第17話 鮮血の倉庫 ④
デュオが吹き飛ばされた方向とは反対へと向かったヴォルク。
メリッサが追いかけているのが見えたが、助ける気は全くなかった。魔法使いとしての格が違う。魔法に詳しくないヴォルクでも一目見ただけで理解することができた。
それよりも今は楽しみたい。
倉庫に置かれた大きな箱の上に飛び乗ると振り向く。
「うれしいねぇ、こうして試し斬り出来る相手が現れてくれるなんて」
「試し斬り?」
向かいにある箱の上にアイラが飛び乗る。
ヴォルクと対峙した形になったアイラだったが、視線をあちこちへ彷徨わせていた。
「オレを無視してぇんじゃねぇ!」
ガンッ、と剣が箱に叩きつけられた音が響く。
ヴォルクのことを見ていなかったアイラだったが、決して警戒までしていなかったわけではない。
「あっちは任せて」
「いいの?」
「どうせ見えていないでしょ」
アイラが飛び乗った箱の下にはノエルが立っていた。
「見えていないのはノエルも同じでしょ」
「わたしには位置が分かるからいいの」
左へ向かって錫杖を掲げる。
すると、金属が衝突する音に似た音が響き渡り、火花が散る。
「昨日の時とはちょっと違うみたいだけど、あっちはわたしが抑えておくよ」
「一人で大丈夫?」
「そっちこそ一人で三人も相手にして大丈夫?」
倉庫の奥からヴォルクの方へ近付く人影が現れる。
大柄な男の体も隠してしまうほど大きな盾を構えてアイラを警戒する。
「わたしは大丈夫だから行って」
「ありがとう」
アイラに気負った様子はない。人数差を考えれば圧倒的に不利であるにもかかわらず普段通りにしていた。
二人ともルーランのことが心配だった。
当初の予定では傭兵団に残っているルーランをノエルが確保し、どうにか説得して抜けさせるつもりでいた。場合によっては保護も選択肢にあった。
しかし、倉庫で目撃した姿は恐怖に囚われたものではなかった。
なら、ノエルがどうにかする必要がある。
「だから、あんたたち3人の相手はあたし一人だけっていうわけ」
「チッ」
アイラが横を向くことなく自然な動きで剣を手にした左手を振り下ろす。
何もない空間だったが、倉庫の奥から砲弾が飛んでくるような勢いで鉤爪を装着した男が飛び込んでくる。
聖剣で鉤爪を受け止め、受け流された狼の獣人が床に落ちて転がる。
「何をしている?」
「うるせぇな」
盾を構えた男が上から冷たい目で狼の獣人を見る。
「おいおい……仲間二人を陽動にした奇襲だったんだぞ? 簡単に受け止めてくれるなよ」
彼らの作戦では重傷を負っているはずのヴォルクが姿を見せることで警戒させ、さらにヴォルクを守るように二人目が現れることで敵の視線を釘付けにする。
そうして素早く動ける狼の獣人が飛び込む。照明や窓から差し込む陽の光があっても薄暗い倉庫内なら見通しのいい場所であっても奇襲は成立する。
「まず前提条件が成立していない」
奇襲を成立させる為には狼の獣人が秘匿されている必要があった。
「あたしたちは、そっちの情報を掴んでから来ているの」
狼の獣人――ドット。
盾を装備した大男――ガイウス。
二人とも戦場で派手な戦いをしていただけに過去の経歴も含めて有名だった。そして、レジュラス商業国は彼らの入国を拒みはしなかったものの警戒対象として認識していた。
当然、調べられる範囲で情報は集められている。
それに魔物を通しての偵察で構成員の全員を把握することができている。所在の分からない者がいれば警戒するのは当たり前だ。
「ま、あたしとしては切断されたはずの左腕が元に戻っている……ように見えたのが気になるところだけどね」
遠くから見ていただけの時は、切断される前と変わらない腕が魔剣を手にしているように見えた。
しかし、近くから見ることで自身の勘違いであることに気付いた。
「それ、魔剣でしょ?」
「正確には『呪剣』らしいけどな」
抜き身の刃がアイラへ向けられる。
ただし、本来の剣なら手だけで済む行動を腕全体で行っていた。
刃とは反対側が切断された肩に付着していた。しかも、根のように金属部分が体を浸食している。
「そのまま使い続けていたら死ぬわよ」
浸食が続けば呪剣に体が取り込まれてしまう。
そうなった時にヴォルクの体がどうなってしまうのか予想できなかったが、少なくとも人として真っ当な状態でないことだけは理解できた。
「知るかよ。これで、まだまだ戦えるんだ」
「そうまで戦いがしたいの?」
「ああ。殺し合っている間だけが生きているって実感できるんだ」
戦場に長く身を置きすぎたヴォルクは、命の奪い合いをしている間だけでしか生きている実感を得られなかった。たとえ戦いを生き残ったとしても虚無感が心の中にあり、満足できる生ではなくなっていた。
「戦闘狂か」
かつてはアイラも復讐と使命だけを胸に生きていた。
そこから解放された今は、かつての自分を叱りたいぐらい愚かだと思っている。
「それだけの人生なんてつまらないじゃない」
「……あ?」
その言葉はヴォルクにとって癪に障るものだった。彼にとって戦場での生活こそが全てであり、他は何も知らない。
「食らい尽くせ」
『キヒヒッ!!』
不気味な声が倉庫に響く。
直後、ヴォルクの左腕の魔剣が意思を持ったように……実際に意思を持って刃全体が伸びてアイラへと襲い掛かる。
黒邪蛇とは異なり、糸でつながれた分かれた刃が飛んでいるのではない。
刃そのものが巨大化して伸びている。
「邪魔」
強い意思を持って剣を斬れば呪剣が切断される。
「こんなものなの」
見たことのない魔剣に警戒心を抱いていた。
実際に相対すれば簡単に切断することができてしまった。
『アソボウ、アソボウ』
「はあ?」
しかし、先端を切断されても残された刃から不気味な声が聞こえ、切断された部分を補うように巨大化する。
『ヒヒッ!』
「げぇ!?」
まるで子供のような声と言葉。
ただし、そこに不気味な感情を感じ取って嫌悪感を抱く。
「そいつを止めることなんて不可能だぞ」
呪剣を扱うヴォルクは腕を構えるだけで動いていない。
しかし、その体からは汗が大量に流れており、苦しそうに顔を歪めていた。精神と肉体を侵す呪剣。破壊衝動をもたらす魔剣を使い続けていたヴォルクだからこそ耐えることができているが、そう遠くないうちに呪剣に負けてしまう。
問題は、呪剣への敗北がいつなのかということ。
それに敵は他の二人いる。
「だったら……」
空中へと高く跳び上がる。
すぐに呪剣も追い掛けて飛び上がる。
「躾のなっていない子は……」
前を向いたまま聖剣で叩く。
「叩いてでも黙らせる」
『プッ!』
叩かれた呪剣が地面へ落ちる。
「ぐわっ!?」
呪剣と繋がっているため激しく動いたことでヴォルクも下に叩きつけられることとなる。
「起き上がれ!」
すぐさま指示を出す。
呪剣も指示を聞いて敵を探す。
『ドコ?』
しかし、アイラがいた上を見ても人の姿は見つからない。
「こっち」
答えを返しても呪剣から反応はない。
ヴォルクの背後に着地したアイラが剣を振り下ろす。
「だから慣れていないんだから気をつけろ、と言ったんだ」
ヴォルクを挟んでアイラとは反対側に立ったガイウスが防御しようと盾を掲げる。
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