀕死の状態であるため見ることはできないが、最期に友に伝えたかった。
「伝言? 何か伝えたいことがあるなら自分で伝えろ」
「え、ここは……?」
「……ゲイツ?」
直前まで離れた場所にいたはずのゲイツが近くにいた。
シルビアに抱えられており、時間を停止した一瞬の間に連れて来てもらった。
「戸惑っている暇なんかあるか? 伝えたい事があるなら、ちゃんと伝えておいた方がいいぞ」
「……こんな方法でしか手を貸せなくてすまない」
「さっき聞いた。お前のネックレスが呪われていたせいなんだってな」
「やっぱり、呪われていたのか」
パスリルも薄々と感じるものがあった。
ただし、手放して自分の身を危険に晒すような真似ができず、自覚することができなかったため本当に危険な状況になるまで流されてしまった。
右手をゲイツの方へ伸ばす。しかし、呪われた体が形を保てなくなり砂のような物に変わって崩れてしまう。
「気付いていたのに、どうして?」
「私自身もレジェンスの破滅を望んでいたからだ」
まだネックレスを手に入れるよりも前。
ガルディス帝国を崩壊させた存在がいることを知ってパスリルは驚愕した。表向きには公表されていないゼオンの存在だったが、多くの者に目撃されてしまったため完全な隠蔽ではできなかった。
パスリルも商会の情報網からゼオンのような存在がいたことを知った。
ただ、多くの者が危険な存在がいたことに戦慄した状況で、パスリルだけは自分の力だけで大国に復讐を果たしたゼオンに憧れてしまった。
復讐……そこまでの強い感情は抱いていないが、父親の言いなりになって仕事をしている都市をめちゃくちゃにしてしまいたい、と思ったことはあった。
「そんな時、あの方が接触してきた。呪具の存在を教えられ、父に伝えたところ『商売に使える』などと言い出した」
延命できるだけの利益を生み出してくれた。
だが、危険な代物を扱った代償にトリトンも次第にどこかおかしくなっていた。
「セレスの目的は取引内容にあったように『都市に混乱を齎す』ことだ。手段は問わなかったし、相手がどうなろうと関係なかったんだろ」
「……セレス、というのか」
「名前も知らなかったのか」
相手の名前も知らなかったことに対してパスリルは疑問にも思わなかった。さらに絶対とも言える信頼を寄せており、契約を反故にされるとは微塵にも思っていなかった。おそらくセレスもパスリルが無事だったなら要望通りの金貨を渡していたはずだ。
だが、自分の素性に繋がるような情報は残さず、探らせる気にもさせなかった。
精力的に動いてくれたパスリルは都合のいい駒だったに違いない。
「あの方には感謝しかない」
崇拝にも似た感情を抱いていたパスリルには何を言ったところで受け入れられることはない。
セレスは実際に女神なのだから崇拝されてもおかしくない。
ただ、残念に思ってしまうのは女神セレスの態度だ。
「あなたの状態を伝えても気にした様子がありませんよ」
絶賛、メリッサとノエルの二人と戦っている最中だ。
「それでもかまいません。あの方の役に立てたなら十分です」
「ダメだな」
完全に魅了されている。
神が最初から纏っている神気は、普通の人間にとっては毒に似た効果を齎し、俺たちのように強い者でなければ近くにいるだけで精神が魅了されてしまうこともある。
現在、屋敷の子供部屋ではティシュア様が面倒を見てくれているが、彼女の場合は既に神としての力の大半を失っており、ノエルが近くにいたから力を抑制することができていた。
今は安全なので安心して子供たちを任せることができる。
「――そいつを倒してほしい」
ゲイツが言葉を絞り出す。
計画はパスリルの意思によるものだったとしても、きっかけを与えたのは間違いなく女神セレスだ。
「追加報酬はいりません。あいつは俺たちの獲物です」
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。