第41話 呪霧-後-
プロット段階だと呪いがメインの話だったので、黒幕登場で25話ぐらいだったんですよ。それが気付いたら40話超えていました。
「――これで30人。もう限界だね」
呪霧の中に閉じ込められた人々を運んでいたミスティが30人目を連れてきたところで力尽きる。まだ多少の余力はあるが、彼女自身が危険に晒された時の為にも魔力を残しておかなくてはならない。
「大丈夫かい?」
最後の人を連れてきた場所はメリッサの近く。移動場所はどこでもよく、最後だと分かっていたため心配のあるメリッサの近くへと出現した。
「……何が、ですか?」
メリッサも意識していた。
しかし、下の光景を見ないようにすることで意識しないように努めていた。
「いや、いいんだよ」
地上では体をズタズタに切り裂かれ、鮮血に全身を染める人々が倒れている。
圧縮される風の壁に触れた人々は全身をズタズタに切り裂かれ、無事では済まない体になってしまう。
多くの死体は、仕方なかったとはいえメリッサの生み出した物だ。
「一気に圧縮させます」
100メートルほどまでに圧縮された風の壁。内包している呪霧は色を濃くしており、緑色の球があるようにしか見えない。
メリッサが強く念じると風の壁が大きく縮む。
「すごい光景だね」
「おかしいです……」
「何がだい?」
「何かがあります」
「そりゃ、呪いの霧があるだろ」
さらに建物もある。
メリッサが風の壁を収縮させた場所には荒地だけが広がっており、そこにあった建物は全てが潰されている。
「――来ます!」
魔法の制御が破られる。
風の壁が内側から破壊され、圧縮された呪霧が意思を持つように形を変える。
「これは……」
そこに出現したのは緑色の巨大な象。
中心地点に残されていた建物が象の足によって踏み潰され、ゆっくりとメリッサたちのいる方へ頭を向ける。
「……!」
暗く淀んだ群青色の目と視線が合う。
生物の形を模しているだけで生物ではない。それでも、そこには強い想念が宿っていた。
「随分とやりやすくなったじゃないか」
「ええ」
「最初は圧縮させた呪いの霧をどうするつもりだったんだい?」
「【空間魔法】で結界を作り出して空間ごと消滅させるつもりでいました」
「それに比べたら楽勝じゃないか」
目の前にいるのは象の形に圧縮された呪い。
生物に近付いたことで倒し方は単純になった。
「そうですね。ありがとうございます……あれ?」
お礼を言おうと振り向いた時には、隣にいたはずのメティスがいなくなっていた。
同時に象が長い鼻を向け、大きく膨らませて息……緑色の煙を吐き出す。
「これは……」
咄嗟にメリッサが跳ぶ。
空中で停止したメリッサは緑色の煙に触れなかったが、吐き出されたことでただ広がっていた時よりも遠くへと拡散する。
メリッサのいた場所の後ろを走って避難していた人々が呪霧に飲み込まれて狂乱する。しかも、厄介なことに霧が通り過ぎた後も建物への破壊を止めない。武器を持たない者は素手で殴り、逆に自分の手を傷付けることになっている。
「どうやらゆっくりしていられる余裕はないようですね」
再び鼻がメリッサへと向けられ呪霧が放たれる。
メリッサが【空間魔法】で跳躍する。出現先は眉間の前。
「はぁっ!」
手を当てて魔力が放たれると眉間で小規模な爆発が起こる。
象の口から痛みによる悲鳴が放たれる。
「実体化してくれて助かりました」
悲鳴を挙げるということはダメージがあるということだ。
なら、倒すこともできる。
霧だった頃はメリッサが駆け付けた時には既に広範囲に広がっていたため一撃で焼却することができなかった。けれども、今なら一撃で消滅させることができる。
「【劫火日輪光】」
天高くに二つ目の太陽が出現する……そのように錯覚してしまうほど眩い光を放つ炎の塊が落とされる。
直径50メートルの火球が呪霧の象を呑み込む。
怨嗟の声が周囲に響き渡る。自らを灼く炎から逃れようと緑色の煙が飛び出してくるが、逃がさないよう伸びた炎が飛び出した煙をも飲み込んでしまう。
しばらくすると煙が飛び出してくることがなくなり、メリッサの感覚が呪いを捉えなくなる。
「ふぅ……完了ですかね」
火球を消せば荒地だけが広がり、緑色の象どころか煙すら見当たらない。
完全に焼却することに成功した。
「しかし、改めて確認することができましたが、私たちの力は市街地で使うようなものではありませんね」
風の壁と疑似太陽の落下によって荒地の中心に焦げた焦土があった。
これだけの被害を出すには国が本気で戦争をしようとするだけの戦力を必要とする。
それをたった一人でやってしまったことにメリッサは戦慄した。
