第23話 鮮血の倉庫 ⑩
プロット段階では6話で終わる予定だったのだが、気付けば10話になってしまいました。
まだ中盤なんだけどな……
飛び掛かってきたミスティの短剣を神剣で受け止める。
そのまま押し込もうとしたところ、飛び掛かった姿勢でありながら体を回して俺の背後へと跳ぶ。
すぐさま後ろへ攻撃しようとするが、着地したばかりだというのに振るわれた短剣によって背中が斬られる。
「ふむ。随分と硬いね」
短剣の刃の切っ先が突き刺さる程度で止まった。
防御力が高いおかげで助かったが、それでも痛いことには変わりない。
「この……!」
剣を振り抜く。しかし、そこにミスティはいない。
いや、振り抜かれた後で姿が現れる。
「これは!?」
似た現象に覚えがある。
だから現実を受け入れることができた。
「面白いスキルだろ」
シルビアの【壁抜け】と同じで攻撃が当たる瞬間だけ実体でなくなる。
そのため剣がすり抜けたように見えてしまった。
「これがアタシのスキル【現夢】――幻影を現実に反映させる力を持っている。いくつかの条件をクリアして、制限もあるけどこれほどの今のアタシに必要なスキルはないね」
「その条件が『リアルな幻影』か」
「そう、よくわかったね」
「で、これはどうしてだ?」
ミスティは目の前にいる。
しかし、攻撃したくても体が全く動かない。
口や目のような細かい部分は動くが、腕や足に何かが絡み付いているせいで拘束されていた。
「さすがは若い頃のアタシ。アンタみたいな奴でも簡単に拘束できるぐらい体を動かすことができる」
「まさか暗殺者なのか……?」
「そう。若い頃は【幻影魔法】を補助に使う暗殺者でね。今は体が昔のように動かなくなったせいで暗殺術は使えなくなったけどね」
糸のように細い物に体を絡め取られているところまでは分かる。
ただし、その糸を認識することができない。
「なるほど。幻影か」
意識を強く持って認識しようと思えば見えない糸が見えるようになる。
「へぇ。普通は冷静さを保つことができないんだけどね」
「武器が見えないぐらいでどうしたっていうんだ」
「じゃあ、これならどうだい?」
ヒュッ!
首に見えない糸が巻き付けられる。
「……!」
「体は随分と鍛えられている。たとえ心臓の上に刃を突き立てようと生きていられるだろうね。けど、ここまでは鍛えることができてるかい?」
鋭利な糸にギリギリと首を締め付けられる。
短剣よりも鋭いため切断には至らなくても頸動脈が切られる可能性がある。
「……強いな」
「若い頃は強かったよ。暗殺者だからアタシが有名になることはなかったけど、狙われる覚えのある貴族連中はアタシの襲撃を恐れたものさ。護衛に多くの冒険者を雇って備えた奴もいたけど、そういうのを搔い潜って標的を殺した瞬間こそ最高だったね」
貴族の護衛に雇われるなら高位の冒険者だ。
そんな奴らを相手にして興奮していられた時点でミスティも異常だ。
「その頃の肉体を再現しているんだ。簡単に負けるはずないだろ」
目を爛々と輝かせながら言葉を紡ぐミスティ。
若返る前は年のせいで濁ったような目をしていたが、今は興奮が目だけでなく全身に溢れている。
「なら、手加減は終わりだ」
「おや?」
糸から抜け出して後ろへと下がる。
【壁抜け】があれば、どんな拘束状態からでも脱出することができる。
「スキルの力かい? だったらスキルを封じる道具を使って縛っておく必要があったね」
プッとミスティの口から何かが吐き出される。
「……種?」
咄嗟に神剣で叩くと、後には地面に転がる種のような物だけがあった。
「う……」
ただの種ではない。種の落ちている場所が溶け出している。
「毒か!」
「正解だよ」
「……はっ」
眼前にミスティが現れる。
幻影を現実にすることができるスキルを持っている。一瞬でもミスティを見失うようなことがあれば、幻影を作り出した場所へ移動することも可能だ。
お互いの息が届くような距離。
目の前に美女が現れたことで行動が止まってしまう。
「魅了にも耐性があるね」
幻を植え付ける自身に対して偽りの愛を覚えさせる。
さすがに愛している相手を攻撃することはできない。
「ま、アレだけ可愛い女の子たちを連れているんだから幻影とは別の意味でも耐性があるんだろうね」
口の中に突き入れられるナイフ。
首の後ろまで貫通している感覚がある。
