第18話 鮮血の倉庫 ⑤
防御の為に掲げられた盾だったが、まるで豆腐でも切るかのように一切の抵抗なく斬り裂かれる。
役割を果たせなくなった盾が音を立てながら地面に落ちる。
さらに鮮血が地面を赤く濡らす。
「……っ」
腕から血を流すガイウス。
盾が意味を成さないと分かった時点で後ろへ跳んだおかげで腕が犠牲になることはなかった。それでも掠めたせいで斬られて血が流れている。
一刻も早くアイラから離れようとする。
「はっ」
地面を転がる盾をアイラが蹴り上げる。
大盾は獣人のガイウスでも振り回すのが難しく、彼には蹴り上げるなど不可能なほどの重さがある。
それをアイラはボールでも転がすように軽々と蹴る。
後ろへ跳んでいたガイウスは盾の直撃を受ける。直撃と言っても手で受け止めることに成功している。ただし、受け止めた時の衝撃で後ろへ転がる。
「うぉ!」
転がった先にはヴォルクがおり、止める形になる。
「ほっ」
盾を蹴り振り上げた格好になっていたアイラは聖剣を下に刺して、体を持ち上げると垂直にする。
すると鉤爪を振るうドットがアイラの立っていた場所を通り過ぎて行く。
「クソッ!」
「気配の隠し方もそこそこ上手い」
本来の予定ではガイウスが受け止めている間に攻撃するつもりでいた。
ところが、たった一撃で倒されてしまったため再び奇襲に頼るしかなかった。もっとも、その奇襲すらもアイラに読まれていた。
「けど、そこそこ止まりなのよね」
持ち上げた体を振り子のように下ろすと通り過ぎようとしていたドットを蹴る。
蹴られた先にはヴォルクとガイウスがおり、二人の間に突っ込む格好になる。
「そろそろ実力の差は理解できた?」
「ふざけるなよ!」
「女が舐めた口をきくじゃねぇか」
ヴォルクとドットから怒鳴られてもアイラは欠伸をして気にした様子がない。
「止せ」
「んだよ」
怒鳴る二人をガイウスが止める。
「あいつは強い。それを認めろ」
「……あ? あの男ならまだしも、この女よりも弱いって言うのかよ」
「そうだ」
「チッ!」
傭兵団で盾役を請け負っているガイウスは何を言われたところで動じる様子を見せない。
「まあ、ね。少なくともあんたたちより修羅場は潜って来ているつもりよ」
「ハッ、オレたちがどれだけの戦場を渡り歩いてきたのか知らないみたいだな」
彼らは戦争の気配を感じ取るだけで他国であろうと移動し、最低限の報酬だけでも雇われて戦争に参加した。
目的は報酬ではなく、戦争に参加すること。
殺人が正当化されるだけでなく、英雄視されることもある戦争は彼らにとって最高の娯楽だった。
これまでに参加した戦争は数十になる。
そして、その中で殺した人間の数は数千ではすまされない。
「そんなことは調べているから知っているの」
「調べておいて、よくそんなことが言えるな」
「だって全然怖くないんだもん」
「は?」
ヴォルクにはアイラが何を言っているのか理解できなかった。
これまでに殺してきた人間の数を考えれば一般人なら恐怖が先走ることとなる。
「あんたたち強い奴と戦ったことは少ないでしょ」
「あるに決まっているだろ」
敵国には優秀な将もいた。
そんな相手と一騎打ちすることもあり、強者との経験はあった。
「ま、数える程度にはあるかもね」
けれども、そんな戦いは彼らが殺してきた数に比べれば微々たるものでしかない。
彼らは一方的な虐殺を繰り返してきただけに過ぎない。
「……」
思い当たることがあるガイウスは沈黙する。
「そんなことを自慢するような奴らにあたしが負けるはずないでしょ」
「ふざけるなよ!」
ドットが飛び出す。
鉤爪をアイラから離れた位置で振り下ろせば見えない斬撃が発生する。
だが、見えないはずの攻撃に晒されたはずのアイラは軽く動いて回避する。
「それも見え見え」
アイラが聖剣を振る。
咄嗟に鉤爪で防御しようとするドットだったが、頑丈な盾すら斬り裂いてみせた光景を思い出して回避することにする。
