第25話 行方不明の二人
夜。
倉庫での戦闘があり、かなりの時間が経過してからゲイツの執務室へ再び集められていた。
戦闘があったのは朝の話だったが、戦闘をきっかけに様々な問題が浮上することになり、ゲイツは忙殺されることになった。
「お待たせしました」
「別に」
俺たちは宿で待機していただけだ。
商業ギルドでの作業はイリスに委任しているため、戦闘に参加した4人は休ませてもらった。
「ご主人様、ゲイツさんも忙しかったのですからそういう態度を取るのはよくないと思いますよ」
シルビアから注意され不貞腐れていたのを取り繕う。
しかし、不満が完全に消化されたわけではない。もっとも、これは俺のミスに対する八つ当たりであるため飲み込むことにする。
「その調子だと伝わっているみたいですね」
「ミスティの遺体が別人だった件ですね」
ゲイツの元へは今も報告が上がっている。
報告の中には、傭兵団の遺体を解剖した結果も届いていた。彼らの体は魔法道具によって強化されているため、解剖して得られた情報にも価値がある。
そうしてミスティの遺体も解剖されたが、彼女の遺体にはそれらしい形跡が全くなく、戦闘による影響で全身がボロボロになっていることが分かったぐらいだ。
若い肉体が、どうしてこのような状態になっているのか。
解剖を担当した人々が首を傾げるほどだった。
「化かし合いなら俺が勝ったと思ったのに……引き分けどころか俺の負けだろ」
かなりの時間が経過したにもかかわらず若い姿を保った遺体。
亡くなった直後は魔法が残っているのだろう、と気にしていなかったが今でも若いままだと言うのなら、最初から偽物と戦わされていたのだろう。
本人は今もどこかで生きているのだろう。
「見つけ出してどうにかしたいところだけど、あいつを見つける為の手掛かりが全くないんだよな」
試しにメリッサが魔法の痕跡を辿ろうとしたが、離れた場所から魔力を魔法道具に送って魔法を使用していたらしく、時間が経った今では辿ることができなくなっていた。
「けど、どうしてそんなことを?」
アイラがもっともな疑問を口にする。
傭兵団の実質的な支配者はミスティだった。老いたことを理由にデュオに指揮を譲ってらしいが、今でも影響力は残っている。
「何が目的だったとしても、あいつは姿を眩ませることに成功している」
誰もがミスティは死んだとばかり思っていた。
自分だけは助かる為に傭兵団を犠牲にしてでも死を偽装する必要があった。
「まだ隠れてやることがあるのか、それとも目的を果たしたから雲隠れしたのかは分からない」
おそらくは両方だと思う。
目的を果たす為には俺たちから身を隠す必要があった。ただし、衝突は避けられないものだったため利用することにした。
そして、本当の目的は傭兵団の在り方とは別にある。
「捕らえた二人から何か情報は得られましたか?」
6人もいたのに捕らえることに成功したのは、たったの二人だけ。
デュオとルーラン。俺たちの手で捕らえた二人は、商業ギルドへと引き渡されることになった。
今回、俺たちは商業ギルドの協力者として捜査に参加することで戦闘に介入することができた。さらに協力した報酬の一部としてゲイツを通して情報をもらえることにもなっている。
そのため捕らえた二人の所有権も商業ギルドにある。
今も捜査官による厳しい尋問が行われていた。魔法道具の杖を没収されたデュオは魔法を使うことができず、肉体の強化も制限を施す魔法道具で拘束することによって封じていた。
ルーランは恐怖から再び閉じ籠るようになってしまったため話が聞けるような状態ではない。しばらくは商業ギルドへ預けておく必要があるため、ルーランが子供だということで情状酌量が出るまで待つしかない。
「倉庫から得られた証拠の裏付けが得られたところまで確実です」
雇用主はトレイマーズ商会の会長。ただし、会長が個人的に雇い入れた傭兵で危険で表には出せないような仕事を任せていた。
逮捕された会長は否定しているが、決定的な証拠が揃いすぎている。どれだけ否定を繰り返したところで意味のない話だ。
ただ、気になる部分もある。
証拠を所持していたはずの傭兵団まで一部の証拠について知らなかった。
