第5話 狩り
「日没までは3時間くらいか」
昼食を食べてからの出発。
そのため日没までの時間はあまり残されていなかった。
アリスターのような大きな都市にもなると街の周囲を外壁が取り囲んでおり、東西南北にある門からしか出入りができないようになっている。
そして、門は日没になると閉められるようになっている。
冬ともなれば日没が早く、冒険者が街の外で活動できる時間は限られる。
「さすがに寒い中で野営をするわけにはいかないからな」
遺跡探索の時は野営で数日を過ごしていたが、あれは別だ。
遺跡のあった場所は、世界が違うせいか野営ができないほど寒いわけではなかったし、ギルドが提供してくれた資材によって常に焚火が焚かれていたおかげで夜も暖かった。
「それで、具体的にはどちらにいかれるのですか?」
「特に決めていないんだよな」
ルーティさんから貰った地図を見てみる。
その地図は、簡単にだがアリスターの周囲が描かれており、どの辺りでどんな魔物が出現したのかが細かく描かれていた。
「さすがに金貨一枚しただけのことはあるな」
ギルドが販売している地図だが、払う金額によって得られる情報量にも差がある。
金貨一枚もした地図には魔物の出現場所だけでなく、魔物の細かいデータまで記載されている。
「どうやら一週間以内に片付けた方がいいみたいだな」
情報を読むと全ての魔物に共通していることとして魔物が貯め込んだ魔力は初雪が降った日の翌日から一週間以内が最も鮮度が高く、十日もする頃には一番美味しい時期を逃してしまうとのことだ。
「今日は、とりあえず様子見をしてみよう」
十日もあるなら時間に余裕はあるはずだ。
「近くに冒険者はいないか?」
「近くにはいませんね」
気配探知に優れたシルビアに冒険者の姿を探してもらったが、街の近くにはいないらしい。
地図を見ても魔物が発見されたのは街から離れた場所ばかりだ。
「これで雪でも積もっていれば跡を追うのは簡単だったんだけどな」
昼になる頃には積もっていた雪は溶けてしまった。
おかげで地面がぬかるんでいて歩きにくい。
そんな道を一時間も歩いていると、
「ご主人様、誰かがいます」
シルビアが人影を発見した。
方向さえ分かれば俺でも見ることができる。
「あたしにはサッパリ見えないんだけど」
しかし、アイラが見えないせいで不満を漏らしていた。
「これで我慢して下さい」
メリッサが攻撃用では透き通ったレンズを魔法で作り出す。
レンズの表面には俺とシルビアの見ている遠く離れた場所の光景が映し出されていた。随分と便利な魔法を持っているな。
「どうやら、ギルドで会った王都から来た凄腕の冒険者みたいです」
俺たちが見ている先には四人組の冒険者がいた。
「お、そうか!」
わざわざ辺境まで討伐依頼を受けてやって来るぐらいだから、その戦い方は参考になるはずだ。
名前は、たしかヴィンセントさん。
彼らから離れた位置には額から角を生やした白い兎がいた。
よくいるホーンラビットだ。
ただし、俺が知っているホーンラビットとは全く違う。
通常のホーンラビットなら体長は一メートルほどしかない。ところが、彼らが相手にしようとしているホーンラビットは二メートル以上あった。
「あれが魔力を溜め込んで強くなった魔物か」
見た目で簡単に分かる。
大きいということは、速度が落ちるなどの欠点があるが、そのまま強さとなる。
「正確にはホーンラビットじゃなくてスノウラビットらしいな」
大きさ以外では違いが分からないが、手元の資料にはスノウラビットという名前で書かれていた。
ヴィンセントさんが後ろに控えていた女性冒険者に小声で指示を出している。
「何て言っているのか気になるところだな」
「拾いますか?」
「は?」
メリッサが魔法を使うと周囲に風が発生し、どこからともなく声を俺たちの耳に届けてくれる。
『行けるか? オフィーリア』
『任せて下さい』
オフィーリアと呼ばれた女性冒険者が持っていた弓を構える。
その先にはホーンラビットがおり、まだ気付いた様子はない。
オフィーリアさんが矢を放つ。
