第15話 鮮血の倉庫 ②
マルスに殴られて倉庫を吹き飛ぶデュオ。
飛んで行く先には頑丈な箱がある。そのまま叩きつけられれば無事では済まされない。
「仕方ないですね」
怪我をしたくない。
ステッキを振って魔法を発動させる。
それから箱に叩きつけられるが、魔法の影響を受けた箱はゼリーのように柔らかくデュオの体を受け止める。
解放されたデュオが地面に立つ。
「それが貴方の魔法ですか」
「……!」
広い倉庫の中で、自分に近付く相手がいる。しかも吹き飛ばした相手の仲間ともなれば声を掛けられると警戒する。
「魔法使いを名乗るのですから、これぐらいの芸当はできて当然です」
「今のは【泥沼】ですね」
【土属性魔法:泥沼】。地面を柔らかくすることができ、主に敵を沼に嵌めて足を止めるのが目的の魔法。ただし、高位の魔法使いが使用することで金属のような物質にも適用させることができる。
デュオは金属の箱に使用することで柔らかくし、衝撃を緩和させることに成功した。
それだけで高位の魔法使いである証明になる。
「よく分かりましたね」
「ええ、私もその程度の魔法なら使えますから」
メリッサが魔法を使用すると近くにあった金属の箱が溶け始める。
デュオが使用した時よりも速い。咄嗟に使用したこともあるが、速度はそのままメリッサの方が高位の魔法使いである事を示している。
「……」
静かに微笑みを浮かべ続けていたデュオの表情が固まる。
「一応、降伏勧告をさせてもらいます。今すぐに降伏するなら全員の命は保証してあげます。ですが、力の差を認められないようなら、一切の容赦を加えるつもりはありません」
「捕縛しなくてよろしいのですか?」
レジェンスとしては、犯罪者ということになっている彼らの身柄を確保したかった。
しかし、マルスは協力する条件として自由に動く許可を得ていた。
「かまいません。私たちのリーダーは利益よりも仲間の安全を優先してくれる方です。色々と問題は発生するでしょうが、それだけの無理を押し通せるだけの力は得ました」
メリッサの中で魔力が練り上げられて魔法へと変換される。
魔法が発動する兆候を感じ取ったデュオも魔力を体内で循環させて魔法の発動に備える。
「もっとも、安全に捕縛できるなら捕らえますよ」
溶けた金属の箱が形を変えて金属の腕となる。
人よりも大きな腕。金属で構成されているにもかかわらず滑らかな動きをする手は獲物を捕獲する為にある。
【金属手】。金属を手に変形させて、自由自在に飛ばして操る魔法。非力なステータスである魔法使いが使える頑丈な物理的攻撃。
そんな異質な腕が左右それぞれ5つずつある。
「そんな数を……」
【金属手】で金属の手を造る事そのものはそれほど難しいわけではない。この魔法で最も難しいのは、複数の手を同時に操ることだ。
魔法で造られた腕は、魔法使いの感覚と繋がっている。異なる手に、異なる指示を出すのは左右の手で全く異なることをしているのに等しい。だから訓練次第では2つの腕を同時に操作するのは難しくない。
だが、メリッサは10個の腕で異なる動きをしていた。
デュオの周囲を旋回する10個の腕。
迂闊に動けば隙を晒すこととなり、メリッサの攻撃を待つこととなる。
静かに視線だけを動かして攻撃してくるのを待つ。
「来た―――!」
左から襲い掛かってきた1本の腕を殴って壊す。
魔法使いらしからぬ攻撃。しかし、相手の攻撃は一つだけではない。そのまま強く踏み込むと、体を旋回させながら足を振り上げると金属の腕を砕く。
そこへ3本目と4本目の腕が正面と背後から飛び込む。
拳を突き出し、足を振り上げた状態のデュオ。
自由になるのはステッキを持つ手ぐらいだ。
「……」
無言で、無表情のままステッキを振る。
するとデュオを守るように床から金属の壁が盛り上がる。勢いをつけていた金属の腕は、壁の防御に負けてしまいバラバラに砕けてしまう。
魔法を使用してしまった。
貴重な魔法道具であるステッキを見つめていると、残った6本の腕が激しく動きながらデュオに迫る。
「――っ!」
短く息を吐き出すと何度も拳を浴びせて金属の腕を粉々に砕く。
一部の骨が損傷し、血を流しているが【回復魔法】を使用すれば瞬く間に元の状態へと戻る。
ただし、【回復魔法】では破れた服までは元に戻らない。ボロボロになって破れたタキシードが痛々しい。
「【雷光嵐】」
電撃を伴う突風がデュオに向かって放たれる。
【金属手】への対処に気を向けている間に魔法で跳び、デュオの頭上を飛び越えて距離を取る。
メリッサがいるはずの方向とは逆からの攻撃にデュオの対処が遅れる。
ただし、遅れたのは対処だけ。判断は即座に出来ていた。
屋内であることを気にしてメリッサは麻痺を考慮したなら有効な魔法を選択したが、威力は最小限に抑えられていた。その威力なら咄嗟の魔法でも対処することは可能だ。ただし、相応の威力が必要となる。
「【氷雪嵐】」
杖を振ると氷と雪を伴う突風がデュオの手から放たれる。彼もまた屋内であることを危惧して威力を抑えていた。
電撃と氷雪の嵐が衝突し、煙が発生する。
「ノエルさんの邪魔をするのは本意ではありませんね」
メリッサが指をパチッと鳴らせば、それだけで魔法が発動して風の檻が煙を閉じ込めて倉庫にある窓から排気される。
簡単に行使された魔法だったが、緻密な操作と高度な魔法適性が要求される芸当だった。
「クソッ、簡単に使いやがって!」
「言葉遣いが荒れてきていますよ」
「……!」
濃い煙がメリッサとデュオの間には充満しているせいで相手の姿は見えない。
それでもデュオは、相手から見られていることに薄らと気付いていた。
「貴方もあらゆる魔法を使うことができて十分凄い……昨日の段階では、そのように考えることができました」
無防備だったとはいえ、アイラを傷付けることもできた【風弾】。
一瞬で駆け付けることができた【瞬脚】。
自分たちすら欺くことができた【幻影】。
多種多様な魔法を使えるだけで評価されるには十分だが、咄嗟に大きな魔法を使用したにしてはデュオの魔力が減ったように感じられなかったことは異常だった。
「貴方の魔法は、貴方が使用しているわけではありません。その魔法道具であるステッキが使用しているのですね」
「……」
「図星ですか」
デュオが持つステッキは、予め記憶させることで魔法を吐き出すことができる魔法道具だった。
だから事前に魔力を消耗するだけで、使用時には魔力を消耗しなかった。
なら、どうして魔法使いであるデュオがそんな魔法道具を使用しなければならなかったのか。
「貴方の状態を視て確信しました。魔力の総量こそ多いですが、貴方には致命的なまでに魔法への適性が欠けている。だから魔法を使用することができない」
「……それが、どうした」
それまでとは全く異なる冷たい声がデュオから発せられる。デュオにとって簡単な魔法すら使用することができないのはコンプレックス以外のなにものでもなかった。
「いえ、回収する物が一つ増えただけです」
「――っ! 調子に乗るなよ、小娘がっ!」
デュオを中心に電撃と雹が吹き荒れる。
屋内であることなど気にしない魔法を行使すると、肉体を強化させてメリッサのいる方へと飛び込む。会話をしたおかげで正確な位置は分からなくても凡その方向は分かっていた。
電撃と雹を纏った状態で突っ込めば攻撃は当たる。
「――【幻夢】」