第28話 保管場所の行方
「協力してほしい。魔石の保管庫を見つけることができずにいる」
早朝から商業ギルドによる捜査が行われたが、ラドルシア商会が保有していることになっている建物に大規模な保管場所はなかった。
詳しく調べている時間がなかったため箱の中身まで丁寧に確認したわけではないが、それでも膨大な量の魔石の保管庫はなかった。
捜査にラドルシア商会の協力が得られ、従業員も普段通りに仕事をしている様子が見受けられた。
このまま見つからなかった場合、言い掛かりをつけたとしてゲイツが責任を追及されることとなる。
どうにかして保管場所だけは見つける必要があった。
そうして宿で資料を読んでいたメリッサに接触した。
「彼は?」
「朝から出掛けています」
「こんな状況で?」
ゲイツの言葉を受けてメリッサが溜息を吐く。
「レジュラス商業国の問題は私たちには関係がありません。シルビアさんを護衛として張り付けているだけでもありがたい、と思ってください。昨日の夜から今朝までの間に何人の刺客が放たれたと思っているのですか」
現状を打破する最も単純な手段はゲイツの排除。
ただし、それをやってしまうと排除の成否にかかわらず次期会長を決める会議そのものが中止になる可能性が高い。
それでも追い詰められたラドルシア商会は少しでも時間を稼ぐため暗殺者を送り込んできた。
「……4人」
結果、兵士を動かす為の書類を用意するため徹夜していたゲイツの執務室に4人の死体が転がることとなる。
シルビアが凄腕の護衛だということはラドルシア商会にも伝わっている。
今もゲイツが無事でいられるのは、シルビアがずっと張り付いているからだ。
「まあ、それはいいでしょう」
メリッサが読んでいた資料を隣に置く。
「事情は凡そ理解できます。ですが、簡単に協力するわけにはいきません」
「何か事情があるのですか?」
「先ほど主がラドルシア商会の人間から金貨100枚で保管場所の捜索には協力しないよう頼まれました。パーティメンバーである私たちにしても同じ条件が適用されることとなります」
「そんな……」
追い込まれたのはゲイツも同じだ。
だから俺に頼ろうとした。
満面の笑顔を浮かべたメリッサがゲイツの肩に手を置く。
「安心してください。頼まれただけです」
「……頼まれた?」
「はい。口約束です」
契約は交わしていない。
内容は書類に残せるようなものではないし、ラドルシア商会ではなく個人的な問題として済ませたかった。
「相手より高額な報酬を提示されれば協力しても仕方ないですよね」
「そういうことか」
ゲイツもメリッサの言いたいことが分かって苦笑いを浮かべる。
「向こうの倍を出そう。ただし、見つけることが最低条件です」
「かしこまりました」
全ての事情を知っているシルビアも苦笑いを浮かべている。
「ところで先ほどは何を読んでいたのですか?」
「これですか?」
並べられた資料の中心にはレジェンスの地図を写したものがある。
地図を囲むように様々な情報の書類がある。無造作に置かれているように見えるが、メリッサには分析しやすいように置かれているらしい。
「まず、私たちが得ている情報からお教えします。昨夜のうちにラドルシア商会へ魔石の保管庫に関する情報は流れています。どうやら誰かが情報を流したみたいです」
「それぐらいのことは、どの商会でもやっているでしょう」
商人の多い都市だからこそ情報にも価値が生まれ、金で重要な情報も売られてしまう。
いざという時に情報を売り渡してくれる相手を大商会は確保していた。
ゲイツの情報が流れても不思議ではない。ゲイツもラドルシア商会の情報を手に入れようと思えば、手に入れることができる。
「ですが、ラドルシア商会も今回の件は知らなかったようです」
「それを信じたと?」
「信じる、信じないではなく少なくとも会長が知らないのは事実です」
事実を揉み消す必要がある。
しかし、まずは魔石の保管場所を突き止めなくては物的証拠を揉み消すこともできない。
「ですが、商会の人間を使えば必ず情報が漏れます」