しかし、一瞬の迷いが致命的となる。
腕を深く斬られて大量の血を流す。
「あんたはあんたで何も反省ができていない」
倉庫を迂回して後ろから襲い掛かる呪剣に対してアイラは聖剣を掲げて受け止める。
腕を斬られて蹲ったままのドットを警戒している。
彼女にとってドットの攻撃は警戒するに値しない。
「武器を新しくしたのはいい。けど、使い手が昨日とまるで変わっていない」
アイラは、マルスとヴォルクの戦いを直接目にしていたわけではない。
しかし、マルスの【幻影魔法】によってどのような戦いが行われたのか見直すことはできた。
「再戦するなら反省してからにしなさい」
呪剣の先端が斬られる。
だが、魔力を利用しての膨張が可能な呪剣は失われた部分を補おうとする。
「邪魔」
『ひぃ……!』
しかし、補填が行われるよりも早くアイラによって斬られる。
それが何度も繰り返され、伸ばされた剣が次々と斬り裂かれていく。
「はい、終わり」
根本だけを残して迫ってところで聖剣を振り下ろす。
そこへガイウスが咄嗟に割り込む。ただし、彼は武器や防具を何も手にしていない。ただの手で防ごうとする。
――ガン!
たしかにアイラの剣はガイウスの手に当たった。しかし、まるで金属を叩いたかのような音が響き、弾き返されてしまった。
「もらっておいてよかった」
「【硬質化】か」
体を金属のように硬くすることができるスキル。
なら、金属に似た音がして弾かれたことにも納得ができた。
「よし、斬ろう」
「斬れなかったのを忘れたか」
硬くなったガイウスの体は盾以上に硬い。
だから――防げたと勘違いしてしまった。
「――は?」
右腕が肩から切断され、左足がギリギリ繋がっている状態になる。胸からは斬られたことで大量の血が流れ、硬くした身体が全く効果を発揮していなかった。
アイラの【明鏡止水】は『斬る』、という強い意思を持って斬らなければ効果を発揮してくれない。しかし、効果さえ発揮してくれればどのような物であろうと切断することができる。たとえ相手が硬質化していようと関係ない。
「ガイウス!」
ドットの鉤爪からかまいたちが放たれる。
掠めるだけで斬られる風を見えていないアイラが軽々と回避していく。
「どうして当たらない!?」
「まあ、風の動きとか読めば回避は難しくないからね」
集団が相手の戦争でなら容易に多くの人々を斬り裂くことができる。
しかし、屋内で発生させた風の刃は見えていなくともアイラに軌道を読ませてしまう。
「どいてろ!」
巨大化した刃がアイラを圧し潰すべく上から叩きつける。
「よいしょ、と」
それを聖剣で受け止めると、荷物を横に置くように巨大化した呪剣を逸らして落とす。
3人で相手をしているのに傷すらつけられていない。
「そろそろ降参してくれない?」
最初は警戒していたものの、予想以上に拍子抜けだったためアイラは全員を拘束することに決めていた。
このまま戦意を喪失して降参してくれるのが最善だ。
3人とも新しい武器を与えられたというのに推し量ることすらできない実力差に戦意が折れそうになっていた。
『ツマンナイ……』
しかし、この場にはもう一つの存在があった。
「……は?」
再生を終えた呪剣が口を開けるように刃の形を変えると、勝手に動いてヴォルクの頭部へと突き刺さる。
『イタダキマス』
さらに鋭利な歯のように形を変えると細かく刻んでいく。
地面にはヴォルクだった残骸が散らかっている。決して食べているわけではないのだが、その光景を見ている者には食事をしているようにしか見えなかった。
『ウプッ』
宙に浮いた呪剣がゲップをしたような音を出す。
ゆっくりと切っ先をアイラへと向ける。
『アハハハハハッッッッッ!』
子供の笑い声と共に20本の刃が突き出される。
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