第31話 不明資金の出所
「ようやく来たな」
地下水路の保管庫で殲滅を終えてから3時間。
慌しい足音と共に近付いてくる人の気配を感じる。ゲイツの指示を受けて急行した商業ギルドの兵士たちだ。
「ご苦労」
魔石の保管場所まで辿り着いた兵士が無礼な態度で話し掛けてくる。
商業ギルドに雇われた正規の兵士にとって、たとえ相手がAランク冒険者であろうと自分たちの方が偉いという意識がある。
俺も衝突したいわけではないので彼らの態度は流すことにする。
「ここが行方の分からなかった魔石の保管場所です」
「よく分かったな」
「冒険者には冒険者のやり方があります。今回はその方が適していただけです」
兵士の数を多くしても地下深くにあるため簡単には見つからない。
明確な目的がなければ見つけるのは不可能だし、用のある者でなければ迷って辿り着くことができない。
「ここで作業をしていた奴らは全員拘束してあります。この後は、そっちに引き渡していいですね」
「隊長……」
「どうした?」
「こいつらオルフォード家です」
「なに……!?」
オルフォードファミリー。
レジェンスで裏家業の荒事を引き受ける数百人の構成員がいると言われている犯罪組織。力のある者は、冒険者で言えばBランクにも匹敵し、幹部クラスはAランク相当の力があるとされている。
たしかに力はあったが、人外を相手にできるほどではなかった。
兵士が着目したのは気絶して倒れた男の首に刻まれた螺旋状の刺青。
構成員のはっきりしない組織だが、構成員の首には同じ刺青がされている。それが仲間である証拠で、たとえ真似しようとも幹部にはバレてしまう仕様になっているため潜入捜査もできずにいた。
兵士である彼らにとっては不倶戴天の敵。
「それに、こいつは幹部の……」
「オルフォードファミリーなら十分に注意して連行しろ。それから急いで魔石を運び出す準備を進めろ!」
『はい!』
今回の戦闘では傷つくようなことがなかったが、大量に保管された魔石が地下で暴発するようなことがあれば都市の大惨事を招くことになりかねない。
早急に運び出す必要があった。
隊長の指示を受けて兵士がテキパキと動く。
「じゃあ、俺はもう帰ってもいいですね」
俺の役割は気絶から目覚めたオルフォードファミリーの構成員を再び眠らせること。見張っていたが、誰も起き出さなかった。
「ああ……そういえば、一人でいたのか?」
「仲間の二人と一緒に戦いましたけど、先に帰しましたよ」
「なに……?」
これだけの人数を一人で見張るのは苦労する。
先に仲間を帰し、リーダーが見張りに残っていたのを不審に思われてしまった。
「俺の仲間は全員が女性ですよ。こんな場所にいつまでも残しておきますか?」
「それもそうか」
魔石の保管場所は整備されているおかげで臭い地下水路のあった場所ほど酷くない。
それでも女性をいつまでも置いておく場所ではない。
「何もなかったんだろうな」
「ええ。服に臭いがついてしまったことを気にしていたぐらいです」
「分かった。邪魔だから、さっさと行け」
兵士から見て俺に不審な点はない。
先に帰したアイラとノエルも途中で遭遇しなかったということは、自分たちとは別のルートを通って帰したことになる。
兵士が気にしているのは証拠品の押収。
自分や雇い主にとって不利になるような物を持ち去られていないか。自分たちが先に辿り着いていたなら不正など許さなかったが、冒険者が先に辿り着いてしまったせいで何かされている可能性がある。
「大丈夫です、何も持ち帰っていません。これでも品行方正なゲイツ・ギブソンに雇われているんですよ」
「それなら安心だな」
ゲイツの人柄なら兵士も知っていた。
☆ ☆ ☆
ギブソン家が所有する小さな屋敷。
仕事に追われた当主がのんびりしたい時に使っている屋敷で、普段は誰も利用していない。
そんな場所だからこそ好都合だった。
「おかえり。どうだった?」
「兵士たちが不審に思う様子はない」
「まあ、全員を気絶させましたから証言する人間もいません。ですが、それも起きるまでの話です」
メリッサの言う通りだ。
時間は限られている。
「うぅ……」
