第16話 鮮血の倉庫 ③
あとがきにて重大報告があります。
【幻夢】。
対象の認識を曖昧にし、幻影を見せることができる魔法。消費魔力が少ない代わりに幻影の精度は低い。しかし、煙で姿を隠した状態なら騙すことも不可能ではない。
実際の位置は幻影のずっと横。魔力を纏った状態で出を突き出す。この状態なら吹き荒れる電撃と雹から身を守ることができる。
「そこか!」
デュオにも飛び込んだ時点でメリッサがいないことは分かった。
だから足元に向かって衝撃を放つ。同時に身体能力を強化することでデュオ自身は衝撃に耐える。
ストックしていた魔法を消費してしまったが、充満していた煙が晴れる。煙が晴れたことによって【幻夢】の効果も薄れ、メリッサの位置が分かるようになる。
10メートル先にいるメリッサの杖から緑色の魔力による矢が放たれる。
当たれば体が麻痺して動けなくなる魔法。未だに拘束することを目的にしていることが攻撃方法から分かる。
「バレているのなら、もういい」
魔法道具の事は伏せておきたかった。
魔法を発動させる為にはステッキを手にしている必要があるため、失われるようなことがあれば非力な存在となってしまう。
それにデュオのプライドが許せなかった。魔法道具がなければ簡単な魔法すらも発動させることができないなど魔法使いとは呼べない、と思っていたからだ。
だが、出し惜しみして敗北することは、もっと許せない。
魔法の矢は手を伸ばせば届く場所まで迫っている。魔法を発動させての迎撃は間に合わない。
それでもステッキを突き出して魔法の矢に当てる。
「あら?」
「……どうです!」
デュオに当たるはずだった魔法の矢が消失する。
迎撃されたわけではなく、本当の意味で消失していた。
「奪われましたか」
メリッサは自分の魔力で作られた魔法がステッキに吸収されるのを感じ取っていた。
ステッキの特性を考えれば、自分の放った魔法が吸収されてしまったのが自ずと分かる。こうして吸収し、任意のタイミングで発動させることで魔法を奪うことができる。
「自分の魔法で倒されるといい」
潤沢な魔力による身体能力強化は強い。
速度も平均的な斥候を上回るほどで、一瞬のうちにメリッサの背後へと回り込みメリッサから奪った魔法の矢を右側から放つ。
さらにステッキに保管されていた氷柱を出すと鋭く飛ばす。
そして、同時にメリッサへと強く駆け出す。
3つの魔法が同時に行使されている。
「なるほど。十分に強い魔法使いですね」
肉体を強化させながら魔法を発動させる。
魔法の発動そのものはステッキに頼っているとはいえ、複数の魔法を同時に扱うにはセンスが必要になる。
そういう意味ではデュオは強者の条件を満たしている。
3方向から迫る異なる攻撃。
だが、相手が悪かった。
「【魔法矢】」
純粋な魔力の形を矢に変えただけの魔法。
威力の低い最下級の魔法だが、それが同時に何十本と襲い掛かれば中級魔法に匹敵する。そして、メリッサが奪われた魔法は威力を抑えた捕獲を目的とした魔法。
――ガガガガガッッッ!
あっという間に2つの魔法が砕かれ、肉体を強化していたはずのデュオも仰け反らされる。
「がっ!」
さらに肉薄したメリッサの手から風の衝撃が放たれ、胸に叩きつけられたことで意識を失いそうになる。
だが、意識が消える直前に魔力を循環させて保つ。
「随分と器用な方ですね」
「……器用?」
器用であることが一体何になるというのか。
魔法、それも属性魔法への適性がなければ意味がない。
「私には、これしかない!」
さらに肉体を強化させてメリッサに対処しようとする。
だが、いくら高位な魔法使いでも……いや、魔法使いだからこそ過度な肉体の強化は自身の破滅を招くこととなる。それでも自身に唯一使えた魔法だけにデュオは破滅することなく強化することができる。
「では、こういうのはどうでしょう」
メリッサが杖を振るとデュオに狙いを定めて炎、氷、電撃、鉄の矢が空中に生み出される。
彼女の意思一つで4本の矢が一斉に襲い掛かれるようになっている。
「くっ……」
自身にはできない芸当に歯噛みしたデュオが後ろへと跳ぶ。
しかし、広いと言っても屋内であるため壁に当たってしまう。
「これは……」
そこにあったのはただの壁ではなく金属の箱。
メリッサが行ったように【泥沼】で溶かすことができれば魔法から逃れることができる。しかし、ステッキに【泥沼】は溶かされていない。
自身の適性のなさによって追い詰められていた。
「……そんなに偉いのか」
「?」
「魔法を使えることが、そんなに偉いのか!?」
それは強い想いの込められた叫び。
