第29話 地下水路の排水
ノエルも呼んで冒険者ギルドで情報を集めてもらう。
男の俺が話し掛けても口の固い冒険者たちだが、美女である二人が話し掛けると簡単に口を開いてくれる。
俺も女性冒険者に話し掛けるが……成果は芳しくない。
「女性陣が優秀なおかげで助かったな」
二人が集めた情報も曖昧なものが多かったが、メリッサが分析しておかげで凡その位置を掴むことができた。
「ここか?」
そこは何もない住宅街。左右には家が並んでおり、通りの道幅は5メートルほどしかない。
家の上の方は陽が入るかもしれないが、下の方は昼間でも暗い。そんな風になっているのも近くに倉庫街があり、そこに土地を取られているため倉庫街で働く人々が住む場所が隅の方へ追いやられた為だ。
『まずは、この辺りから調べてください』
「了解。自分がどこにいるのかも分からない地下水路を闇雲に探すよりマシだろ」
アイラとノエルの手を掴みながら【壁抜け】を使用する。
沈んでいくように地面をすり抜けると、地下水路の上へ出る。
「げっ!」
そこは、ちょうど排水の上。
このままだと汚い水の中に落ちてしまうことになる。
「よっ!」
手を繋いでいたアイラが剣を地下水路の天井に突き刺して留まる。
もう片方の手を繋いでいる俺もアイラに支えられる形になる。
「ありが……」
――バシャン!
礼を言っている最中で水音が下から聞こえてくる。
「あ……」
見なくても何があったのか分かる。
しかし、下から発せられる怒気から見ないわけにもいかない。
「いいの。わざとじゃないことは分かっているから気にしないで」
足首まで排水に浸かってしまったノエル。俯いているせいで表情は見えないが、手を繋いでいるせいか彼女が怒っているのは伝わってくる。
用水路の流れは意外と早い。流れてくる排水がノエルの体に当たる度に跳ねて彼女の服を汚す。
「そ、そう……わざとじゃないの! ちょっと高さが足りなかっただけなの」
「うん、わかってる。指示したメリッサだって排水路の真上だとは思わないし、信じてすり抜けたマルスもすり抜けた先が何もない空間であることは確認していたけど下までちゃんと見ていなかっただけ。すぐに気づいてくれたからアイラもギリギリで反応することができたんだから、マルスを落とすことはなかったよね」
怖い……思わず手を放してしまいたい衝動に駆られるが、ここで手を放してしまえばノエルを落とすことになる。
そんなことができるはずない。
「とりあえず通路に着地しよっか」
ノエルが手を掴まれて宙ぶらりんな状態のまま体を大きく揺らす。
「ちょ……」
下からの揺れにアイラが必死に耐える。
そうしている間に大きく体を揺らしたノエルが通路まで跳ぶ。
「わぷっ……!」
足を大きく振れば、水は弧を描いて上へ跳ねられる。
アイラが排水を顔から被り、俺も頭が濡れることになる。
「おい……って、えぇ!」
アイラが俺と繋いでいた手を大きく振って通路の方へ放り投げる。
壁に叩き付けられたことで通路には着地することができたが、アイラが大きな音を立てて直後に着地してきた。
俺に背を向けてノエルと対峙する。
「あぁ……」
表情は見えないが、かなり怒っていることは分かる。
「ちょっと何考えているの!」
「いつまでもあのままっていうわけにはいかないでしょ。だから安全な場所まで跳んだだけ」
「もっと穏便な方法があったでしょ!」
「その間に何かあったらどうするの?」
今回の件はノエルが確実に悪い。
結果的にノエルだけが排水に浸かることになってしまったが、アイラがギリギリで耐えてくれたおかげで全身が濡れることは免れることができた。
アイラに落ち度はなく、結果的に失敗してしまっただけ。
それぐらいはノエルも分かっている。それでも心のどこかで誰かに恨みをぶつけずにいられなかった。
「どうしようか」
いつもなら、衝突した際は禍根を残さないよう全力でぶつからせる。時には相手の命を奪うような事態に発展してしまうこともあるが、迷宮のおかげで今までは五体満足でいられた。
だが、今は依頼の最中だ。喧嘩している場合などではない。
「おい、何か聞こえなかったか?」
「水に何か落ちた音だったな」
「人の声も聞こえたし、どこかの馬鹿が足でも滑らせて水路に落ちたんだろ」
遠くから聞こえる声。
暗い地下水路では相手を見ることはまだできないが、おそらく地下水路を探索中の冒険者だと思われる。