デュオが傭兵団のまとめ役だったのだから、別の団員が秘密裏に入手していたことになる。
「ミスティでしょうね」
行方を眩ませたミスティ。
彼女が今の状況に関与していないはずがなかった。
「姿を消したのは彼女だけではありません」
トレイマーズ商会の次期会長と言われていたパスリルも行方が分からなくなっていた。会長が逮捕されたのだから、次期会長からも事情を聞く必要があったため接触しようとしたが、どこにも彼の姿は見つからなかった。
入手できた証拠は会長の個人的な関与ばかりで、次期会長の関与に関する証拠は見つかっていない。
「その事を教えた時にトレイマーズ会長がポロッと口を滑らせました」
――あいつに裏切られた。
会長の言葉から次期会長も関与していたのは間違いないと捜査官は判断し、会長は生贄に捧げられたものだと捜査を進めることにした。
既に証拠は掴んでいる。
次期会長がどうなるのか分からないが、会長の失脚はどうやっても免れることができないらしい。
「それはよかった。俺たちも頑張った甲斐がある」
せっかく協力したのに何も得られなかったのでは悔しい。
「さて、こっちはこっちで情報収集に動いていたことは知っていますね」
「……できればそういうことは止めてほしいところではある」
商業ギルド内で持つゲイツの権力は強い。
だからと言って、どんなことでも知ることができるわけではなく、隠された怪しい事実については自分たちで調べるしかない。
ただし、そこで問題が起きてしまうと俺たちの責任に留まらず、雇っているゲイツにも責任が波及するためもみ消しに奔走していた。
「ま、おかげで面白い事が分かったんだからいいだろ」
ここからは調べたイリスが教えてあげるべきだ。
「私が気になったのは、魔石の取引量について」
「魔石?」
地域によっては魔物から得られる魔石を持て余す所がある。
そういった場所から買い取り、魔石が不足する地域へ輸送する商売も行われている。
だから商売そのものには怪しい点はない。
「たしかに取引そのものも適正な価額でやり取りがされ、出入りの記録もしっかりと残っていた」
最近になって多くなった、程度にはゲイツも魔石の取引は気にしていた。
ただし、帳簿上に問題が全く見受けられなかったため問題視していなかった。
「他の記録と付け合せると問題が分かるはず」
イリスが提示したのは魔石の輸出入を担当したラドルシア商会。
貿易で利益を上げているため魔石の運搬は得意分野だった。
「いつも通りに利益を上げているように思えますね」
順風満帆な経営。
魔石の取引量が増えたため売上が伸び、それに伴って運搬費も嵩んでいる。
それでも大企業としての強みを活かして費用を抑えることで、利益を普段以上にしていた。
「そう。こっちもいつも通り」
次にイリスが提示したのはラドルシア商会が関所を通る際に提出した運搬物に関する申告書の控え。
「こんなものをどうやって……!」
管轄が違うため商業ギルドでも手に入れるのは不可能となる書類。
「書き写してきただけだから安心して」
実際には使い魔を関所まで派遣して覗き見したのを書き写しただけ。
書類にサインなどがないため証拠としての力はないが、何が問題なのか示すメモにはなる。
「本来は普段通りの量しか輸送されていない」
そして、輸入は普段以上に行われていた。
では、輸送されるはずだったはずの魔石はどこへ消えたのか?
「ラドルシア商会が書類を偽装してまで隠し持っているのか、それとも誰かに譲り渡したのかは分からない」
それでも公には存在しないはずの魔石が存在する。
関所で書類の偽造をするのは危険だったので行わなかったのだろうが、商業ギルドだけでは気付くことのできなかった問題だ。
「ただ、こう言ってはなんですが、書類を偽造して隠し財産を持つぐらいならどの商会でもやっていますよ」
「私も小遣い稼ぎ程度なら問題にしなかった」
イリスが気にしているのは魔石の所在だ。
「大量の魔石はどこへ消えた? そして、何に使うつもりなのか? いや、もしかしたら既に使われているかもしれない」
楽観視するには多すぎる量だ。
5月4日(火)スタート!
『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』コミカライズ!