先ほどのように情報が売られてしまうのとは違う。
昨夜の時点で捜査が計画されていることは知っており、普段よりも少ない人数しか従業員がいなければ不審に思われる。
動員することができる商会の人間は、本当に一握りだけ。
だが、それでは広い都市の中にあるだろう魔石の保管場所を見つけることはできない。
「そこで冒険者を雇うことにしたのです」
昨夜のうちに探索が得意な冒険者を雇った。
単純に雇っただけでは情報が広がる可能性があるため、口止め料も含んだ高額な報酬を事前に支払って雇っているだろう。
未知の場所を探索するなら冒険者の方が得意だ。ラドルシア商会の選択は決して間違っているとは言えない。
「ただし、もう少し時間に余裕があるなら秘密裏に進めることもできたでしょう」
急な招集だったため口止めは約束させることができたが、深夜であるにもかかわらず移動する冒険者の姿が他の冒険者に目撃されてしまった。
装備を調えた上での外出。
とても散歩に出掛けたとは思えない姿に、儲け話に敏感な冒険者たちは金の匂いを嗅ぎ取った。
「『どこへ何をしに行った』のか具体的なことは目撃した者も分かりません」
そのため『何かがある』という噂だけが独り歩きしてしまっている。
今日、姿を見ていない冒険者を深夜にどこそこで見掛けた。
噂は冒険者の集まる冒険者ギルドで溢れていた。
「目撃証言は出掛けた直後などで直接捜索場所に関係しない情報もありますが、絞り込むのには役立ちます」
地図にはメリッサの手によって書き込みが行われている。
中には矢印もあり、最終的な絞り込みが行われていた。
「南地区?」
レジェンスの南西区域に印がつけられていた。
「はい。ですが、保管場所は地上ではありません」
魔石の中抜きを行った犯人はラドルシア商会の内部の人間、それも上層部に近い人間であるのは間違いない。
そうでなければ不可能なほど多くの書類が改竄されていた。
魔石の保管場所もおそらくラドルシア商会の所有している土地だと予想した。仮に他人の土地に保管していた場合、見つかる危険性が高くなる。高い地位にいる人間なら、商会内の情報を得て万が一の場合にも動くことができる。
そして、南西区域にはラドルシア商会が所有する倉庫がいくつもあった。
「ですが、どこにも大量の魔石はなかったようです」
それでもラドルシア商会は諦めたわけではなかった。
今も昨日から姿の見えない冒険者たちは戻ってきていない。
「どうやらラドルシア商会は地下に保管場所があると考えたようです」
「地下……地下水路ですか!」
レジェンスの地下には複雑な構造を地下水路が走っている。
鼠型の魔物を何体か放ってみたが、探索している冒険者の姿を確認することができた。もっとも、魔物を見つけられて討伐されてしまったため、目撃したところまでしか分からず、具体的な情報は何も得られていない。
けど、それで十分だった。
地下に何かがある。
それが分かれば十分だ。
「安心してください。今日中には見つかります」
「これから現地に向かうのですか?」
「いえ、私の仕事は情報を解析して範囲の絞り込みを行うことです」
念話があれば離れていても指示を受けることはできる。
「既に主は現場におります」
その言葉にゲイツは呆れた。
「最初から依頼は引き受けるつもりだったんですね」
「いえ、依頼とは別に気になったので情報収集を行っていただけです」
アイラが冒険者ギルドで聞いた噂話。
そこから保管場所の情報へと辿り着いてしまった。
「ですが、報酬が出るとなれば遠慮はありません。全力で見つけることにします」
地下水路への入口も判明している。
「まずは、この辺りから調べてください」
メリッサが示したのは入口が全くない住宅街の真ん中。
『了解。自分がどこにいるのかも分からない地下水路を闇雲に探すよりマシだろ』
メリッサを信じて【壁抜け】で地下へと潜る。
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