第37話 呪鎧-前-
「なに、あれ……?」
建物の屋上を駆け抜けたアイラが目にしたのは巨大な鎧が両手に持った剣を振り回しながら邁進する光景。東の端の方で出現した巨大な鎧は真っ直ぐ中央へと進み続け、途中にある建物を問答無用で薙ぎ倒し、人間を蟻のように何の感慨もなく踏み潰している。
全高30メートル。大通りを進んでいるというのに体の端が建物に触れてしまうせいで、窮屈そうにしている。
「きゃっ」
「カリン!」
小さな女の子の手を引いて走っていた母親だったが、女の子が転んでしまったことに気付いて慌てて戻る。
「……っ!」
その間に巨大な鎧が頭上まで迫り、意味のないことだと分かりつつも娘を自分の体で覆う。
せめて娘が安心していられるよう。
母親自身がそうして死の瞬間を待ちたかった。
「大丈夫?」
「え……」
しかし、いつまで経っても訪れない状況に困惑していると目の前から声を掛けられ、その声だけは喧噪の中にあってもはっきり聞き取ることができた。
次に建物が崩される音が響き、粉塵が舞う。
「はい、これ」
「……ありがとう」
アイラが少し離れた場所に落ちていた兎のぬいぐるみを女の子に渡す。転んだ拍子に女の子の手から落ちてしまった物だ。
「大事にしてね。お母さんと一緒に逃げて」
「うん!」
母親が軽く会釈をして去って行く。
「依頼は受けた。けど、こんな状況を見せられたら依頼とは関係なく助けたくなっちゃうけどね」
立ち去る母娘に背を向けて巨大な鎧を見る。
その時、バランスを崩した鎧が後ろへと倒れる。幸いにも鎧が通ってきた場所であるため、倒れた場所には何も残されておらず、巻き込まれた人もいない。
「やっぱり物理現象を引き起こすことができるか」
巨大な鎧――呪鎧の右足は足首が切断されており、足首から先はアイラによって斬り飛ばされたせいで建物を潰していた。
改めて切断面を見るが、真っ黒な闇に覆われているせいで鎧の中を見ることができない。
「ま、中身なんてないんでしょ」
今のレジェンスで何が起きているのかは報告を受けている。
呪いの暴走。
こうして近くで対峙したことで呪鎧から強い呪いの力を感じていた。
『イタイ……』
『クルシィ……』
『タスケ、テ……』
『モウ、イヤ……』
「……っ!」
切断面の闇を見ていると強い頭痛に襲われて目を逸らす。
「今のは……」
直感で呪鎧に備わった呪いだと理解した。
多くの人の苦痛に耐える声が聞こえ、中には子供の悲痛な叫び声があったこともあってアイラを苦しめた。
ただ辛いだけじゃない。
「拷問?」
それも証言を聞き出すことを目的にした拷問ではない。純粋に人を苦しめることを目的にした拷問を続けられた者の怨嗟。
呪鎧が体を起こす。しかし、片足を失った状態では真面に立つことができず、ふらついて倒れそうになる。
失った足の修復は急務だ。
『----------!!!』
呪鎧にあるのは鎧と剣だけ。頭部に兜はない。
口に該当する部分がなくてもアイラは呪鎧から発せられた叫び声を聞き取っていた。
強い苦しみに満ちた声。
鎧全体が震え、一部が剥がれ落ちて中身の闇が見えるようになる。
「ちがう……!」
鎧の一部は落ちたわけではない。
邪魔だったため呪鎧が剥がし落とした。
直後、真っ黒な闇が触手となって飛び出すと、口を開けるように一部が裂け周囲にあった瓦礫を咀嚼する。
「食べている」
その光景に覚えがあった。
「呪剣!」
周囲にあった物を食べることで自身の力へと変換し、修復だけでなく巨大化まで行っていた剣。
呪鎧も自身の内にある闇で喰らうことで体を巨大化させている。
既に大通りには収まり切らない大きさとなっていた。
「ま、大きければいいっていうものでもないけどね」
今度は腕を斬り落とそうと剣を振り下ろす。
しかし、足首を斬り飛ばした時とは違い、頑丈になった鎧に阻まれてしまう。
「硬くなった……! どうして!?」
驚いて手を止めている間にアイラの斬りかかった場所の近くの鎧が剥がれ落ち、内部から触手が飛び出してくる。
咄嗟に剣を向けるアイラだったが、『普通に斬らない方がいい』と直感が告げてきた。
「……ふっ」
短く吐かれた息と共に放たれた斬撃が真っ黒な触手を消滅させる。
ついでに地面へ落ちながら剣を振って右腕を落とす。
「どれだけ硬くしようとあたしには関係ない」
アイラのスキル【明鏡止水】。
どれだけ相手が硬くとも問答無用で斬ることができるスキル。精神を集中させる必要があるため多用すれば負担になるが、普通に斬ることができないならスキルを使用する必要がある。
正体不明の闇も問答無用で斬り捨てることができる。
「全部ぶった切ってあげるわ」
宣言するアイラだったが困っていた。
アイラが地面に着地して少しして切断した腕が落ちてきた。しかし、見上げたアイラが目にしたのは元の状態に戻った右腕だった。
「どうすればいいのよ、こんなの……」
愚痴を言いながら左足を斬り飛ばす。
しかし、闇が斬り飛ばされてなくなった左足に集まると実体化する。
「こういうのは!」
迫る闇の触手を斬り払いながら探す。
「……いた!」
呪鎧が巨大な剣を地面に対して平行にして振るう。
巨大な壁が凄まじい速度で左から迫っているようなもので、前にも後ろにも逃げるには剣が巨大すぎる。
大通りを横断する巨大な剣にタイミングを合わせてアイラが跳ぶ。
「うわぁ」
剣が通り過ぎた場所は荒れている。
薙ぎ払われただけでなく、鎧の一部が砲弾のようになって飛んできて地面を吹き飛ばしていた。
アイラが着地した場所は剣の上。斬るよりも叩き潰すことを目的にして巨大であるため、人が乗っても平気な大きさがある。
剣の上に着地されるのは呪鎧にとっても想定外だった。それでも、すぐにアイラへ狙いを定めると肩の一部を外して触手を向ける。
しかし、剣の上を駆けるアイラによって全ての触手が斬り飛ばされてしまう。
「戦いながらなんとなく分かってきわ」
呪鎧が暴走する前は人が纏う普通のサイズだった。
それが暴走して糧を求めて暴れた結果、ここまで巨大になってしまった。
「いるのよ。最初から着ていた奴が」
呪いが溢れているせいで全く見えないが、呪鎧を使用していた人物は内部に囚われている。
位置も他の場所より呪いが濃い場所がある。暴走しているために無意識に力を強めているため、ダミーである可能性も低い。
「さて、どうなるかしら?」
下腹部辺りで一閃。
上半身と下半身に分かれた状態で倒れ、地面が大きく揺れる。
下半身の切断面から鎧を着た男が放り出される。ただし、膝から下が切り落とされた状態で放り出される。
斬撃によって斬り殺されても構わないつもりで放った斬撃だったため致命傷を負わせたが、最初は跡形もなく斬り飛ばすつもりだった。
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!
第1話が更新されたので、よかったら読んでみてください。