第39話 呪鎧-後-
呪鎧が近くにある建物を腕で薙ぎ払いながら進む。
メラスがいなくなったことでアイラからも興味が失せ、ただ暴力を振り撒いているだけになる。
「ちょっと聞きたいんだけど、街はどこまでの被害を許容できるの?」
『なるべくなら出すな……が、必要なら仕方ない。俺が認めさせる』
「了解」
マルスの承諾が得られたところでアイラの方針は決まった。
どれだけ斬り落としたところで数秒もあれば元に戻ってしまう。
アイラが呪鎧の正面に立ち見つかると、呪鎧の両手が同時に向けられる。敵としては見做していないが、潰すべき人間としては見做す。
呪鎧の両手が地面を砕く。しかし、そこにアイラの姿はなく、呪鎧が見つけた時には左へ10メートル移動した先で立ち止まっていた。
右腕を突き出して攻撃する。ただし、アイラにしてみれば呪鎧の攻撃は鈍重そのもの。剣を振りながら回避する。
その後も呪鎧を中心にして時計回りに移動しながら回避を続ける。
呪いの力で浮かび上がっている呪鎧は体を回転させても苦もなく攻撃を続ける。
「……これぐらいでいいかな」
ちょうど1周すると走り回っていたアイラの足が止まる。
破壊しか考えていない呪鎧は、アイラの行動を疑問に思うこともなく剣を手に生み出すと叩き付ける。
上から叩き付けられる圧倒的な質量に対してアイラも剣で受け止める。
凄まじい衝撃に地面にピシッと亀裂が走る――大通り全体に及ぶほど広大な範囲へ。
「落ちなさい」
呪鎧の殴打、さらには回避しながらアイラが剣で地面を斬り続けていたことで脆くなった地面。
そこに重たい衝撃が加えられたことで地面が耐え切れなくなった。
「やっぱりあったか」
地面があるだけなら簡単に崩落することもなかった。
しかし、大通りの地下深くには用水路が流れている。もっとも、用水路との間には舗装された分厚い地面があり、簡単に崩れることはない。崩落してしまったのはアイラと斬撃と呪鎧の打撃があったからだ。
巨大化を続けたことで大質量となった呪鎧が真っ先に地下へと落ちる。
一方のアイラも立っていた場所が崩れたことで落下を始めるが、近くにあった瓦礫を足場にして無事な場所へと跳ぶ。
「しつこいわね」
地下水路まで落ちた呪鎧が地面に手を掛けて登ろうとしている。
屋上にいた時と同様に呪鎧を見下ろす格好にアイラ。ちょうど首の切断面が見えるようになり、闇がアイラに憎しみを向けてくるのが分かる。
こんな場所に落とした相手が許せない。
留まることを知らない憎しみは、相手を明確に認識すれば誰であろうと向けられてしまう。
「おっと」
手を掛けた場所から登ろうとする呪鎧だったが、地面であっても呪鎧の大質量を支えることができずに崩れてしまう。
普通に昇ることはできない。
なら、自分の特性を活かして上まで移動すればいい。
伸ばされた闇が地下水路の壁を捕食し、呪鎧の質量へと変換する。そうして巨大になれば地上よりも高い場所へ出ることができる。
その時にどれだけの質量になっているのかは考えていない。
ただ破壊を振り撒く化け物と化している。
「そんなに欲しいならあたしからあげるわ」
呪鎧の手にアイラが剣を伸ばして突き刺す。
聖剣には魔法の力を僅かながら増幅させる能力もある。残念ながら使い手であるアイラが魔法の使用を苦手としているため使われることはあまりなかった。だが、アイラも全く魔法が使えないわけではない。
【闇属性魔法:加重】が聖剣を通して呪鎧に注ぎ込まれる。
呪鎧は周囲にある物を取り込み、自身のエネルギーへと変換させることで力を得て、物質化させることで巨大化している。呪われている鎧では普通に時間の経過で魔力の回復が果たされることはない。
