第26話 商会主の夜
月明かりに照らされた自身の屋敷にあるテラスでゲイツはワインを飲んでいた。
「こちらにいましたか」
執事の男性がゲイツに近付く。
「何かあったか?」
「いえ、問題は何も起きていません」
「なら、一人にしてくれないか?」
「そういうわけにはいきません」
執事――ボルドーはゲイツの父親が商会を率いていた頃からの従業員。ゲイツ自身も幼い頃は遊んでもらったことがあり、父親に等しい人物だった。
老いた今はゲイツの身の回りの世話をしながら、仕事の手伝いをしていた。その献身的な行動にゲイツは感謝していた。若い自分では気付けないことにも気付けてくれる。
そんな相手だからこそ酒に酔いたい気分の姿は見せたくなかった。
そして、ゲイツがそのように思っていることにボルドーは気付いていた。
「明日も仕事があるのです。酒を残すような飲み方をおススメできません。今が正念場でしょう」
商業ギルドの会長になることを目標に数年の間は頑張ってきた。
実際、商会を継いで安定していた時期に目標ができてくれたおかげで仕事に張りができた。
そうしないといけない理由があった。
「トレイマーズ商会をパスリルに引き継がせる必要があった」
何年も前から会長がトリトンのままではトレイマーズ商会は崩壊すると予想されていた。
だからこそ多くの者が次期会長であるパスリルに期待した。
その空気は商会内にもあり、会長であるトリトンは自身の息子に寄せられる期待に気付いていた。
パスリルにとって不幸だったのは、自分の息子への期待をトリトンが誇らしく思うのではなく、息子の手腕に嫉妬してしまったことだった。だが、パスリルが優秀なのは間違いようのない事実。だからこそ会長の座をいつまでも手放さずにいた。
「私はパスリルのことを友だと思っていた」
父親が不正を犯していることをパスリルから相談されていた。
だが、それこそパスリルが正当な手段で商会を引き継ぐ手段になると思い、告発するつもりでいた。
ただし、告発するにしても相手は国内で未だに大きな力を持つ者。告発する人間が生半可な権力を持っているだけでは揉み消されてしまうか、最後には有耶無耶にされてしまう。
それではパスリルの身を逆に不安にしてしまうだけだ。
「あと、もう少しだったのに」
肝心なパスリルが事件を起こして身を隠してしまった。
そうなると商会は次男か三男が引き継ぐことになる。しかし、二人とも商売には才能がなく、トレイマーズ商会の没落が早まる可能性があった。
「これからどうするべきだと思う?」
追っていた目標が消えてしまった。
「それは私が言えることではありません」
ゲイツの人生。多少のアドバイスをする程度なら他人にもできるが、最終的な決定をするのはゲイツ自身になる。そして、国で最高の権力を手にしようとしている者へのアドバイスをボルドーは持ち合わせていなかった。
「悩み、そして結論を出し、指針を示すのも会長の仕事です」
従業員は会長の示した先へと進む。
それを先代会長の近くにいたボルドーは知っていた。
「そう、だな」
「ただ一言だけ申し上げるなら、今さら途中棄権は許されないということです。そして敗北は致命的です」
多くの者がゲイツに期待し、様々な方法で投資してくれている。
それは善意によるものではなく、会長となったゲイツからの便宜を期待してのものだった。
そして、敗北すれば彼らの投資は失敗に終わり負債だけが残る。
「そんなことは分かっている」
だから一つ手を打つことにした。
自身にもダメージはあるが、成功すれば相手に大きなダメージを与えることになる。なにより目の前の問題は見過ごすことができない。
「明日、ラドルシア商会を捜査するよう申請を出す」
「この時期にですか?」
「今だからこそだ。もし、ラドルシア商会が今以上の権力を手にした後では揉み消される可能性がある。今のうちに問題を見つけておく必要がある」
「ですが、問題視されてしまいます」
同じく会長候補のラドルシア商会を蹴落とそうと画策した、と思われる可能性が高い。
ゲイツのイメージを落とすことに繋がりかねない行為だった。