気付いた様子のないスノウラビットに向かって真っ直ぐに飛んで行く矢。
「きゅ!」
スノウラビットに矢が突き刺さる直前、矢が迫って来ていることに気が付いたスノウラビットが魔法を発動させる。
「は?」
スノウラビットの見た目はホーンラビットと大きさ以外では全く変わらない。
ホーンラビットに魔法を使うような力はなく、主な攻撃方法は獣の兎よりも異様に発達した後ろ足による蹴りである。ホーンラビットが魔法を使ったなどという話は聞いたことがない。
しかし、実際に魔法を使ったスノウラビットの前に氷の壁が立ちはだかり矢を受け止める。
「きゅ!」
スノウラビットが再び声を上げる。
ホーンラビットと同様に発達した後ろ足で立ち上がると逃げ出す為に氷の壁に背を向けて走り出そうとする。
しかし、眼前にあったはずの氷の壁を溶かして自分へと向かってくる魔法によって生み出された炎の矢を見た瞬間に焦りながら立っていた後ろ足で上へ跳ぶ。
『はい、終わり』
細長い剣でヴィンセントがスノウラビットの頭部を斬る。
薄く斬っただけのようにしか見えなかった斬撃だったが、スノウラビットの致命傷になるような攻撃だったのか地面に落ちたスノウラビットはピクリとも動かなくなった。
『ごくろうさま』
『いえ、狩りなら私の出番ですから』
スノウラビットの死体を持って矢を射ったオフィーリアさんに近付く。
(なるほど。後衛の一人が最初の一撃で仕留められるなら仕留める。仕留められなかったときは、もう一人の魔法使いが仕留める。しかも、最後には注意を逸らしている間にヴィンセントさん自身も攻撃に加わる)
何よりも注目するべきなのは、三人の攻撃が全てスノウラビットの意表を突いたものだったことだ。
最初の矢に関してもスノウラビットは当たる直前まで気付いたようすがなく、炎の矢も氷の壁によって視界が遮られていたといっても魔法を使える魔物なら魔力を感知する能力があるはずである。だが、氷の壁を溶かす瞬間まで炎の矢に気付いた様子がなかった。さらに言えば最後の瞬間までヴィンセントさんに気付いた様子がなかった。
「あれ、できるか?」
「今の私には難しいと思います」
魔法が放つ魔力を極限まで抑えた状態で確実に仕留められる威力にする。
理屈は分かるのだが、俺にもメリッサにも難しい。
「それに警戒心の強い魔物を相手にこっそり近付くのも難しいです」
狩りをするうえでの課題が見えてきた。
と、そこで気付いた。
ちょいちょい、とヴィンセントが俺たちに向かって手招きをしている。
どうやら近くに来い、とのことだ。
「行ってみるか?」
見ていたことに気付いていたのなら挨拶をする必要がある。
「ごめんなさい。勝手に見てしまって」
「見ていたのは構わない。距離もあったから魔物に気付かれたような様子もなかったし。それで、俺たちの戦い方は参考になったかな」
「どうでしょうか」
正直言って隠密性に優れた戦い方を今までしてこなかった。
魔物は基本的に目に付いた人を襲う習性がある。そのため、魔物を相手に戦う時でも向こうからやって来てくれるので正面から戦いを挑む場合が多く、逃げ出すような相手とはあまり戦っていない。
しかし、獣を相手にするように遠距離からの攻撃から始めたということは、スノウラビットは逃げ出す可能性が高い。
「さっきの魔物は近付けば逃げ出すんですか?」
「普通は逃げ出す。俺たちが戦った時だって氷の壁を出している間に逃げ出していたはずだ」
「ええ、見ていました」
本来なら氷の壁で相手の攻撃を受け止めると同時に自分の姿を隠している間に逃げ出すつもりだったのだろう。
そういった習性を知っていたが故に魔法使いの女性は氷の壁が生成される前から炎の矢を準備していた。
「俺たちの戦い方がどこまで参考になったのかは分からないけど、新人の君たちは君たちなりの方法で頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
意外にいい人だ。
「俺たちの本命は、スノウラビットみたいな小物じゃなくてもっと大きな魔物だからここで失礼させてもらうよ」