第21話 鮮血の倉庫 ⑧
「あはははっっ、ミスティの敵はみんな倒さないといけない。お前はミスティの敵だ!」
興奮したルーランが鋭い爪で地面に倒れたノエルの体を何度も切り裂く。
新たな傷ができる度に鮮血が舞い、ノエルの顔からは生気が失われていく。
――シャン!
「え……?」
錫杖の音が聞こえて正気へ戻される。
いくら不意を衝いたとしてもノエルがこんな簡単に死んでしまうはずがないことに気付いた。
冷静になれば自分が何もない場所に向かって爪を振っていたことに気付いた。
「ある意味、最初から拘束していたようなものなんだよね」
ルーランが直前まで攻撃を続けていたのは幻影。
意識の奥に投影された光景であるため、心が高揚した状態では幻影だと気付くのに時間が掛かってしまった。
「この……!」
しかし、冷静になればノエルの正しい位置を捉えることができる。
右手の爪を突き出して襲い掛かる。姿が見えない相手からの点を穿つような攻撃に戸惑う。
「遅い」
ルーランの突き出した右腕を掴んで地面に組み伏せると、爪が使えないよう押さえ付ける。
どうにか抜け出そうと力を込めるものの幼いルーランでは抜け出すことができない。
『そっちは終わった?』
『うん、このまま意識を奪う』
イリスからの確認に返事をする。
ルーランがミスティに懐いていたことは知っていた。少し説得した程度では自分たちと一緒に来てくれない。だから強引ではあったものの意識を奪って連れ帰ることにした。
ルーラン自身がミスティと共にいることを望んでいるなら、傭兵団の一員として倒してしまうのも一つの選択肢だった。
だが、これから崩壊してしまう傭兵団と運命を共にさせる選択が彼女たちにはできなかった。
そのため最も安全な方法で意識を失わせることにした。
「……ハァ……ハァ」
息が荒くなってくるルーラン。
姿が見えなくても息遣いはしっかりと聞こえる。それだけ魔法道具の制御が甘くなっている。
「そろそろ観念した方がいいよ」
「うるさい」
魔法道具なら姿を隠しているだけで魔力を消耗する。
このまま使用を続けて魔力が尽きれば、自然と意識も失うことになる。
「おかしい」
馬乗りになったままノエルが不安に駆られる。
ルーランから感じられる魔力はとっくに尽きている。とっくに意識を失っていてもおかしくないのに、ルーランは未だに意識を保っていた。
何か見落としがある。
改めて考えなおすと、おかしな点があることに気付いた。
「どうして魔法道具を解除しないの……?」
魔力が尽きたなら意識を失うと同時に……それよりも早く魔法道具が解除されて姿が見えるようになっていなくてはおかしい。
離れた場所では倉庫の壁が破壊された音が響く。
しかし、そんな光景など気にせずノエルはルーランの状態について考える。
「もしかして、自分で解除することができないの?」
「……」
ルーランから返事はない。
だが、起動することはできたものの解除は自分の意思でできないというのなら今の状況にも納得することができる。
魔力が尽きた使用者。
代わりとなるエネルギーを使用者から得ていた。
「どうしよう……このままだと命が尽きて死んじゃう」
呪剣を使用したヴォルクと同じ状態だ。
魔力が得られないから、代わりに生命力をエネルギーに変換して魔法道具を起動し続けている。
魔法道具が解除された瞬間、ルーランは死ぬことになる。
そして、ルーランは自分の意思で解除することができない。
「ノエル!」
自分の名前を呼ぶ声にハッとさせられる。
慌てて振り向けば、倉庫に駆け付けたイリスの姿が見えた。
「助けて!」
ただ必死に叫んだ。
それは、ルーランのこともそうだが、それ以上に彼女を助けたいと思うノエル自身のことも助けてほしいという切実な願いだった。
「ここにいるの?」
「そう」
イリスには姿を見ることができないだけでなく、気配を捉えることもできない。
しかし、ノエルが指定する場所に手を当てれば幼い少女が倒れているのが感触から分かった。
「……」
イリスは言葉を失った。
手を通して伝わってくるのはルーランの感触だけではない。異様なまでに減少した生命力、さらには気配までもが希薄になっていた。
女神ティリスの気配からルーランの位置を特定していたノエルは気付かなかったが、姿が消えるのに合わせてルーランの気配も薄くなっていっていた。
「大丈夫、助かる」
「ほんとうに?」
「ここまで弱っていたのが助かった」
今のルーランは肉体的だけでなく、精神的にも弱っていた。
この状態ならイリスのスキルを使用することができる。
「【回帰】」
消えていたルーランの姿が見えるようになり、裸のまま倒れた少女が二人の前に現れる。
スキルで魔法道具を使用する前の状態まで戻すことで、どうにか命が尽きるのを止めた。ついでに傷も癒してあるため、外傷が全くない状態になっている。
「よかった」
安堵からホッと息を吐く。
意識は失っているが、呼吸も安定していてすぐにどうこうなるような状態ではなくなった。
当初の目的であった意識を失わせることにも成功した。
「でも、何があったの?」
「これは……」
「どうしたの?」
ルーランの体を診察していたイリスが奇妙な感触からある物を見つけた。
それは、下腹部に張り付けられており、ハンカチのような形をしていた。
「うん……? 剝がれない」
ただし、張り付けられた物を剥がすことができない。
完全にルーランの肌と一体化していた。
「私たちの手で剥がすのは難しそう」
「そんな……」
「幸いにして使う前の状態まで戻すことができたから、もう一度魔法道具を使用するような真似をしなければ大丈夫なはず」
その為にはルーランに魔法道具を使わせないようにする必要がある。
ただし、ルーランは体験していても必要があれば魔法道具を再び使用するつもりでいる。
「次に使う気配があったら殴ってでも意識を失わせて。剥がす方法が見つかるまでは、そうやって防ぐしかない」
「わかった」
とりあえずローブを道具箱から出すと裸のルーランの体を包み込む。
「ノエルはルーランを見張っていて。私は倉庫に手掛かりがないか探し物をしてくるから。まったく、また探し物だなんて……」
イリスはマルスから頼まれた物を探していた。
それが見つかったから駆け付けたのだが、新たに別の物を探す必要が出てきてしまった。
「けど、いいの?」
倉庫での戦いは続いている。
それに戦闘を終えたから仕事が終わるわけではない。
「いいの。あとは私たちの主だけだけど、あいつが負けるなんて思う?」
イリスの問いにノエルは首を横に振る。
「雑事は私やメリッサに任せておけばいい」
「でも……」
「人にはその人の役割がある。ノエルの役割は私たちの支えになること。本当に大変だったら助けを求めるから、今はマルスが戻って来るのを待って」
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