「あ、目を覚ましたみたい」
広い客室の中心では老人が椅子に座らされた状態で拘束されていた。
「すみません。彼がいることに気付けませんでした」
「仕方ありません。私も裏切っていたなんて未だに信じられません」
だが、昨日の夜に会ってから姿を見掛けていないらしい。商会の事を思って単独行動することが多々あったため追及することはなかった。
ただし、こうして決定的な瞬間を捉えれば追及しないわけにはいかない。
「どういうことなのか説明してもらおうか、ボルドー」
「あぁ……思い出した」
拘束されていたのはゲイツの側近とも言えるボルドー。
気絶させた男たちをまとめている最中に知った顔を見つけ、アイラとノエルに頼んで保管場所へ向かっているはずの兵士たちと遭遇しないよう指示を出して、彼を連れ帰ってもらった。
老人の体に気絶は辛かったのか、薬を使っても簡単に起きる気配はなく、俺が合流した頃になって目覚めた。
「私は失敗したのか」
「これは何だ!?」
ゲイツがボルドーに書類を突き付ける。
それは、魔石の保管場所の奥の方にあった資料で、ラドルシア商会の資金を誤魔化すためギブソン商会から資金が流用された証拠だった。
「この資料が正しいなら魔石の在庫数を誤魔化す為の偽装工作に私たちの資金が使われている……何がしたいんだ!?」
個人的にボルドーの目的は気になっていた。
ボルドー個人への見返りはなく、商会の金を横領した労力と罪だけが増えて行っていた。
「……」
しかし、答える気のないボルドーは何も言葉を発さない。
「もし、これが商業ギルドの手に渡っていたらどうなっていたと思う!」
「さあ……ギブソン家は致命的なダメージを負うことになるでしょうね」
自身にもダメージがあることを覚悟した捜査だった。
だが、見つかり方によっては致命的なダメージとなるところだった。
「オルフォードファミリーの連中は、お前について知っているのか?」
「あの場のまとめ役でしたから、資金調達などを私がしていたことは知っています。ですが、私の素性まで知っているかは分かりません」
大きな犯罪組織ともなれば独自の情報網を持っている。
気絶した男たちの中には知らないふりをしていただけで、ボルドーの素性まで知っている者がいたかもしれない。
「やっぱり全員始末した方がよかったですか?」
「いや……」
俺たちがそんなことをすれば依頼者であるゲイツの責任となる。
ボルドーの存在に気付いたのは兵士を呼んだ後であり、口封じだと思われることになる。
「とにかく私は黙秘件を行使します」
「この状況で通用すると思っているのか?」
商業ギルドなどの公的な機関に捕まってしまった場合には、黙秘権は正当に行使することができる。
しかし、個人に捕まった場合には法など無視した情報の聞き出しが行われることとなる。
「いいえ」
ボルドー自身も似たような状況に立ち会ったことがあるため、自分の希望は無駄だと分かっている。
「確実で、手っ取り早い方法を取るなら別料金で請け負いますよ」
ゲイツに提案する。
「ちなみにその方法だとボルドーは……」
「まず無事ではありません」
最も確実に情報を引き出す方法は、死んだ後で不死帝王による眷属化だ。
こちらの質問に対して一切の拒否を許さず情報を聞き出すことができるようになる。ただし、眷属にする為には死んでいる必要があるため尋問の後では確実に亡くなっている。
倫理的な観点からおススメできる方法ではないため、率先してやりたいとは思わない。
それでも必要なら実行するつもりだ。
「いや、彼にそんなことは……」
ゲイツにとってボルドーは親にも等しい人物らしい。
そんな相手を裏切り者だとしても断罪する勇気は持てなかった。
「では、引き受けた依頼はこれで完了ということでいいですね。彼に関することはサービスということにしておきます。こちらも見つかってしまう、という失態を犯してしまいましたからね」
ボルドーにどのようなことをしようとゲイツの自由だ。
そして、雇われただけの俺たちに文句を言う権利はない。
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