第45話 永劫に全てを憎め
左から迫るシルビアの繰り出した短剣をパスリルが障壁を展開して防御する。
同時にパスリルの右手に握られた短剣が高速で突き出される。
【急所突き】。短剣を使って戦っている者なら誰もが持っているような初歩的なスキル。相手の急所へ的確に短剣を突き出すことができる。パスリルの短剣もシルビアの首を正確に狙っている。
自分が攻撃した直後の攻撃。回避は間に合わず、短剣が首に当たる……かと思われた直後、パスリルの短剣がシルビアの体をすり抜けていた。
【壁抜け】。どんな障害物であろうとすり抜けることができるスキル。斥候職の人間しか取得することができないスキルで、魔力を消費し続けるため戦闘には向かないスキルだが、魔力が豊富にあるシルビアだからこそ戦闘に活用することができる。
パスリルの腕をすり抜け、横に回り込んでから腕を掴んで地面に向けて投げつける。
叩き付けられれば無事では済まされない。
だが、パスリルの右手に嵌められた腕輪にある小さな宝石が光った直後、叩き付けられようとしていたパスリルの姿が離れた場所にあった。
何の感慨もなくシルビアが移動したパスリルを見る。
既に何度か行われたやり取りで驚くこともなくなっていた。
それでも仕切り直しだと言わんばかりに尋ねる。
「それ、大丈夫なの?」
「これら魔法道具ですか」
呪いを防ぎ、暴走させることのできるネックレス。
登録した場所への転移を可能にする指輪。
その二つだけでなく、パスリルの体には複数の指輪に腕輪、それからイヤリングや服に取り付けられたボタンなどにも宝石が使用されていたが、それらはただの宝飾品ではなく魔法効果が付与された魔法道具だった。
障壁を展開することのできる指輪、短距離だが瞬時での移動を可能にすることができる腕輪、肉体を硬質化させることのできる魔法道具。さらには【高速突き】やシルビアとも互角に渡り合えるだけの体術を与えてくれる短剣。
複数の魔法道具を同時に使用することで、シルビアとも渡り合うことができていた。
ただし、これには理由がある。
シルビアの目的は、あくまでもパスリルの拘束。間違っても殺してしまわないよう手加減がされていた。的確に急所を突くような攻撃をしていれば、戦闘はとっくに終わっている。
「どうして、こんなにたくさんの魔法道具を……?」
「下がっていてください」
シルビアの制止も聞かず、友を問い質すためゲイツが前に出てくる。
護衛も兼ねているため、いつでも対応できるよう離れすぎないようにしている。
「今頃、たくさんの悲鳴で都市は満たされているはず。今日は会議があるから多くの商人が帰ってきて人で溢れている。これほど素晴らしいタイミングはないだろ」
パスリルが言うように人で溢れていたため被害は拡大した。
「こんなことをしてトレイマーズ商会はいいのか?」
「構わない。そもそも、この状況の原因の一端はトレイマーズ商会にあるようなものなんだからな」
「え……」
「報復を恐れた元殺人鬼、詐欺がバレて逃げてきた詐欺師、権力を望む貴族たちに呪われた道具を売り渡したのは父ですよ」
「なっ!? トリトン氏が?」
財政的に追い詰められたトレイマーズ商会は、伝手を頼って呪われた道具を手に入れることに成功すると高額で取引することに成功した。
相手にはトレイマーズ商会だと分からないよう細心の注意を払った取引。
当然、危険物の売買は禁止されている。呪いの道具など最たるものだ。
「私がこのような魔法道具を何故所持していたと思っている」
「……今日の為に用意した訳ではないのか?」
「まさか。今回の件は思い付きで行動しているようなものだ。呪いから身を守る為の魔法道具は私が自分の身を守る為に用意しておいたものだ」
パスリルが警戒していたのは自分の父親であるトリトン。
トリトンの取引相手には貴族たちがおり、彼らは本気で呪われた血から不老不死を完成させようとしていた。もし、トリトンも恩恵に与ることができ、自身の寿命に不安を感じないようになれば、後継者であるパスリルを邪魔に思うようになる。
