第38話 呪鎧-中-
鎧に身を包んだ男。着ている服は上等な代物で、宝石も取り付けられている。
「ぎゃあああぁぁぁ! いたいっ゛!」
泣き喚いて両足がないというのに逃げようとする姿は、アイラがレジェンスでこれまでに会った豪商とはかけ離れている。
必死に手を伸ばして這って逃げようとする。
「ひぃ……!」
しかし、上半身だけとなった巨大な鎧に狙われ、伸ばした手を向けられる。
強そうには見えない……実際に一般人と変わらない強さであるため鎧を纏っていても掴まれば握り潰されてしまう。
咄嗟に鎧を持ち上げ、荷物のように持ったまま建物の壁を駆け上がると呪鎧から十分に離れた所で置く。
倒れたままの呪鎧が立ち上がるには時間が掛かる。
「……助かったぞ」
「あなたは?」
「僕はホワルト家の当主メラスだ」
メラス・ホワルト。
貴族の名を語る20歳ぐらいの男性だった。
「この国に貴族はいないはずだけど?」
「それは……」
言い淀むメラス。
レジュラス商業国は、商人が中心となっている国であるため、村や地域を統括する立場にいる長は存在しても、貴族はいない。
いるとしたら、他国から遊興目的で訪れた貴族だ。
しかも、ホワルトは名乗ってはいけない名前だった。それでも窮地に立たされたメラスは、自分の家名に縋るしかなかった。
『ホワルトはガルディス帝国にいた貴族の名前です』
『メリッサ? こっちの様子を覗いていられるぐらい余裕があるの?』
『余裕はありませんが、アイラさんの疑問に答えるぐらいは問題ありません』
ガルディス帝国が崩壊した際、上手く自分たちの資産を持ち出し、他国に保管しておいた資産を回収することができた貴族がいた。
当然、グレンヴァルガ帝国もそういった貴族を把握している。
ただし、逃げ出した貴族から資産を回収するのは難しく、捕らえるのも大国でも難しかった。
もっとも逃げ出した貴族にダメージがない訳ではない。彼らはガルディス帝国の貴族。国が亡びた後で貴族を名乗っても、国そのものが亡びているため一切の力を示してくれない。
ホワルト家もレジュラス商業国にある親交のあった家を頼って養ってもらっている状態だった。
メラスも当主を名乗ってはいるが、ガルディス帝国が存在していた頃に当主だった父親が行方不明となったため名乗っているだけに過ぎない。それに、家そのものが既に滅んでいるため名前を名乗る以上の意味はない。
「大体の事情は分かったわ。で、アレに見覚えはあるわね」
「……知らないな」
アイラにはとてもそのようには思えなかった。
「そ、それよりも礼を言わせてもらう」
先ほどまで両膝から先が失われたことで泣き喚いていたメラスだったが、今は止血されて痛みがなくなったおかげで耐えられていた。
アイラの掛けた回復薬が切断面を肉で塞ぎ、体力を回復させていた。足は失われたままだったが、痛みがなくなったおかげで一時的に安堵していた。
「何か報いなければならないな」
「だったら、アレについて知っていることを教えなさい」
「知らないものは教えようがない」
「そう」
メラスの様子から全く期待していなかったアイラ。
再び軽々と持ち上げると屋上の端の方まで移動する。
「じゃあ、アレを見てどう思う?」
「どう……」
ちょうど上半身だけの呪鎧が体を起こしたところで、屋上にいる二人は上から見下ろす格好となる。
首があるべき場所は真っ黒な闇で覆われており、中を見ることは叶わない。
「ぁ……」
そんな場所を覗いてしまったメラスが必死に息をしようとする。
「どうやら分かったみたいね」
闇の正体は、凄まじいまでの怨嗟――呪いだ。
苦痛に襲われた者が理不尽な暴力に襲われる状況を嘆き、助かろうと必死に手を伸ばし、酷い仕打ちをする者を憎む。
「もう一度聞くわ――何をしていたの?」
「あ、あんな事……誰だってやっている!」
メラスが語るのは代々のホワルト家が行ってきた非道。勤め始めたばかりの使用人や攫ってきた領民を玩具のように痛めつけ、拷問に晒していた。
当主の鬱憤晴らし……いや、娯楽だった。
