第12話 猫の見る不屈
「……チッ、オレはやられたのか」
「おや、気が付きましたか」
倒れた体。声のした方へ目を向ければシルクハットの男――デュオがいることに気付いた。
そして、自分がどこかの倉庫で寝かされていたことも気付いた。
ここは彼らがレジェンスにいる間、拠点としていた倉庫。
「生きているのか」
「ええ。とはいえ切断された腕はどうにもなりません」
体を起こせばバランスを崩して倒れそうになる。
少し前まであった左側が軽くなっているのだから仕方ない。
「ようやく目を覚ましたのかい」
「ババァ……」
黒いローブに全身を包んだ老婆が姿を現す。
「ミスティさん、だよ。まったく……何度注意しても直さない奴だね」
彼女以外の気配も感じて目を向ける。
老婆――ミスティの側にはローブを必死に握って離れまいとするルーランの姿があった。
以前から大人しい少女だったが、今は完全に恐怖に囚われて怯えている。
「よほど怖い目にあったんだろうね。この娘はあたしから離れようとしないよ」
「あの状況を見ていたんじゃないのか?」
「いいや」
ミスティが得意とするのは【幻影魔法】によって相手を騙すこと。
魔法が使われるところまでは把握していたため、近くにミスティがいるものだとばかり思っていた。
「ここから魔法を使わせてもらったのさ。年寄りには現場まで行くことすら辛いんだよ」
「そんなことが……」
「ま、ソレに関してはあたしの力じゃないけどね」
デュオが持つステッキへと目が向けられる。
「おい、どうするつもりなんだ?」
「そんな体で戦うことができるのかよ」
そこへ二人の男が近付く。
一人は両手に鉤爪を装備した狼の獣人で、スラッとした長身の男だ。
もう一人は、大きな盾を背負った巨漢の男。
二人ともヴォルクの仲間と言える相手だった。
「うるせぇ」
ヴォルクの左腕は失われてしまっている。
片腕だけでも剣を振るうことができないわけではないが、両腕があった頃のように扱うのは不可能だ。
それに肝心な事に気付いた。
「オレの剣は!?」
「回収している余裕などなかったのですよ」
マルスに押さえられていたせいで置いたままにするしかなかった。
念の為、逃亡すると同時にミスティの魔法で魔剣を見えないようにしているが、マルスたちの実力を思えば回収は絶望的だろうと諦めていた。
「クソッ……!」
腕だけでなく魔剣までなくしてしまった。
剣を手に入れてリハビリすれば戦うことはできるようになるだろうが、それは自分たちが求める水準には遠く及ばない。
「俺たちは仲間なんかじゃない」
「『強い奴と戦いたい』――その想いだけで集まっているにすぎないってことは覚えているだろ」
戦争がなくなり、平和になった。
だが、人間の中には激しい闘争の中でしか生きることのできない人間がいる。彼らの中で例外なのはミスティに拾われたルーランぐらいだ。
今、彼らがレジェンスにいるのも闘争を用意してくれるからだ。
「随分と派手にやられたみたいだな」
倉庫に7人目が現れる。
大きな金属製のケースを手にした男性だ。
「パスリルか」
「ミスティではないが、『パスリルさん』だ。仲間内でどのような呼び方をしようと勝手だが、雇い主には最低限の敬意を払った方がいいぞ」
「生憎と育ちが悪いんで、口の悪さを直すことはできないんだよ」
ヴォルクはスラムで喧嘩をして食料を奪い取ることで生きてきた。
その後、グレンヴァルガ帝国に雇われてガルディス帝国の戦争へ参加することとなり、ガルディス帝国が切り札として用意した魔剣を奪い取ることで名を挙げることになる。
常に破壊を望むようになったため軍に居続けることができなくなり、冒険者として生きることになるが、そこでも魔剣の衝動を抑えるつもりはなかった。
今は魔剣が失われてしまっている。