「もちろんだ。だから、当家とプリスティル商会も捜査するよう申請するつもりでいる」
同じく会長候補だったトレイマーズ商会が大きな問題を起こした。
会議を前に徹底的な捜査をするべき、という名目で申請するつもりだった。
「たしかにトレイマーズ商会だけを捜査するよりダメージは少ないです。ですが、当家にも知られて困る不正はあります」
「構わない。問題があるかもしれない、と分かっているのに見過ごす方が問題だ」
「ですが、隠されていて見つからないかもしれません」
商業ギルドには膨大な資料がある。だからこそ自分たちの持つ情報で見つけられなければ、不正はないだろうという誤った判断をしてしまった。
同じように捜査をしても大きな問題が見つからない可能性があった。
「問題ない。彼女が調べてくれた情報が正しければ魔石の量は膨大だ。それだけの魔石を保管していれば見つけることができる」
貿易を主軸にしているラドルシア商会でも確保が難しい広さが必要になる。
☆ ☆ ☆
リンデン・ラドルシアは自室で頭を抱えていた。
彼を悩ませているのは、今朝に起こった倉庫街での戦闘による影響だった。
トレイマーズ商会の会長が逮捕された。ただ逮捕されただけなら大きく問題視することはなかったが、逮捕するよう指示を出したのがゲイツ・ギブソンだった。
冒険者の協力を得ることになったが、彼らがいなければ危険な魔法道具を所持した傭兵が街中で暴れる可能性が高い。そんな事件を未然に防げたのも冒険者が協力してくれたからこそ。
そして、彼らを雇ったのはゲイツだ。
功績という面でトリトン・トレイマーズは失脚し、ゲイツ・ギブソンは確実なものを得た。
このままでは自分だけが取り残されることになる。
大きな利益を出す商会を率いているもののリンデンの商業ギルドでの功績は少ない。
だが、今さら多少の献金をしたところで手遅れだ。
「失礼します」
「なんだ!?」
深夜にもなる時間になって部下が訪れた。
緊急事態でも起きたのかと思い慌てて立ち上がるが、部下は自分よりも落ち着いていた。
「……何かあったのか?」
「分かりません」
「なに……?」
「まずは、こちらをご覧ください」
部下が差しだしたのは2枚の書類。
必要な情報のみを抜き出されたもので、問題を認識するのは十分だった。
「なん、だ……これは!? 私は魔石の不正取引など知らないぞ!」
部下が提出したのは魔石の輸入と輸出の量に差がある証拠だった。
だが、ラドルシア商会の会長であるリンデンは大量の魔石の行方について何も知らなかった。
「ギブソン商会に潜り込ませた者からの情報です。既にゲイツ・ギブソンへこの情報は渡っているとのことです」
「なんだと!?」
書類に証拠としての能力はない。
だからこそ証拠を探すべく動いている。
「もし、魔石の所有など見つかれば……」
量が量だけに呪剣に匹敵するほどの危険物となる。
そんな物を所有していることが知られれば大変なことになるのは、今朝の出来事で明らかだった。
「はい。ですが、困ったことになりました」
捜査が入ると事前に分かったのだから危険なものは隠せばいい。
ところが、会長のリンデンも大量の魔石の行方については何も知らなかった。
「どうすればいい?」
会長の自分も知らないなら捜査が入っても見つからないかもしれない。
しかし見つかった時の事を思えば不安で仕方なかった。
「どんな手段を用いてもかまわない。なんとしても見つけ出して、隠せ!」
「はっ!」
不正ならいくつかしている。しかし、身に覚えのない不正で破滅するなど許せなかった。
☆ ☆ ☆
「順調」
慌てて動き出すラドルシア商会の様子を見ながらパスリルがほくそ笑む。
「優秀なラドルシア商会の従業員たちなら保管場所を見つけ出してくれるだろう。これでゲイツも確実に見つけられる」
自身の陰謀が順調に進んでいることを確認すると次の場所へ移動する。
「私の為に功績を挙げてくれ」
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