第33話 プリスティル
二日後。
予定通りに商業ギルドの会長を決める会議が行われることとなった。
現会長は本日で退陣、と言っても最近は病気を理由に商業ギルドへ顔を出すことができておらず、代理で商会の後継者である息子が引き継ぐこととなった。
旧くからの慣習で同じ商会から代表者が選ばれることはない。
そのため会議の進行を任されているものの、気楽な様子で今日を迎えることができた。
気が楽ではないのは、候補者の二人だけだ。
「あら、お久しぶりですね」
ルヴィア・プリスティル。
真っ赤なドレスと大量の宝石で全身を着飾った女性。長身で、出る所は出る体型をしている。おまけに着ているドレスは、艶やかな体型を強調するかのようで、胸元は大きく開けられている。
さらに宝石がルヴィアの美しさを煌びやかにしていた。
両手の全ての指には宝石についた指輪が嵌められており、長い髪を留めておく為の髪飾りは純金で造られており、耳には銀で造られたイヤリングがある。
宝石や装飾品の価値が分からない俺だが、身に付けている物だけで相当な価値があると分かる。
聞いた話によれば40歳を過ぎているらしいが、そんな風には思えず若々しい姿を保っていた。
こんな女性が一人で大通りを歩いていれば、どこかのチンピラに襲われて宝石を奪われる可能性がある。
ただし、そんなことにはならない。ルヴィアの側には常に護衛が最低でも3人以上いる。金で雇われた護衛だが、全員がルヴィアの美しさに魅了されている。簡単には裏切らない。
そんな彼女のことを俺はゲイツの隣で見ていた。
「……」
挨拶されたゲイツは不機嫌さを隠すことができていない。
「ふふっ、どうやらこの数日は大変だったみたいね」
「ええ」
ボルドーによる魔石の横領。
商業ギルドの追及を逃れることができず、後始末にも対応しなければなかったため最低限の休憩しかすることができていない。
一時は商業ギルドの会長の座も危ぶまれたが、戦う前から諦めるような真似をしなかった。
「貴女にだけは負けるわけにはいきません」
「果たして、力を落とした貴方でどこまでできるかしら」
横領事件の余波によりゲイツに協力的だった商人の一部が離れた。
あんな事件があったのに大半の商人が協力、もしくは様子見していることに俺は驚いた。
もっとも、それには理由がある。
候補者だったラドルシア商会は、首謀者も捕まり、事件を揉み消すため奔走していたことも公表されたことで評価が落ちてしまった。とても会長になれる状況ではなく、本人が意気消沈してしまっているため辞退した。
そして、もう一人の候補者がルヴィア。彼女は宝石商として、商品の宝石を自ら着飾ることで売りつけていった。魅了し、言葉巧みに商品を買わせる。
最後には本人の意思で購入しているため大きな問題にはなっていないが、彼女が売りつけた宝石の中には粗悪品が混じっており、詐欺紛いの方法で大きな利益を得ていた。
ルヴィアは自身に協力的だった商人には見返りを用意している。しかし、そんな彼女だからこそ会長を決める直前になって自分の味方になってくれた者には最低限の見返りしか用意していない。
商人として最低限のリターンを求めるか。
それともゲイツの逆転を信じて最後までついていくか。
プリスティル商会の黒い噂もあり、ゲイツの味方を継続してくれる商人は意外と多かった。
「貴方もこんな男に協力せず、私に協力したらどうかしら?」
ルヴィアの目が俺に向けられる。
商業ギルドの会長になろうとしている人間なら俺が何者か知っていてもおかしくない。
「そうですね。少なくとも今はお断りします」
「あら、そう?」
「はい。今日が終わるまでは依頼で護衛を引き受けています。途中で依頼を放棄するような真似はできません」
護衛依頼を理由に勧誘を断る。
「そう。残念ね」
言葉とは裏腹にあっさりとしたルヴィア。
彼女自身もそこまで本気ではない。ここでゲイツから俺を引きはがすことができれば有利に進められると思ったまでだ。
