第30話 地下水路の保管場所
「「あ……」」
重なる声。
着地した先にいた男は、暗い地下水路にいるにもかかわらず真っ黒なスーツを着て、煙草を口に咥えている。
火の点いた煙草が驚いた拍子にポロッと落ちる。
「て、き……っ!」
叫ぼうとした男の口を左手で押さえ付けながら右手で腹を殴る。
貫通してしまわないよう最低限の加減をしただけの拳は、男の意識を無理やり奪い去る。
「あ、やっちゃった」
「殺ってないから」
仰向けに倒れた体。
口から泡を吹いて、白目を向いているけど痙攣を起こしているなら生きている証拠だ。
「とはいえ、気絶させたのは失敗だな」
煙草を吸っていた男。
様子からして休憩中だと思われる。ちょっと離れているだけの仲間が戻らなければ不審に思われる。
「こっちみたい」
ノエルの耳がピクピク動いて右に傾く。
そちらの方へ移動すると広い空間があり、多くの人が忙しなく動く気配が伝わってくる。
「あいつら……」
「止まれ」
広い空間へ行こうとしたアイラを止める。
俺たちの目的は保管場所を突き止めること。情報を商業ギルドへ明け渡し、兵士たちに突入させて証拠品を押収する。
「もう、無理じゃない?」
アイラが言うように厳しい状況になっていた。
予想していた以上に地下水路は複雑で、ここまで到達するのに時間は掛かる。
しかも、動き回っている様子を伺えば保管されている魔石を運び出そうとしているところだ。
兵士たちが到着する頃には証拠品まで持ち去られている可能性が高い。
「それを決めるのは俺たちじゃない」
あくまでもゲイツに雇われた冒険者だ。
大量の魔石をどうするつもりだったのか気になるところではあるが、レジェンスの治安に関わるつもりはないため積極的に問題を解決するつもりはない。
「では当初の予定通り、この場所をゲイツに教えて、依頼は終わり……」
『いえ、追加の依頼です』
メリッサからの念話で『魔石を運び出そうとしている男たちの無力化』が依頼に追加された。
「いいのか? 今、気絶させた男を連れ帰ることはできるし、依頼を追加するとなれば報酬も追加で要求することになるぞ」
『構わないそうです。かなりの人数が運び出しに動いていることを伝えたところ、裏に大きな組織が予想されます。既に個人が起こした事件ではないので、事態の解決を最優先にしたい、ということです』
倒れた姿を目撃されれば騒ぎになる。隠すことで多少の時間は稼げるだろうが、その程度の時間では商業ギルドの兵士を呼ぶには足りない。
証拠隠滅を止めることはできるだろうが、決定的な証拠である犯人を捕らえることはできない。
現状の決定的な状況で止める必要があった。
「分かった。ただ、止めるだけだからな」
捕縛は商業ギルドに任せる必要がある。
「……ったく、あの野郎どこまで行ったんだよ」
打ち合わせをしていると倉庫から一人の男が出てくる。
やはり真っ黒なスーツを着ており、気絶させた男の仲間だと思われる。
『俺が先に出る。お前たち二人は後から出てこい』
『りょうかい』
『うん』
壁の影から様子を伺う。
「あ? この忙しい時に何を寝てるんだよ」
暗い場所でも見ることのできる目を持つ男は、休憩から戻らない仲間が倒れていることに気付いた。
この状況で寝るなどあり得ない。
男が俺の想定よりも早く立ち止まる。
「お、い……!」
待っていては仲間に助けを求める。
陰から飛び出すと一気に近付いて倒れている男と同様に殴って気絶させる。
「おっと」
そのまま後ろへ倒れてしまっては、倒れた時の音で気付かれてしまう。咄嗟に手を伸ばして背中に手を添えて倒れないようにする。
――カチャ。
聞きなれない音に視線が倒れそうになる男へ向けられる。正確には男の手に、いつの間にか握られていた銃に意識が向いてしまう。
――って、銃!?
男の意識が失われ、無意識なせいか照準は定まっていない。しかし、至近距離からの射撃は、狙わなくてもどこかには当たる。
思わず顔を傾けてしまう。
――バァン!