デュオの中に燻り続けていた嫉妬だった。
「あいつらは私の事を簡単に見限りやがった!」
「あいつら、ですか?」
「父親と兄たちだよ」
デュオは、ある魔法を得意とする貴族の家に生まれた三男だった。
生まれる前から強い魔力を保有していることが分かるほどで、生まれてすぐに行われた鑑定では【多重詠唱】のスキルを所有していることが判明した。
家族は優秀な魔法使いが生まれたことを喜んだ。
しかし、そこに母親はいなかった。
強すぎる魔法使いの出産に耐え切ることができず、デュオを産むと同時に息を引き取ってしまった。
そして、母親の不在がデュオにとっての不幸の始まりだった。
父親と兄たちは、優秀な魔法使いに育て上げようと必死に魔法を教えた。しかし、どれだけ教科書通りに教えてもデュオが魔法を行使できることはなかった。
そんな状況でも使えることができたのは【身体強化】のみ。
しかし、貴族にとって【身体強化】は評価の対象とはならない。
上級魔法すら軽々と使える膨大な魔力。
緻密な制御を可能とする【多重詠唱】のスキル。
大魔法使いとなれるだけの素養があるのに簡単な魔法すら使うことができない。
家族は大魔法使いの素養にばかり目が行っていて、簡単な適性すら所有していなかったことに気付くことができなかった。
気付くことができたのはデュオが7歳になる頃。
魔法使いとして最低限の力すら行使することができないと気付いた家族はデュオを見限った。
味方となってくれる家族はいない。それは、幼いデュオには耐え難い苦痛だった。
だからこそ幼いながらに見返そうと自分が使うことのできる【身体強化】を必死に鍛え続けた。
「まあ、私を見限った家族も私に殺されたんですけどね」
認められないデュオは家を飛び出した。
そうして身を寄せることとなったのは盗賊。用心棒のようなことを実家のある領地の近くで行っていたが、盗賊討伐に領主の軍が派遣されており、その中に魔法使いとして有名なデュオの家族も混じっていた。
領主が応援に呼んでいた。
久しぶりに家族の顔を見て最初は戸惑ったデュオだったが、すぐに嬉々として家族もその手に掛けるようにした。
「そんな私がこんな魔法道具を手にしたんだ!」
ステッキから光が線になって放たれる。
速度を重視された魔法は、デュオの攻撃と同時に放たれたメリッサの攻撃よりも早く相手へ到達する。
「ははっ、この程度の攻撃!」
身体能力が強化されているデュオはステッキで正確に魔法を叩いていく。同時に放たれたように見えてもわずかな誤差が生じている。その隙を狙ってステッキに吸収される。
「はぁ」
「な!?」
溜息を吐くメリッサ。
魔力で覆われた手にはデュオの放った光があった。
魔力で魔法を受け止める。
デュオにも可能とするだけの才能があったが、魔法使いとして大成しないと分かってしまったため家族から教えられることはなかった。さらにデュオも自身が属性魔法を扱うことを忌避していた。
属性魔法はステッキで使用すればいい。
「お前も気に入らない!」
マルスたちの情報は得ていた。
いきなり頭角を現すようになった魔法使い。自身がどれだけ憧れても届くことのない大魔法使いへと至ったメリッサのことが気に入らない。
彼女が頭角を現す状況を思えば、マルスと出会ったことで劇的な変化があったのは予想できる。
「そんな簡単に強い力を手に入れやがって!」
速度に優れた電撃の矢を放ち、意識が向いた瞬間に別の場所へ移動して別の魔法を発動させようとする。
相手が魔法使いならデュオが使える魔法が尽きることはない。
「……ん?」
――ミシ!
魔法を使用しようとした瞬間、ステッキから嫌な音が聞こえて目を向ける。
「なっ!?」
そうして彼が目にしたのは砕け散る自身の魔法道具の姿だった。
「貴方が私の魔法を吸収しようとするのは分かっていました」
だから罠を仕込んでいた。
メリッサだからこそ制御できるギリギリの複雑な魔法。魔法道具に頼らなければならないデュオが使用した場合、内包した魔力が暴発するようになっていた。
デュオへのダメージはない。
だが、頼みだった魔法道具を失った精神的ダメージは大きい。
「しまっ……!」
晒した隙は致命的。
地面から伸びてきた鎖によって体を拘束されてしまう。
「【身体強化】すれば逃れることはできるかもしれません。ですが、ステッキを失った状態で私と戦うことはできますか?」
作者の『異世界コレクター~収納魔法で異世界を収集する~』がコミカライズ化されます。
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