今は見つかる訳にはいかない。
「「……っ!?」」
咄嗟に二人の口を手で塞いで倒れる。
「なんだよ、誰もいねぇじゃねぇか」
「ここは俺たちの担当区域のはずなんだがな」
「先に見つけられたらせっかくの報酬が少なくなる。急ぐぞ」
「ああ。報酬もそうだが、さっさとこんな臭い所からはおさらばしたいぜ」
壁に耳を当てると通り過ぎていく男たちの声が聞こえる。
「……どうやら行ったみたいだな」
地下水路は都市の発展に合わせて何度も整備された。その度に新しく水路が造られることもあり、すぐ隣を別の水路が走っていることもある。
俺がすり抜けた先にも別の水路が走っていた。
厚い壁で阻まれているため向こうには気付かれなかったみたいだが、こっちのステータスなら向こうの会話を聞くこともできる。
『まったく……何をしているのですか』
隣の水路へすり抜けるよう指示を出したメリッサが呆れている。
「ごめんなさい」
「反省しています」
二人とも自分がどれだけ愚かなことをしたのか理解しているから反省している。
隠密行動が要求される状況で喧嘩するなど言語道断だ。
「はぁ……『依頼が終わるまでの間は喧嘩禁止』だ。こんなことに強権を使わせるなよ」
迷宮主には迷宮眷属に対する強制命令権がある。
こうして明確な命令を出しておけば何があろうと従わざるを得ない。
『結果的に何もなかったのですから先へ進むことにしましょう』
メリッサと地下水路の地図と睨み合う。
『――イリスさんが商業ギルドで見つけてくれた物です』
念話の先でメリッサがゲイツと会話をしている。
ゲイツの言葉は聞こえないが、地図の出所を気にしたのだろう。
見られてしまったものは仕方ない。
『勝手に持ち出したことは謝ります。ですが、今日の探索には絶対に必要な物でしたからかまわないですよね』
商業ギルドでも特別な職に就いている者しか入手することのできない地図。
保管されている物を片っ端から模写したらしいが、それを使えるようにしたのはイリスの実力と努力によるものだ。
『さて、ここまで探索の手が伸ばされているとなると……』
「で、俺たちはどっちへ行けばいい?」
偵察用の魔物では冒険者に見つかった瞬間に討伐されてしまう。
現場で見つかっても問題がないよう俺たちが直接赴くことになった。
アイラとノエルは今のところ服と体を魔法で乾かしているだけだが、メリッサからの指示を待っている状況なので問題ない。
「前か? それとも後ろに進むか?」
真っ直ぐな水路が走っている。
スキルを使って暗い場所でも見通せるようになって遠くまで見るが、今いる場所は水路が続いているだけで何もない。
『いえ、下です』
「下?」
『はい。今いる場所と同じです』
隣に別の水路が走っていたのと同じように下にも別の水路が走っている場所がある。
『今も冒険者の手で探索が行われているということは、まだ保管場所が見つかっていない証拠になり得ます。私たちは彼らよりも先に見つける必要があります。なので、彼らが探索した場所を探しても意味がありません』
ラドルシア商会よりも先に保管場所を探し当てて商業ギルドに知らせる。
『向こうも私と同等の地図は持っているはずです』
そして、賢いラドルシア商会の従業員が探索を指示している。
それでも見つけられない。
『おそらく地図には誤りがあります』
何度も増築が行われたため正確ではない。
『ただし、その誤りは意図したものです』
実際には存在しない道を記すことで空白地帯を作り出す。
『そこを目指すことにしましょう』
「探せるのか?」
『はい。既に目星はつけています』
メリッサに支持されるまま正面に道を進み、しばらくしたところで【壁抜け】を使用して下へすり抜ける。
さらに隣の水路へ移動させられ、今度は後退するよう指示される。
同じ景色が続く地下水路では自分がどこにいるのか、どっちへ進んでいるのかすら感覚が惑わされる。
『安心してください。私は把握しています』
「……信じているぞ」
『問題ありません。次で最後です』
再び下へすり抜けるよう言われる。
地下深く潜った先には、水路がなく広い通路が続いていた。
「「あ……」」
着地した瞬間、目の前にいた男と目が合う。
美女二人と手を繋いだ男がいきなり現れたことで男が呆ける。
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