確証はなかったが、息子であるパスリルの中には確信があった。
だから万が一の場合に備えて、呪いを防いでくれる魔法道具を用意しておいた。
「まあ、邪魔に思っていたのは父親だけでなく私も同様だった」
逮捕されるよう自分から動き、騒動を生き残ることができたとしても事実を公表したことで最も重い罪が下るようにした。
「いっつも、自分は若い頃から才能があった。そんな話を傾いた商会で聞かされる私の身にもなれ!」
憤って叫ぶパスリルが懐から宝石のついたナイフを取り出す。
魔力が感じられることから他の道具と同様に魔法道具だと見抜いたシルビアがゲイツを守るため下がる。
だが、ナイフの切っ先は手前に持ってパスリルへ向けられている。
「もう少し頑張ってくれるかと思っていたが、限界みたいだ」
自分の心臓にナイフを突き立てるパスリルの視線は商業ギルドの建物へと向けられていた。
☆ ☆ ☆
魔力を放出しながら建物へ近付けば肉塊から飛び出した触手が一斉に俺へ向けられる。
「邪魔だ」
近付いてくる触手を片っ端から切り裂いていく。
そうして触手の間を駆け抜ければ肉塊が見えてくる。先ほどよりも大きく膨れた体は建物の3階へ超えようとしていた。既に自分では動けないほど膨れ上がっており、醜い姿を晒している。
「さて、どうなるかな?」
肉塊から小さく飛び出した腕を斬り飛ばす。
ギリギリ人の形を保っていた肉塊。斬り飛ばされた触手は地面に落ちる頃には消滅していたが、肉塊の一部は斬り飛ばしても形を保ったまま残っていた。
だが、残骸にはなっていない。モゾモゾと震わせるように体を動かすと触手を生やして飛ばされた先にいた人を襲おうとする。
「ぁ……」
使用人の一人であろうメイド服を着た女性が尻餅をついて倒れる。
女性の若さを求めていたルヴィアにとっては格好の獲物だ。
「【火槍】」
触手が女性を襲う前に、速度を重視して放たれた炎の槍が触手を肉塊と共に消炭へと変えてしまう。
今度こそ斬り飛ばされた腕が動き出すことはない。
「ここは危ないです。早く逃げてください」
「は、はい……!」
女性が逃げ出したのを確認してから触手を斬り飛ばしながら肉塊を蹴る。
「しつこいんだよ」
どれだけ触手を伸ばしても俺に攻撃が通用しないことを理解してもおかしくないだけの攻撃をしている。それでも肉塊である為に理性的な攻撃をすることができない。
「こうなると本当に醜いな」
もう、どっちが上なのか分からない体。
フッと息を吐き出すと、肉塊を中心に風の刃が吹き荒れて人を襲う為に外へ出ていた触手が切り刻まれる。
「今の内に人々を避難させてください」
「はっ!」
慢性的に触手を自分の武器で攻撃するしかできなかった兵士たちが、触手は俺に任せて残された人々の避難を開始する。
「さて、どうやって倒すかな」
細かく切ってもどこからか入手した魔力で体を再生させてしまう。先ほど斬ったばかりの腕も再び風の刃で斬ったばかりだ。
「こういう敵に対処するなら方法は一つだろ」
――滅却。
一撃で燃やし尽くし、再生する隙など与えない。
問題はここが屋内だということ。建物の中に人がいては巻き込まれてしまう。
「全員の避難が完了するまで俺が押さえつけておきます。避難の完了が確認出来たら合図をください」
「大丈夫なのですか?」
「問題ない」
普通なら再生を続ける肉体に手も足も出ないところだが、メリッサが使用していた【劫火日輪光】でも使用すれば建物と一緒に焼却することも可能だ。
「……うん?」
兵士たちの様子を伺っている間にルヴィアだった肉塊に変化が現れた。
それまで切り刻まれても触手を伸ばしていたのを止め、体を激しく痙攣させて欠片のようになると、どこかへ吸い込まれていく。
吸い込まれた先にはシルビアとゲイツが――パスリルがいる。
「――呪いよ呪われろ。永劫に全てを憎め」
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。