魔剣の衝動からも解放されているが、魔剣の残した衝動は今でもヴォルクの中に燻り続けていた。
――破壊したい。
その強すぎる思いは、マルスへと向けられている。
恐怖を抱いてしまったヴォルク。その恐怖から逃れる為には、元凶であるマルスの手が及ばないほど遠くへ逃げるか、元凶を断ち切るしかない。
恐怖を消すためヴォルクは後者を選んだ。
「私がお前たちに仕事を依頼した時、『問題ない』と言ったな。今の状況がどういうことなのか説明してもらおうか」
マルスたちは有名だ。
人数が互角だと思ったが、二人は商業ギルド内に残り、一人は戦闘に参加しなかったため倍の人数で戦うことができるはずだった。
ところが、実際に戦ったのは二人。
救援に駆け付けたものの逃げ帰るだけとなった。
「偵察だ。あいつらは強いことで有名だが、『どれだけ強い』のかが全く分かっていなかった」
当初の予定では、派手で離れた場所から広範囲への物理攻撃が可能なヴォルクが陽動となり、ルーランが隙を見て暗殺に徹するはずだった。
しかし、ノエルに気付かれたことに気付いたことでルーランが逸ってしまった。
もっとも隠れ続けていてもノエルに見つかるのは時間の問題だった。
「あいつ、わたしのこと見えていた……こわい」
ルーランに戦闘継続の意思はない。
「べつに一人ぐらい抜けてもらったところで問題はない」
だが、ヴォルクにまで戦闘を拒否させるつもりはなかった。
「何か持ってきたんだろ」
ヴォルクの目がパスリルの持つケースへ向けられる。
元から逃げるつもりのないヴォルクは、ケースの存在に気付いていた。
「こちらからの支援物資だ。その右手でどれだけ扱うことができるのかは未知数だが、これの力も未知数だ」
「……いや、分かる」
地面にケースを置き、パスリルが中身を見ることができるよう蓋を開ける。
ケースの中にあったのは剣。ただし、普通の剣でないことはパスリルを除く全員が感じ取ることができた。
「魔剣か」
「そうだ。だが、呪剣と呼んだ方が正しいかもしれない」
手にした者に強大な力を与えてくれる。
しかし、その剣は振るう度に使用者を喰い殺すと言われている。
そんな逸話からつけられた魔剣の名前が『蝕』。
武器屋として流れてきた剣で、長く倉庫の奥で封印されるだけだったが使う場面があるのなら使用するしかない。
「本当なら私は反対なんだ」
『蝕』の使用ではなく、マルスへの襲撃そのものを反対したかった。
たしかに彼らのせいで業績が悪化した面はある。商会主として恨みたい気持ちも分かる。しかし、襲撃を仕掛けたことでヴォルクたちは完全に敵として見做され、いずれはトレイマーズ商会まで辿り着くこととなる。
そうなるとトレイマーズ商会に待っているのは破滅だ。
今のまま経営を続ければ破綻するが、そこは規模を縮小するなりして対応をすれば凌ぐことはできた。
息子から見て、父親はマルスへの恨みばかりで、実行した際のリスクが全く見えていなかった。
しかし、商会主の決定には逆らうことができない。
なら、成功させるしかなかった。
「この呪剣をタダで渡そう。その代わり、確実にあいつらを倒してほしい」
「いいぜ。やってやる」
一方的にヴォルクが倒されたことで実力差は明らかになった。
それでも、ルーラン以外のメンバーは諦めていなかった。そして、ルーランも親にも等しいミスティが諦めていないのなら付き合うつもりでいた。
「あんただけは逃げてもいいんだよ」
「ううん……いっしょにやる」
「そうかい」
本人が決めたことなら……そう言い訳してルーランも参加させることにした。
「うん?」
「どうしました?」
ミスティが建物の隅に目を向けていることにデュオが気付いた。
「いや、猫が紛れ込んでいただけだよ」
倉庫では珍しくない光景。だが、レジェンスでは珍しい光景であることに気付かなかったミスティは猫に見られていたことを流すことにした。