銃声が轟き、頭の横を銃弾が飛んでいく。
「あっぶな……」
ただの銃弾が当たったところで致命傷になることのないステータスだが、当たった時は痛いので回避してしまった。
ただし、正しい選択は『男から銃を奪う』だった。
「おい、何の音だ!」
「銃声……!?」
「敵だ! 全員、武器を構えろ!」
暗くて見え難いが、奥で作業をしていた連中が武器を構えるのが分かる。
「どうするの……」
「やるしかないだろ」
隠密作戦は中止。
顔を上げると大量の銃弾が飛んでくる。
「うわ、よくこんな真似ができるな」
銃弾は一発が高価だ。そんな高価な物をばら撒くように撃つなど俺には信じられない。
それに一般人を相手にするには有力な銃であっても俺たちレベルを相手にするには力不足だ。今も意識を集中させることで銃弾がゆっくり飛んでくるように捉えることができる。
『二人とも、好きに動け』
最低限の指示だけ出し、手から光の球を出して光源を作り出すと上に跳ぶ。
銃を撃っていた全員の視線が俺に向けられる。暗い中で光を放つほど目立つ存在はいない。
「弾丸ならこれぐらいの物を持ち出してこい」
天井近くまで跳び上がったところで、手に石の弾丸を生み出して直下に落とす。真下にいた男が撃ち落とそうと俺に向けていた銃を石に向けるが、逸らすこともできずに頭と同等の大きさがある石の落下を受けて倒れる。
当たったのは頭だったが、気絶するだけで済んだらしく痙攣を起こしている。
銃弾を回避しながら着地すると倉庫内を走る。
「ま、待て……!」
一人が俺の進行方向に気付いて銃を止めるよう仲間に呼びかける。
俺の進む先には、運び出す為にまとめられた大量の魔石がある。銃弾の雨を浴びせれば暴発する危険性が高く、地下で爆発を起こせば生き埋めになってしまう。
自分たちが生き残ることを考え、男たちが懐からナイフを取り出す。
魔石の保管場所に最も近い場所にいた男がナイフを振りかぶって来る。
ナイフを回避しながら、ナイフを持つ手を掴んで後ろへ放り投げる。放り投げると言っても一般人にとっては一瞬に感じられるほどの勢いで投げられる。そのため地面に叩き付けられた時の衝撃で気絶してもおかしくない。
「へぇ」
しかし、男は痛みに耐えながら姿勢を正すと再び突っ込んでくる。
戦い慣れている。それも同格の敵を相手に何度も戦い、傷つきながらの戦闘だ。
戦闘中に気を張れるところも評価できる。
「ふっ」
突っ込んできたタイミングに合わせて足を鋭く振り上げれば、突っ込んできた男の顎を捉えて上へ打ち上げる。
額を天井に打ち付けて地面に落ちてきた体を仲間がいる方へと転がす。
「こいつみたいに痛い思いをしたくないなら、すぐさま降伏することをおススメする」
「どこの誰だか分からないけど、随分と舐められたものだ」
「……これでも有名になったと思ったんだけどな」
暗いせいで顔まで見えていないからか俺の素性に気付いた様子はない。
これは好都合だ。
「降伏勧告は決裂だ」
「何が降伏勧告だ」
今もアイラとノエルが剣と錫杖で殴って気絶させていっている。
既に30人以上いたのに半数が気絶した状況だ。
「それから一つ忠告だ。お前らは遠距離攻撃するのに躊躇するかもしれないけど、こっちには躊躇う理由がないんだよな」
話に応じてくれた男に向かって石を投げる。
指先程度の大きさしかない小石。いきなり投げられた物を警戒して銃を向ける男だったが、警戒するに値しない石だと分かって無駄弾を避けるべく銃を下げ、横に移動する。
「【加速】」
男が油断した瞬間、飛んでいた石が加速して男へ向かう。
銃から放たれた弾丸と変わらない速度で飛んだ石が男の胸を貫く。
「がはっ!」
撃たれたのと変わらないダメージを受けた男が口から血を吐いて蹲る。
致命傷にはならないが、臓器にダメージを負うことになった。
「この……!」
射線に魔石が重ならない場所まで移動した男が銃を撃つ。
放たれた6発の弾丸をナイフを振って落とす。
「は……?」
銃を撃った男が信じられないものを見て呆ける。
高速で放たれた弾丸をナイフで切り落とすなど不可能だ。仮に対応することができたとしても、6発もの弾丸を落とせばナイフの方がダメになってしまう。
「ミスリル製のナイフだ。魔力を流して斬れば、銃弾なんて簡単に斬ることができる」
希少金属であるミスリルでナイフを造る物は少ない。
「お前は……」
ようやく俺の素性に気付いたらしい。
だが、肯定するつもりのない俺は次々と男たちを殴って気絶させていく。
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