第19話 鮮血の倉庫 ⑥
倉庫の通路を埋め尽くすほどの刃。
だが、呪剣に宿った精神は声から分かるとおり子供のもの。大雑把な攻撃であるため人が隠れられる程度の隙間が生まれる。
ガガガガガガガッッッ!
無造作に放たれた斬撃は、アイラへの攻撃に留まらず周囲にある金属製の箱すら斬り裂いてしまう。
『むぅ……』
呪剣にも無事なアイラの姿が見える。
再び1本になると、空中で停止する。
「おい、何をしやがる!」
「所詮は剣か」
呪剣の攻撃にドットとガイウスの二人も巻き込まれそうになっていた。どうにか地面に伏せることでやり過ごしたが、頭上を通り過ぎる刃の嵐に戦慄していた。
呪剣はヴォルクの剣だ。暴走しているのなら持ち主であるヴォルクに責任が発生するが、どこにもヴォルクの姿はない。
『ウルサイなぁ』
幼い子供にとって自分を叱る言葉はうるさい言葉にしか聞こえない。
「……マズイ」
咄嗟にアイラが後ろへ跳ぶ。
こういう時の子供がどのような行動に出るのか自身の経験から導き出した。
刃を左へ向け、地面に対して平行になると鋭く振り抜かれる。
次の瞬間、周囲に残っていた金属製の箱が両断される。
「……っ!」
聖剣で防御したアイラだったが、凄まじい速さで迫る呪剣に耐え切れず弾き飛ばされてしまう。
呪剣が振り抜かれた瞬間は、短い時の質量のまま。しかし、振り抜かれながら巨大化したことで衝突する瞬間には凄まじい速さを保ったまま巨大な質量が叩きつけられることになる。
通常ではあり得ない力にアイラも耐え切れない。
「な、にぃ……!?」
ただし、アイラ以上に耐えられなかった者がいる。
アイラよりも先に衝突することとなったドットは回避や防御の素振りを見せる暇すらなく体を斬られて上半身と下半身が分かれることになった。
ピクリとも動かない体。
ドットは自身が死んだことにすら気付かないまま斬られた時のショックで死んでいた。
「あ、ぁぁぁぁぁ!」
そして、ガイウスは【硬化】で防御しようとした。
ところが、呪剣の攻撃はガイウスの防御を上回っており、ドットと同様に両断されてしまっていた。
ただし、ドット違って硬質化させておいたおかげでダメージに対して感覚が鈍くなっており、斬られても意識を手放すようなことはなかった。
それでも致命傷を負っていることには変わりない。そのまま放置すれば死んでしまうのは間違いないのだが、両断された体を癒す方法は限られている。それこそイリスのスキルに頼らなければならない。
3本のナイフを呪剣に向かって投げる。
剣を振ってナイフを叩き落す。ヴォルクの意思から解放されたことで制御されていない強力な攻撃ができるようになった。だが、思考が単純であるため目の前に迫る攻撃に対して全力で対応してしまう。
その間に倒れたガイウスへと近付く。
「助けてあげようか?」
「……な、に?」
「その代わり、終わった後で知っている事は全部教えてもらうことになるけどね」
イリスによる回復を対価に情報を引き出そうと考えた。
治療を受けた後で情報を喋らない可能性はあったが、今できるアイラの精一杯の交渉だった。
「断る」
「いいの?」
「俺たちは強い奴と戦いたいから集まっただけで、決して仲間なんかじゃない。それでも、長く一緒にいたんだからそれなりの情はある」
自分が助かる為に仲間の情報を売り渡すような真似はしたくなかった。
言葉では仲間であることを否定したが、彼らに仲間意識は十分にあった。
「そう」
対価がないなら助ける意味はない。
『治療しなくていいの?』
イリスから念話が届く。
彼女にしてみれば、あの程度の怪我を治療するのは問題ない。
「今の状況でそんな余裕があると思っているの?」
『それもそうか』
斜め上から巨大化した呪剣が振り下ろされる。
掬い上げるように剣で叩くと呪剣が弾かれる。
『むぅ……』
「軌道も読めてきたかな」
ヴォルクと違って真っ直ぐ。ただし、真っ直ぐに純粋な力が振るわれるからこそ強力だ。
アイラの力でも抑えていては弾き返すのが限界だ。
「あ……」
弾き返した時の衝撃で瓦礫が飛び、ちょうどガイウスが倒れていた場所に落ちてしまった。
硬化してギリギリ耐えていたところにトドメが差されてしまった。
