第32話 商人とのある取引
ゲイツが確保してくれた宿の部屋に5人で集まり会議を行う。
護衛のため側にシルビアがいないが、【迷宮同調】さえあれば話し合いをすることは可能だ。
「どう思う?」
「何か魔石を確保しておく目的があったのは間違いありません」
保管場所には横領されたと予想できた魔石が全て保管されていた。
全てだ。横領によって利益を得ようとしたのなら、売られたことになっている魔石を別の人間に売ることで売り上げをそのまま利益とする。
しかし、そういった様子が魔石の保管場所にはなかった。
メリッサが言ったように保管することそのものが目的だったようにしか見えない。
「一つだけなら危険のない代物でも数万個の魔石が保管されていました。最悪、暴発していれば都市が消滅していた危険もあります。そんな物を大量に保管して何をしようとしていたのか……」
どれだけ考えたところで結論は出ない。
「わたしとしてはボルドーさんが裏切っていたのが未だに信じられないかな」
色々な資料をゲイツの為に用意したりと尽くしてくれたりしていたように見えた。
ノエルにはそんな人が裏切っていた、という事実が信じられなかった。
「何か事情があったのかもしれないわよ」
アイラもボルドーがそんな人に見えなかった、という意見には賛成だった。
『ですが、その事情も一向に喋る気配がありません』
護衛でゲイツの近くにいるシルビアを通してボルドーの情報は得られる。
こうして念話で伝えてくれる。
「尋問しているわけじゃないんだろ」
『はい。あくまでも話し合いで情報を引き出そうとしています』
「そんなことをしていたら、いつになるんだか」
ボルドーの様子から相当な覚悟があったのは予想できる。
ノエルやアイラが言うように事情や目的があったのだろうが、簡単に教えてくれるとは思えない。
「ま、俺たちには関係のない話だ。あと2日したら帰るぞ」
ゲイツから引き受けた護衛依頼の期限は明後日。
それまでシルビアには申し訳ないが、ゲイツの近くで護衛を続けてもらう。もちろん途中で誰かが交代して休憩時間は確保するつもりでいる。
依頼の間は全員がレジェンスにいる契約内容になっているため、ダラダラしていようと離れるわけにはいかない。
『ですが、明後日の会議は普通に行われるのでしょうか』
「どうでしょう。部下とはいえ、問題を起こしたラドルシア商会としては延期してくれた方が助かるはずです」
調査は続けられているが、ラドルシア商会からもボルドーのように今回の件に関わっていた人物がいるはずだ。
個人が起こした問題かもしれないが、ラドルシア商会の人間であることに変わりはない。
組織のイメージが酷い状況での選挙は控えたいところだろう。
多くの冒険者を雇って魔石の保管場所を探していたラドルシア商会だったが、商業ギルドの方が先に到着してしまったため全ては無駄に終わってしまった。
「大金を出してでも、あの時に俺たちを雇っておけばよかったんだ」
あんな額ではなく、もっと大金を出していれば全面協力した。
その場合はゲイツの苦労することになるが、雇われているだけの俺たちは大金を出した方の味方になる。
「とにかく何か情報があったら連絡しろ」
『かしこまりました』
☆ ☆ ☆
地下水路に設けられた部屋。
以前は巡回員や清掃員の為に設けられた部屋だったが、もっと使いやすい部屋が別に用意されたため今は使われなくなった。
古くなった扉が軋んで音を立てる。
「あんたかい」
「私以外の誰がこんな場所までやって来ると言うのですか?」
ミスティが仮住まいとしている部屋を訪れるパスリル。
彼の表情は晴れやかで、手には酒の入った瓶まで握られている。
「……誰かに見られなかったのかい?」
「そのような失態はしませんよ。地下水路には商業ギルドにも報告のされていない出入口がいくつもあります。例の保管場所にも直通の通路が存在するぐらいですから、誰にも見られず移動するなど情報を持つ者なら簡単です」
オルフォードファミリーも直通の通路を利用することで、馬車での移動を可能にしていた。
だが、それは情報を持っているからだ。
「どうして、あんたがその情報を持っているんだい」
ミスティはパスリルが魔石の横領とは無関係であることを知っていた。