「いえ、まだ私はマシな方ですね」
荒地の上に新しく人が住めるよう建物を造ればいい。
しかし、イリスが担当している場所はそうもいかない。
「いったい、何を相手にしているのやら」
イリスが担当した西側では広範囲に渡って建物が崩れ、悲鳴が絶えず聞こえ続けている。
ちょうど離れた場所にいるメリッサでも大きく咲いた氷の華が見えた。
☆ ☆ ☆
都市の南側にある大型商会の屋上。
幻となっていた金銀財宝の山が実体化する。
「報酬の一部を貰えることになっていたね」
倉庫での戦闘によって混乱が起き、依頼人の目的を僅かながら達成できたと判断できた。
結果、報酬の一部――ミスティの願いを叶えるほどではない魔法道具が貰えることになった。
「追加で料金を支払うから完全な報酬を貰おうじゃないか」
実体化させたのは仲間を騙して貯め込んでいた財産。
ミスティなら誰に気付かれることなく忍び込み、金目の物を盗むことができる。
だが、盗んだという事実だけは残ってしまうため、盗まれたことを知った商人が躍起になってミスティを捕えようとする。
特殊な方法であるが故に彼女まで辿り着いてしまう。
だが、仲間を騙すのは簡単だった。
「これまでに起こした騒ぎの分と合わせてアタシに報酬をくれないかい? アンタが金も欲していることは知っているよ」
大きな騒動を起こす功績はパスリルに取られてしまった。
だから、金に縋ろうとしたミスティだったが、肝心の隠し財産が呪霧に汚染されてしまったせいで取りに行くことができなくなってしまった。
早々に回収したかったためメリッサに協力することで事態の鎮静化を狙った。
結果はミスティにとって最上と言っていい。僅かな協力だけでメリッサの精神的な負担を和らげ、呪いを消滅させることに成功した。
「あの呪眼が失われてしまったのは残念だったな」
呪霧を生み出すことになった呪具――呪眼。
姿を変えることのできる呪具で、ミスティのスキルと合わさることで願いを成就させることができる最も可能性のある道具だった。詐欺師は捕らえて隠し倉庫に捕らえていたが、呪眼を安全に摘出したいため捕らえるだけに留めていた。
だが、暴走によって力は失われてしまい、義眼として自らの目に埋め込んでいた詐欺師も干からびたミイラになっていた。
「こんなことなら無理やりにでも摘出しておくべきだったよ。もっとも、アタシが手にしていてもパスリルは暴走させるつもりだっただろうから、結果的には持っていなかったおかげで助かったんだろうね」
「そうだな」
金銀財宝の詰まった箱が実体化する。
中身を確認せず受け取ると、取引相手が代わりに薬の入った瓶を渡す。
「いいのかい?」
「構わない。ある一族が作った霊薬で、その一族も亡びている」
かつてレンゲン一族と名乗った者たちがいた。
長は貴重な素材を使った霊薬を飲み続けて何百年と生き続けた化け物のような存在だったが、ちょっとした油断から死ぬこととなった。ある意味では、まだ生きていると言える状態だが、死んでいることには変わりない。
ミスティの望み――老いた体を若返らせる。
ルヴィアと同じ望みを抱いていたが、ミスティは呪いに頼ることをよしとせず、自力で願いを叶えようとした。
「十分だよ。これで、しばらくは遊ぶことができる」
目的を叶えたミスティがレジェンスにいる必要はない。
残りの寿命が何年残っているのか分からないが、若い体なら今は諦めてしまった無茶ができるようになる。
「そんなに暴れたいのか?」
「仲間をちょっと騙しただけでこれだけの金が稼げるんだ。戦場ほど楽しい場所を他に知らないんだよ」
ミスティの心が理解できなかった。
だが、戦場を歓迎しているのは自身も同じだと自覚した。
「アタシは行くけど、まだ残るのかい?」
「せっかくの戦場だ。もっと楽しまないといけない」
「そうかい。短い付き合いだったけど、無事であることを祈るよ」
「……なに?」
ミスティが幻となって消えた瞬間、空から錫杖が落ちてくる。
南にある大型商店の屋上から都市が壊される様子を眺めていたが、咄嗟に後ろへ跳んで回避する。
「……あとをつけられたか」
「違う。わたしはずっと探していた。こんな目立つ場所にいたら気付くのは当然でしょ」
屋上に突き刺さった錫杖を手にしたノエルが突き付ける。
「普通は気付けないはずなんだが、『巫女』を騙すことはできなかったか」
「どうして、こんな場所に神様がいるのか教えてもらいましょうか」
「妾の勝手だ」
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。