第6話 逃げられた
狩猟2日目。
初日は、ヴィンセントさんたちの狩りの様子を見ただけで街に戻って来た。
いや、寒いし日没も近そうだったから早めに切り上げてきた。
というわけで2日目の今日は、少し遠出をしてみた。冒険者が日帰りで行動するには遠い場所だが、ここまで走れば体も温まる。
「ここからは地道に探すしかないな」
「そうですね」
斥候役であるシルビアを先頭に歩く。
10分ほど探すが、魔物の姿が全く見つからない。
「ねぇ、こういう時にこそ振り子が使えるんじゃないの?」
魔物探しに飽きてしまったのかアイラが疑問を投げ掛けてくる。
俺たちのこれまでにおいて人探しという面で最も役に立ってくれた魔法道具である振り子。
ただし、こういう魔物探しには使えない。
「あのな、振り子で物を探す場合には探す物を知っている必要があるんだ」
「昨日見たスノウラビットがあるじゃない」
「だったら使ってみろ」
収納リングから振り子を取り出してアイラに渡す。
振り子には、消費魔力がとんでもないという致命的な欠点があるが、アイラの魔力も俺の眷属になったことで人間離れした数値になっている。振り子を使用するには十分な魔力を持っていた。
アイラが振り子を使用する。
「……え?」
振り子が指し示している方角は、アリスターの街がある方向。
そして、アイラの脳内には目的の代物までの距離が教えられているはずだ。
「どういうこと?」
何度試そうが、結果は変わらない。
「そりゃ、昨日ヴィンセントさんたちが退治したスノウラビットをイメージしながら振り子を使用すれば、振り子はヴィンセントさんたちが退治したスノウラビットの現在位置を示すに決まっているだろ」
「じゃ、じゃあ……」
今度は、ヴィンセントさんたちが退治したスノウラビットのイメージを曖昧にして振り子を使用する。
しかし、魔力をどれだけ注いでも振り子は全く動かない。
「ちょっと! 壊れているんじゃないの?」
「壊れているわけじゃなくてイメージが足りないんだよ」
振り子を使用する為には探したい物の姿を強くイメージする必要がある。
単純な『スノウラビット』では振り子は反応してくれない。
「そ、そんなぁ~」
「そういう方法で探すことができる魔法道具はあるんだけどな」
振り子を見つける前に探していた天の羅針盤だ。
あれは、見つけたい対象の条件を指定するだけで対象を探してくれる。使用者のイメージに頼る必要はない。
「ほら、落ち込むな。ようやく出くわした魔物だぞ」
100メートルほど先にある木の傍にスノウラビットの影が小さく見えた。
ここからどうするのか?
「とりあえずヴィンセントさんがしていたようなことを試してみよう」
パーティの中で遠距離攻撃を持っているのは俺とメリッサの魔法だけだ。
俺は、後衛だけでなく前衛もする必要がある以上、どうしても魔法だけに専念するわけにはいかない。
そこで、メリッサに魔法を使用してもらう。
100メートル――普通なら魔法の届くような距離ではないが、メリッサの技量と魔力量なら届かせることができる。
「きゅ!」
しかし、高められた魔力に気付いて100メートルも離れているにもかかわらずスノウラビットが逃げ出してしまった。
そのまま木々の間を縫うようにして進むと大きくなった体も見えなくなる。
「いったい、なんだったんだ?」
その後も2度スノウラビットと遭遇するが、先制攻撃に魔法の準備をするだけでスノウラビットが逃げ出してしまった。
「ごめんなさい……」
自分のせいで逃げられた、と思い込んだメリッサが落ち込んでしまった。
リーダーとしてどうにかしなくては!