「私は魔石の横領そのものを知っていたんですよ。当然、運搬方法まで知っていたに決まっているではないですか。あ、情報源は企業秘密です」
魔石の横領を知っていたパスリルは、自身の立場を危うくして行動を起こすことができなくなった。
だが、表立って行動できないだけで暗躍はできる。
「レジェンスで行われていた不正は魔石の横領だけではないですよ。多くの人間が密かに利益を挙げるため犯罪に手を染めています」
「よく調べたものだよ。全員、『あの方』と取引をした奴だろう」
「分かりますか?」
「当然だよ。アタシだって取引をした人間の一人だ」
パスリルだけでなくミスティもある存在から、『レジェンスで大規模な混乱』を起こすよう依頼をされていた。
手段は問わない。各自が好きな方法で動き、依頼者が満足できるだけの成果を出せた者に報酬を出す。
取引時に依頼を受けている者が他にもいることは知らされていなかった。だが、レジェンスで活動するうちに同じ目的で行動している人物がいることに二人とも気付いた。
「ギブソン商会のボルドー、それにラドルシア商会のミトラは大規模な混乱を引き起こすため最も分かりやすい手段を採ろうとしたみたいです」
「都市の崩壊だね」
地下で大規模な爆発を起こすことで瓦解させる。
ただし、頑丈に造られた都市を崩壊させるには生半可な威力では不十分で、数万個の魔石を適切な場所で爆発させる必要があった。
以前、十数個の魔石が暴発したことで倉庫が崩壊してしまう光景を見たことがあったミトラは、魔石の暴発による混乱を思いつき、不正の協力者として同じ依頼を持ち掛けられたボルドーに声を掛けた。
あと、もう少しというところで計画は失敗に終わってしまった。
その切っ掛けを生み出したパスリルは飄々としており、持参したワインをコップに注ぐと一気に飲み干した。
「彼らも混乱を起こす役に立てて喜んでいるでしょう」
「何を言っているんだい。アンタが余計なことをしたせいで慌てたんだろ」
ボルドーにとって魔石の横領が露見するのは予想外だった。
何も成し遂げていない状況で捕まるわけにはいかない。どうしても逃げなければならなかったボルドーは、1日以内に証拠を隠滅することを決めた。
しかし、マルスが協力したため半日ほどで捕まってしまった。
こんなことになったのもイリスが資料を見つけたせい……
「余計な事とは失敬ですね。私にとってもこんなに早く見つけられるのは意外だったんです。地上へ運び込まれた魔石なら見つけるのも難しくありません。それとなく後から情報を流して見つけさせるつもりだったのが無駄に終わってしまいました。私がしたのは、手掛かりをそれとなく見つけやすい場所に置いておいただけです」
イリスが見つけた資料は、いざという時にパスリルが用意しておいた物だった。
それをパスリルが情報を流すよりも早くイリスが見つけてしまったため、状況を動かすつもりだったパスリルの想定よりも早く動いてしまった。
「次は何を企んでいるんだい?」
「企むだなんて……せっかく商業ギルドへ運び込まれたんですから、大量の魔石を利用しようと思っているだけです。これで捕まった彼らの評価も改められることでしょう」
気分がいいパスリルはほろ酔い気分のまま次の計画を練る。
責任がなくなったパスリルは自由に動き、周囲の人物を手玉にとっていた。
「誰が最も混乱を引き起こしたか、か」
ミスティの中では間違いなくパスリルだった。
パスリル自身は戦う力もなく、自由にできる財力もなく、横領できるような立場にもいない。商会の中で幹部のような立場にいたが、父親に縛られていたせいで満足のできる結果を出すことができなかった。
しかし、武器商人の息子だからなのかパスリルには儲けを出せる場所を見つける才能があった。
その才能は、自分と同じ取引を持ち掛けられた相手を見つけるために役立ち、多くの情報を得られることができた。
「今回の事件で会長候補の4商会のうち3商会が大きなダメージを受けた。なら、残りの商会にもダメージを被ってもらうことにしましょう。それぐらいの混乱が起こってくれなくては依頼者も納得しないでしょう」
5月4日(火)スタート!
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!