『……それで、どうするつもり?』
見なかったことにしてイリスが尋ねる。
「さっきからこっちを覗いてみるみたいだけど、そっちはいいの?」
振るわれる刃を捌きながらイリスに尋ね返す。
『こっちは探し物をしているだけだから問題ない。私もノエルがあの子の問題をどうやって解決するのか気になっていたから覗いていたけど、そっちは片付いたみたい』
「あ、ほんとう?」
『こんなことで嘘を言っても仕方ない』
「それもそうか」
『だから――』
巨大化した剣が振り下ろされる。
それをギリギリで回避すると聖剣で上から押さえ付ける。
『むぅ!!』
「聞き分けのない子供は上から押さえ付ける」
力を込めれば呪剣にヒビが入る。
呪剣の巨大化は【土属性魔法】による金属の構築だ。魔法の元となる魔力は呪剣の使用者から喰らうことで発動させる。ただし、使用者の魔力が尽きたからと言って敵対している者が生きていれば止まることはない。その時は、使用者の命を喰らうことで力へと変換する。
それが『魔剣』ではなく『呪剣』と言われている所以。
魔剣よりも強い強制的な力が働く。
巨大化した部分は魔法によって造られた金属の剣でしかない。だから打ち合えば聖剣の方が勝つ。
『そろそろ終わらせてくれる?』
「怒られないかな?」
『それぐらいの調節はできるでしょ』
「まあ、ね」
砕かれた瞬間、刃を小さくして普通の剣と同程度のサイズへ変わると切っ先をアイラへと向ける。
斬る為には振る必要がある。しかし、アイラが相手では対応されてしまう。
「おいで」
アイラも呪剣が何をしようとしているのか悟り、真っ直ぐ突っ込んでくるよう誘う。
呪剣の目的は文字通り直進的な攻撃。
一瞬で巨大化させると離れた場所にいるアイラまで剣を突き出す。
「ふっ!」
同時にアイラも聖剣を振り抜く。
『ひぃ……!』
呪剣が目にしたのは目の前に迫る自身の刃を消滅させる斬撃。
研ぎ澄まされた斬撃は、巨大化させた剣が相手であっても斬るのではなく切り刻んでいた。
刃が切り刻まれる光景は呪剣に恐怖を抱かせ、恐怖に囚われながら吹き飛ばされた。
「……ねぇ、本当に怒られない?」
『必要経費にするから大丈夫』
呪剣の後ろにあった壁が消失している。
呪剣を吹き飛ばす手段はあったが、一撃で吹き飛ばす必要があったため倉庫が無事に済む保証がなかった。
保護したく思っているルーランがいる倉庫を壊すわけにはいかない。
なにより倉庫の所有権は商業ギルドにある。
「私も探し物は終わったからこっちに来た」
「相変わらず仕事が早いわね」
アイラの側に出現したイリスが倒れたままのガイウスへ近付く。
「【回帰】」
「え、生きているの?」
「ギリギリだけど、息があるから生かしてあげることにする」
スキルが使用されれば傷が瞬く間に塞がる。
ただし、傷を塞ぐだけで分かれた上半身と下半身まで元に戻すことはしない。イリスの【回帰】ならそこまでの傷でも回復させることはできるが、敢えて行わなかった。
「情報源にするだけなら、生きてさえいれば十分でしょ」
「そうなんだけどね」
アイラとしてはガイウスの見た目が気になって仕方ない。
「さすがにこの状態で移動させるのは大変じゃない」
「逃げられる心配がない」
「連れ帰るのも難しいんだけど……」
尋ねるとイリスの視線が自分に向けられていることに気付いた。
「え、あたしが運ぶの?」
「こいつを捕まえたのはアイラ。それに私は壊した倉庫関係で色々と交渉や書類の準備がある」
「わかったわよ」
書類の準備などアイラにはできない。
自分の失態の尻拭いをイリスに任せる以上、自分にできることは自分でやるしかなかった。
「一人捕まえられただけでもよしとしましょ」
本当は3人とも捕らえるつもりでいた。
しかし、呪剣のせいでガイウスしか生き残ることができなかった。
「こいつらは自分の欲望だけで、多くの人の血を流してきた。今度は自分たちの失態で自分たちの血を大量に流すことになったわけだ」
呪剣を支配することができなかった。
そのせいで与えられた武器によって喰われることとなった。
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