「クソッ、どこかにスノウラビットはいないか!?」
キョロキョロと首を動かし続けていると……
「いた!」
かなり離れた場所にスノウラビットが少なくなった草を食べているのを見つけた。
しかし、スノウラビットを見つけた際に嬉しさのあまり大きな声を出して指まで差してしまったのがいけなかった。
今まで以上に距離が離れているにもかかわらず逃げ出す。
「逃がすか!」
スノウラビットが逃げる以上の速度で走り、スノウラビットの前に出る。
「きゅ!?」
かなり離れた状態で逃げ出したにもかかわらず俺に追い付かれてしまったことが意外だったのか驚いて足を止めてしまっている。
スノウラビットの状態に構うことなく頭部を殴る。
「いけね」
慌てていたせいで強く殴ってしまい、スノウラビットの頭部が拳の形に凹んでいた。
とはいえ、今の一撃で死んでしまっている。
「倒したぞ」
喜びながら仲間の下へスノウラビットを持って帰るのだが、3人の顔は暗い。
「どうした?」
「いえ、今の方法はご主人様でなければできないですし、結局わたしたちは何もできていません」
「そうなのよね」
シルビアたちは自分たちが全く活躍できなかったことに落ち込んでいた。
既に昼食の時間は過ぎている。
「昼食がてらアドバイスをもらいに行こうか」
問題は、魔物が俺たちの姿を見ただけですぐに逃げ出してしまうことだ。
かなりの距離があるにもかかわらず逃げ出されてしまっては、俺が今したように高ステータスに任せて戦うしか術がなくなる。
☆ ☆ ☆
「というわけで、何か気付いたことがあったら教えて下さい」
転移で迷宮の最下層へ移動するとシルビアの用意してくれていた昼食を食べた後で迷宮核にアドバイスを求めた。
いつものように覗いていたこいつなら何か気付いたことがあるかもしれない。
『もう、僕に頼るの?』
「何か気付いたことがあるのか?」
『気付いたっていうか、こうなることは最初から知っていたんだけどね』
じゃあ、どうして黙っていたんだと問い詰めたい。
『せめて2、3日は魔物が逃げ出して行く姿を見て苦戦してほしかったな』
こいつ最低だ。
俺たちが困っている姿を見て楽しんでいた。
「いいから教えろ」
『ま、主である君に命令されたら僕に拒否権なんかないから教えてあげるよ』
そう、こいつは俺の命令を拒否することはできないはずだ。
それなのに覗き行為を止めるように言う命令だけは絶対に拒絶する。
『魔物が逃げ出す原因は、相手の魔力を貯め込んだせいで急激に強くなったことに原因があるんだよ』
「それが?」
『相手は、魔力を溜め込んだおかげで魔力の感知能力は飛躍的に上昇した。けれども魔力の扱い方まで上手くなったわけじゃない。せいぜい簡単な魔法が使えるようになった程度だ』
簡単な魔法――氷の壁を出現させたりなどだ。
『そんな感知能力だけが上昇しただけの魔物が君たちみたいな魔力を異常に持っている相手を前にしたらどういう行動に出ると?』
人間を殺す、という闘争本能すら忘れて一目散に逃げ出す。
「今までこんなことなかっただろ」
『魔物の多くが魔力の少ない連中で持っていても感知能力よりも攻撃能力に偏った能力を持った相手だよ』
そういえば地下77階で戦ったヘル・グリムリーパーも俺以上の魔力を持っていて速攻で魔法攻撃を仕掛けてきた。あれは、自分の魔法攻撃に絶対の自信があったし、自分よりも魔力量が少ないからできた行動か。
強化されたスノウラビットの魔力では、俺たちの強さをある程度感知してしまうせいで真っ先に逃げ出すことを選んでしまう。
じゃあ、どうすればいいのか?
『簡単だよ。弱くなればいい』
「いや、そんな簡単に弱くなれるわけがないだ……ろ」
1つだけ弱くなれる方法があった。
『そう、制約の指輪だよ』
ステータスを1割に抑えることが可能な指輪型の魔法道具。
『まずは、制約の指輪を全員に支給するよ』
部屋の中心に宝箱が現れ、指輪が3つ入っていた。
俺が最初に使っていた指輪はシルビアへと渡し、次にメリッサへと渡されていたが、高ステータスに慣れたこともあって今は俺の手元に返ってきている。
今出されたのは彼女たちの指輪だ。
アイラ? あいつは強化された状態でも最初から問題なく手加減できていたから渡していない。
『これで最低限抑えることが可能になるはずだよ』
一番魔力が低いアイラは400ちょっとにまで抑えられたが、問題はメリッサである。魔神の加護があるせいで10倍に増加されているので1割に抑えても、まだ5000もある。
何らかの対策が必要になる。