幼い頃から父親や祖父が当たり前のように行っていたため、幼い頃から優しい使用人であろうと鞭で叩いて痛めつけていた。幼いメラスにとっては遊びのような感覚でしかなかった。
ところが国の崩壊によって娯楽ができなくなってしまう。
代々のホワルト家がそのような事をできていたのは、問題を揉み消す権力があったからだった。大人の当主たちは、自分たちの行いが問題になると理解していた。理解した上で楽しんでいた。
だが、メラスは問題だと理解しないまま続け、理解する前におもちゃを取り上げられてしまった。
「ど、奴隷なら主人がどうしたって自由だろ!」
「そういうこと」
レジェンスに流れてくるのは物だけではない。いや、奴隷が人でありながら商品として扱われるのなら『物』とも言える。
多くの奴隷商がおり、他国にも売買されている。中には非合法な手段で手に入れた奴隷もおり、そういった奴隷は売られた後の消息が不明なままだ。
メラスもそんな奴隷を利用することにした。
「奴隷だって生きているの。こんな風に扱われて憎まない訳がないでしょ」
対峙して闇を覗いたアイラには彼らがどのような仕打ちを受けてきたのか何となく理解できてしまった。
動けない状態にされて鞭で打たれ、爪や皮を薬もなしに剥がされ、激しい苦痛を伴う毒を飲まされた。
そんな様子を見てメラスは楽しそうにしていた。
最後には生きているのか死んでいるのか分からないような状態になり、ゴミのように廃棄されて一生を終える。
奴隷になった時点で普通の人としての生は諦めていた。それでも、ゴミのように棄てられるとは思っていなかった。
「その鎧は?」
「これはトレイマーズ商会の人間から売ってもらった物だ。これがあればどんな攻撃にも耐えることができるし、疲れることもないんだ」
アイラはたしかに鎧の重みを感じていた。
しかし、着ている本人が重さを感じることはなく、貧弱なメラスでも自由自在に体を動かすことができる。
ただし、鎧の最大のメリットはメラスの知らないところにあった。
物理的なダメージもそうだが、どれだけ怨嗟の言葉を向けられても着ている者が精神的なダメージを負うこともない。おかげで、どれだけの罵声を浴びても苦痛に思うことなく拷問に専念することができた。
だが、そうして耐えることで鎧には激しいまで憎悪が溜まることになり、そこをパスリルに衝かれることになった。
「どうやら、呪鎧の目的はあんたみたいね」
上半身のまま体を起こして二人の方を向いている。ただし、呪鎧の意識がメラスへ向けられていることにアイラは気付いた。
「な、なんだ……?」
鎧の呪いが暴走したことで覆うように巨大化した。
そのため憎むべきメラスが自身の内側にいることも気付けず、ただ憎しみだけを暴走させてメラスを見つけるべく破壊を繰り返していた。
だが、ようやく憎む相手を見つけたことで停止させていた。
「な、なんとかしろ!」
「なんとか?」
「そうだ。僕はホワルト家の当主だぞ! 平民なら貴族を助けるのは当然だろ」
「ぽいっ」
手にしていたメラスをアイラが放り投げる。
メラスの方から自分の方へ近付いていることに気付いた呪鎧から闇の触手が伸ばされて取り込まれる。
「や、止め……たすけ、て……」
「今回ばかりは呪鎧に同情するわ」
メラスを中心に巨大化した時とは違い、呪いそのものがメラスを蝕む。
触手に掴まれたメラスの体は引き千切られて欠片のようになると闇の奥へと消えていく。
その扱いはゴミそのもの。
「これで黙ってくれればいいんだけど……無理か」
メラスの吸収を終えた呪鎧が破壊活動を再開する。
もはや憎む対象はいないが、それで憎む心そのものが消える訳ではない。満足するまで消えることはなく、都市を壊滅させようと満足するようには思えなかった。
「さっきは同情して許したけど、さすがにこれ以上は見逃せないかな」
鎧の下から闇を放出して体を浮かび上がらせ、上半身だけで移動を開始する。
行き先は都市の中心部。そこに多くの人が避難しており、破壊を向けることしか考えられない呪鎧にとっては格好の獲物だった。
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。