「へぇ」
ただし、試せる手段は使用していた。
【魅了】。目と目が合った瞬間、彼女の魔力が流れ込んできて言葉に従いたくなる気にさせられた。
これが彼女の持つスキル。美しさもあって、一般的に知られている以上の効果を発揮してくれる。
だが、俺には通用しない。
そのことはスキルを使用した本人も分かっており、すぐに諦めた。
「貴女はどうかしら?」
次に標的を反対側にいるシルビアに定めた。
当初の予定ではシルビア一人だけで護衛についていたところを、ゲイツが予想以上に疲労しているため俺も護衛についていた。
今もシルビアはメイドの格好をしており、立ち位置も俺がいるため少しだけ後ろだ。彼女について知らない者が見ればゲイツの世話をするため侍るメイドにしか見えない。
だが、ルヴィアは護衛だと分かっていて話し掛けている。
シルビアは自分について知られていることは分かった。そして、理解したうえでメイドのように頭を下げて断った。
「そう」
相手が女性なら自分の身に付けている宝石を見せつけることで篭絡することができる。
そんな方法で多くの女性冒険者を味方につけてきたルヴィアだからこそシルビアを篭絡するのは不可能だと理解した。
「後悔することになるわよ」
現状、会長候補だった者はルヴィアを除いて全員が失態を晒すことになった。
今からでは逆転の策を講じるなど不可能で、実質ルヴィアの一人勝ちが確定しているようなものだった。
これから敗北している者に協力しても意味がない。何かしらの見返りがあるのならルヴィアの味方をするのもあり得るが、引き受けた依頼を放棄してまで鞍替えする魅力が感じられない。
「どちらでもかまいませんよ」
そう。どちらが勝とうと俺にとってはどうでもよかった。
金の切れ目が縁の切れ目。
借金を返し終えているため、依頼が終わればゲイツへの積極的に協力するような関係も終わりにするつもりでいる。
「行きますわよ」
ルヴィアが後ろにいる護衛たちに告げる。
会議までそれほど時間もない。こうして鉢合わせてしまったのも会議が行われる部屋の近くだからだ。
――ドクン!
妙な気配を感じて足を止める。
同時にシルビアが護衛対象のゲイツを抱えて後ろへ跳ぶ。
「え……」
呆然としたゲイツの声が後ろから聞こえる。
その間に収納リングから紫色の宝石がついた指輪を取り出して、嵌めると魔力を流す。すると、紫色の波紋が胸の前で構えた指輪から放たれる。
ルヴィアの護衛は状況が分からず困惑している。
彼らも妙な気配が護衛対象から放たれていることには気付いていたが、何が起こっているのか理解できず動けずにいた。
「うっ、ぁぁぁ……」
蹲るルヴィアの口から呻き声が漏れる。
体からは蒸気のような白い煙が立ち昇り、明らかに異常な事態が起こっている。
「大丈夫なのですか?」
「俺たちは大丈夫です。これは、おそらく呪いです」
倉庫での戦いで呪剣が使用されたため用意しておいた魔法道具の指輪。
身に付けているだけで呪いを防いでくれ、魔力を流すことで呪いを弾く壁を作り出すことができる。俺の後ろにいるシルビアとゲイツが影響を受けることはない。
「私の事ではない」
呪いを強く受けているのはルヴィアだというのは分かる。
ただし、どんな呪いを受けているのかは俺たちにも分からない。
「さて、何が起こっているのか」
ルヴィアの体から出ていた蒸気が消え、警戒する必要はなくなった。
呪いがどのような影響を及ぼしたのか……
「……ルヴィア様」
正面に回り込んだルヴィアの護衛が言葉に詰まる。
自身の顔に手を当てるルヴィア。
顔、そして触る手に違和感を覚えて手鏡を手にすると自身の顔を確認する。
「え?」
助けを求めるように正面の護衛を見て、後ろを振り向く。
その顔は先ほどの若々しい姿は比べるまでもないほど老いていた。
5月4日(火)スタート!
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!