第42話 商都を暗躍する女神
「それにしても、よく妾がいることに気付いたな」
「神気を感知するならわたしが適任っていうこと」
精神を集中させ神気を感じ取り、都市を駆け回ったノエルは見晴らしのいい場所に女神セレスがいることに気付いた。
「そうじゃない。最初から妾がいることに気付いていたな」
セレスの目が西側へ向けられる。
東と北での騒動は一応の落ち着きを取り戻すことに成功した。しかし、西側では今も呪いによる被害が発生している。
そもそも異なる場所で発生した騒動。
戦力を減らせる状況にはなかった。最初から神がいることに気付いていなければそのようなことをしない。
「最初のきっかけは、倉庫で呪剣にわたしたちの【鑑定】が使えたこと」
【迷宮魔法:鑑定】。
迷宮外で使用した場合、迷宮主や眷属といった人間。それから迷宮で得られた物に対してのみ効果を発揮する。対象が限定されている代わりに、あらゆる情報が開示される。
今までに見たことのない剣が使い魔を通して視れたため思わず使用した。
普段通り、呪いの剣としての効果が最後に表示された。
意思を持った魔剣に近い存在で、使用者を喰らうことがある。まさか『喰らう』というのが、あのような事だとは思いもしなかったため想定外だった。
「迷宮の宝箱からでも出た剣――最初はそんな風に思っていた」
ただし、後になってからおかしいことにメリッサが気付いた。
「迷宮の力なら呪われた武器を生み出すことだってできる。けど、そんな無駄な消費を普通の迷宮はやらない」
試しにマルスが生み出そうとしたところ膨大な魔力が必要となった。
冒険者を誘き寄せる宝物には向かず、迷宮主のいない迷宮が自然と生み出すはずがなかった。
考えられる可能性は、誰か迷宮主が生み出した。
現在、残っている迷宮主はマルスを除けばリオとベントラーのみ。しかし、皇帝であるリオは現状の維持に努めており、ベントラーもマルスに敗北したことで最近は大きな動きを見せていない。
呪剣は1年前に生み出された物だった。5年も前に亡くなったゼオンであるはずがない。
そこまで考えたところでイリスの中にある可能性が浮かんだ。
「ゼオンが死んだ後もコソコソ動いているみたいだった。女神なら協力関係にあった迷宮主の力を使うことができても不思議じゃない」
裏で女神が暗躍している可能性を考え、この二日間ノエルは女神セレスを探すことに集中していた。
「正解。いやぁ、そこまで見抜かれているとは……思いもしなかった」
喋りながらノエルとの距離を詰め、拳を突き出す。
ノエルも錫杖を掲げて女神セレスの拳を受け止める。
「たしかに妾はゼオンから迷宮の権利を一部譲り受けている」
蹴り上げた足がノエルの肩を強打して吹き飛ばす。
飛ばされたノエルを追ってセレスが跳び上がり、上から拳を落とす。しかし、転がって回避されたせいでセレスの拳が貫いた屋上の床だった。
「そんなことが……」
「あいつだからこそできたんだろうな。他にそんなことができる奴を妾は知らないな」
迷宮の力は、眷属であっても特別な者でなければ直接利用することができない。
「ここで何をしていたの!?」
尋ねながら雷を飛ばす。
平然とした顔のまま手で払い除ける。
「……っ」
復活したばかりの頃とは違って完全な力を手にしている。
さらに以前遭遇した際は6人全員で襲い掛かり、シルビアが奇襲に成功したからこそ撤退させることに成功した。
だが、今はノエルしかいない。そのうえ、セレスに逃げるつもりがない。
「もう少し遊ばせてもらおう」
拳を突き出したまま真っ直ぐノエルに向かって突っ込む。
「む……」
突き出された腕に雷が網のように絡みつく。
腕に纏っていた神気が同じように神気で構成された雷によって剥がされる。
正面から突っ込んでくるセレスに対して錫杖を突き出す。
拳と錫杖の衝突によって発生した衝撃で屋上が崩落する。
「……あいつとの約束を優先させたいから、楽しくても戦いを優先させるつもりはないんだよ。ないんだけど、我慢できそうにないよ!」
霧散した神気が再び戻り、螺旋を描いて纏わりつく。
高速で唸る神気は全てを抉る。
「そこまでです」
「……!」
セレスの視界が闇に閉ざされる。
空間転移によってセレスの眼前に現れ、手で顔を掴むと建物の1階まで投げ飛ばして叩き付ける。
広いエントランスホールに着地するメリッサ。少し前まで豪華なシャンデリアがあった天井には大きな穴が開けられており、残骸と化したシャンデリアがエントランスに転がっている。
「いいタイミングで来てくれて助かったよ」
「タイミングがいいのは当然ですよ」
呪霧を処理してからずっとノエルと視界を共有していた。
相手が女神となれば真っ向から挑むのは危険だ。まずは奇襲で少しでもいいからダメージを与えることを優先させる必要がある。シルビアがやったような死角からの奇襲を成功させるため、周囲への警戒が疎かになった瞬間を待っていた。
「事情は全て分かっています」
「なら、あっちへ行くべきじゃないのか?」
シャンデリアの向こうでセレスが立ち上がる。
叩き付けたダメージはあったが、神にとってみれば微々たるものでしかない。
「さすがにタフですね」
「どうせなら呪霧を消し飛ばしたような魔法を使えばよかったのに」
「それでは、貴女に気付かれてしまうでしょう」
「それもそうか」
空間転移での奇襲では魔法を使っていられるほどの余裕はない。
「ですが、ここからは余裕を保っていられませんよ」
ノエルがメリッサの前に出る。
錫杖を手にしたノエルが女神を相手に時間を稼ぎ、メリッサが強力な魔法を叩き込む。
魔法使いを擁するパーティの標準的な戦法で、最も効果的だ。
「妾に戦う気はないんだがな」
「貴女を放置する方が危険です。何をしていたのかは予想できます」
「え、ほんとう?」
ノエルも聞かされていない。
「簡単です。レジェンスにいる何人かに取引を持ち掛けて混乱を引き起こさせた。これだけの争乱です。相当な量の魔力が得られたのではないですか?」
感情が大きく揺れ動くことで魔力が消費される。
多くの人が死に、そんな光景を見たことで逃れようと必死になることで多くの魔力が生み出される。
それは、神であるセレスにとって糧となる。
「こんな大都市だ。人数だってウィンキアとかいう都市よりも多いし、色んな人間がいる」
中でも欲望の溢れた商品は強い感情を発露してくれる。
「一つ誤算があるならお主たちが来たことだ」
セレスはあくまでも魔力を掠め取るつもりでいた。
そのため、面倒な計画部分は取引を持ち掛けた人間に任せたため、セレス自身はマルスたちとの衝突を避けたいと思っても止められなかった。
パスリルの計画に任せ、成り行きで魔力を得るしかない。
「妾が言いたいのは『邪龍の血』だ」
「それがイリスさんの対処している呪具の名前ですか」
呪具を渡したセレスが名前を知っているのは当然だ。
「暴走した今、アレは際限なく周囲にある物を溶かすことになるぞ」
「そんな心配は無用です。私たちはイリスさんを信じて戦うだけです」
「あの子が失敗するとは思えないもんね」
メリッサとノエルの二人はイリスを信頼していた。
それぞれが信頼しているからこそ自分の対する呪具に集中することができる。
「そんな簡単な物ではないんだが、今はまだ帰る訳にはいかないからな。付き合ってもらおうか」
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。