全身を重たくされた呪鎧が触手を上へ伸ばす。触手そのものはエネルギー体であるため加重の影響を受けることはなく、魔法に触れることで自身の力へと変換していく。
「よく耐えるわね。なら――」
魔法の威力を強める。
持続されていた魔法が強力になり、それまでより多くの触手が魔法を打ち消そうと殺到する。
力を増していく呪鎧。
その時、鎧の一部がピシッという音と共に崩れる。崩れた場所から闇が出てくることはなく、本当の意味で壊れてしまった。
呪鎧も自身の体が破損したことには気付いた。
しかし、アイラの魔法を打ち消すことに集中しなければならず、自身の体に起こる変化に対処する暇がない。
そうしている間に崩れる部分が増えていく。
右腕の上側が剥がれ落ち、内側にあった闇が蠢いているのが見えるようになる。
破損は左腕からも発生するようになり、呪鎧の内にある闇が剥き出しになっているような状態だった。
「食らうことしか知らないあんたは次々と物を食って力を蓄えていった。けど、その大きさで蓄えられる力には限界がある」
だから巨大化することで力を消費し、蓄える器を大きくしていた。
しかし、今の状況では巨大化することができない。
「そこは窮屈よね」
地下水路の壁は万が一の場合に備えて頑丈に造られている。アイラや呪鎧の力なら攻撃することで単身でも壊すは可能だ。だが、たた単純に巨大化するだけの圧迫では破壊に至らない。それに巨大化する前に魔法が浴びせられ、許容を超えようとする。
結果、呪鎧の体が崩壊を迎えていた。
「やば……!」
この方法なら呪鎧を倒すことができる。
その事に気付いたところまではよかったが、その方法を採ったことでどのような現象が起きるのかまでアイラは予想していなかった。
激しく痙攣するように脈動する闇。
『ヒヒヒヒヒッッッ――――――!!!』
怨嗟の声が呪鎧から放たれる。
「だ、脱出!!」
咄嗟にその場から離れようとする。
その想いが伝わり、アイラの前の景色が一瞬で変わる。
「うそ……」
遠くから聞こえる爆発音。
凄まじい量の煙が立ち昇り、建物の崩れ去る音が遠く離れた場所にいるアイラの耳にも聞こえてきた。
地下で爆発を起こしたことで、爆発そのものによる被害は少ない。しかし、爆発地点の周辺が地下から崩落してしまったことで人が住めるような場所ではなくなってしまった。
「……もしかして、あたしのせい?」
「気にするな。全てはホワルト家に責任を押し付けるつもりだ」
「よかった」
呪いの鎧を所有していたのはホワルト家。
所有しているだけで罪になる。それは暴走したことで取り返しのつかない被害が出てしまうことが簡単に予想できるからだ。
マルスの言葉にアイラが安堵する。
「避難させてくれてありがとう」
「後先考えて行動しろよ。今はイリスも手が離せないんだから」
爆発に巻き込まれるところだったアイラだが、マルスの【召喚】によって商業ギルドの庭まで移動させられていた。おかげで爆発に巻き込まれることなく無事に済んだ。
「手が空いているなら手伝え。俺とシルビアだけだと手に負えない」
「そういえば何を相手に……」
アイラの耳にもようやく衝撃音が届く。
全体の半分ほどが倒壊してしまった商業ギルドの建物。その上を駆けるシルビアが短剣で、灰色の体をした体長2メートルほどの人型の魔物と思しき相手の拳と斬り合っているのが見えた。
どちらも凄まじい速さで攻撃しており、パーティの中で最も速いシルビアでさえ余裕がない。
「メリッサとイリスは暴走した呪いに対処中だ。まだ戦えるなら合流しろ」
「もちろん。魔力はちょっと使っちゃったけど、体力的には余裕があるからね。全然、余裕よ」
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。