「首と同じでここも鍛えることはできないね」
ミスティがナイフを持つ手を引き抜く。
直後、口から大量の血を吐き出しながら倒れる。
「急所を貫かれた気分はどうだい?」
「そういう、能力か」
ステータスのおかげで耐えられるはずだ。
だが、どうしても耐えられずに体から力が抜け落ちていく。
これもミスティの【現夢】の能力だ。
「アンタがどれだけ化け物みたいな力を持っていても、『人間は急所を貫かれれば死ぬしかないんだ』。だから避けようのない死だよ」
実際にナイフで貫かれたことによってミスティの与える『ナイフに貫かれた』という幻にリアルさが生まれる。
それにより避けようのない死が現実となる。
「呆気ないものだろ」
見下すような声が上から聞こえてくる。
「死ぬ時なんてそんなものだよ」
「そうだな」
「……はぁ!?」
背後から聞こえる声に振り向こうとするが、振り向かれる前に頭を掴まれて地面に叩きつけられたせいで言葉が途中で止まる。
叩きつけたのは――俺だ。
「どう、して……」
視線だけを動かして『地面に倒れる俺』を見る。
そこにはミスティのナイフによって絶命したはずの俺が倒れていた。
しかし、さらに視線を動かせば自分の頭を掴んで叩きつけている俺がいることに気付いた。
「まさか……幻影!?」
「ちょっと違うな」
自分が【幻影魔法】を使うことから幻を攻撃したと思い込む。
しかし、ミスティほどの【幻影魔法】の使い手を相手にして俺の【幻影魔法】で騙せるとは思っていない。
では、倒れている俺は何者か……?
地面に倒れた俺が形を保っていることができず、真っ黒な泥のような物へと変わり足元の影へと吸い込まれる。
「シャドウゲンガー――対象の影に潜み、自在に姿を変えることができる」
眷属から執拗なまでに言われて俺自身にも護衛として張り付かせている。
俺自身のレベルアップ。護衛がいることで緊張感がなくなってしまうことから、普段は頼らないようにしている。それに戦闘能力はAランク冒険者ほどしかないため俺が窮地に陥るほどの戦闘では護衛になることができない。
だが、今日は頼らせてもらった。
「いつの間に入れ替わった?」
「糸から抜け出した時だよ」
あの時、ミスティの意識が一瞬だけ拘束していた相手を失って緩んだ糸へと向いた。
その隙を衝いてシャドウゲンガーを影から出させてもらった。俺自身は【幻影魔法】で姿と気配を可能な限り消してシャドウゲンガーの後ろにいた。本物だと思っているシャドウゲンガーの後ろにいたからこそミスティも気付けなかった。
そして、シャドウゲンガーが倒れた姿を見てミスティも警戒を解いてしまった。
ゆっくりと気配を隠しながら後ろへと回り込むと、勢いよく地面に叩き付ける。
「この状態なら抜け出せないみたいだな」
ミスティの【現夢】は魔法が使われた事を前提にしている。
だが、それも直接触れていて魔力を流されてしまえば、魔法を使う為の魔力が乱されて使用することができなくなる。
「マズイね……」
脱出の機会を伺っている。
気絶させるつもりで叩き付けたが、若返った体は俺の手加減した攻撃に耐えられる程度の頑強さは持っていた。
「仕方ない。自分の強すぎる力を恨むんだな」
「が、あぁ……!!」
地面から生えてきた何本もの槍がミスティの体を串刺しにする。
俺が魔法で生成した槍だ。
「たす、け……」
「今まで享楽で人殺しをしてきたんだ。最期の瞬間になって命乞いなんてするな」
「そう、じゃ……」
必死に手を伸ばすミスティだったが、命が尽きたことで伸ばしていた手が地面に落ちる。
彼女を生かしておくのは危険だった。何らかの方法で魔法が使えない状態にしたとしても逃げ出す可能性があり、俺はともかくとして親しい人たちに手を伸ばしてくる可能性があった。
「それに痛かったしな」
シャドウゲンガーとは一瞬で俺そっくりに変えるため感覚を繋いでいた。
そのせいでナイフが口を貫く感覚だけは伝わってきた。はっきり言って痛みだけで死ぬかと思った。いや、シャドウゲンガーは痛みだけで死ぬこととなった。
「ありがとうな」
形を失っただけでシャドウゲンガー自身は生きている。
影を撫でて労うと壁が崩れて轟音がした方へと向かう。
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