第11話 シルクハットの救援
人気のない広場にコツコツ、と足音が響く。
燕尾服にシルクハットを被った長い白髪の男性。手には魔力を持つステッキが握られている。
「お二人とも、無事ですか?」
「……これが無事なように見えるのかよ」
ヴォルクは左腕を失い、大量の血を流している。
ルーランに大きな傷はないものの戦意を完全に喪失している。
二人とも戦闘が可能な状態ではなかった。
「で、お前が3人目か」
「はい」
笑顔を張り付けた男が答える。
こいつは……
「気を付けて」
背中を痛めたアイラが近付きながら注意を促す。
「あいつにやられたのか?」
「……」
「仕方なかったの」
答えないアイラの代わりにノエルが説明する。
ルーランの首に腕を回して締め落とそうとするアイラ。自然と抱き寄せるような格好になっていた。
そんな状態であるにもかかわらず、風を圧縮した魔法がアイラに向かって放たれた。
アイラの後ろから攻撃されたのならアイラだけが攻撃を受けることになった。
しかし、相手は密着している状態でも構わずに魔法を放った。
そんなことをすればどうなるのか?
アイラよりも前にいるルーランの方が大きく攻撃を受けることになるし、意識を失い掛けているせいで耐性が低くなっている。
俺の要望を忠実に守って、なにより小さな女の子を見捨てられなかったアイラは自分の体を身代わりにしてルーランを助けた。
「なるほど」
事情は理解した。
前後を反転させることでアイラが相手の攻撃を全て受け切った。しかも、ルーランに衝撃がいかないように受けた。
おかげで、かなりのダメージを負うことになった。
「あたしのことは気にしないで。こんなの後で【回復魔法】を掛けてもらえば問題ないんだから」
「そうか」
やせ我慢をしているのは分かった。
俺の【回復魔法】では劇的な効果は現れないが、何もしないよりはマシだろう。【回復魔法】の光がアイラの体を包み込む。
「俺が一番嫌いな奴だな」
仲間が犠牲になることも厭わずに攻撃してきた。
敵はルーランが犠牲になることも織り込んで魔法を使った。
「おや、勘違いをしていますね」
「勘違い?」
「はい。私はルーランが無事だと確信していましたよ。現にそちらの女性が守ってくれたではないですか」
「おまえ……」
アイラが手加減をしていることから慮っていることを察した。
その想いを利用してアイラにだけダメージを与えられるよう攻撃した。
「二人とも、逃げますよ」
「ああ」
「逃がすと思っているのか」
地面に落としてしまった魔剣に手を伸ばすヴォルク。
だが、分かれた刃の1本を足で上から押さえ付けることで動かせないようにすると持ち上げられなくなる。
「くそっ」
「これは困りましたね」
苛立つヴォルクをシルクハットの男が表情を変えないまま見ている。
「私の仕事は、二人を連れ帰ること。障害になるようなら無理やりにでも連れて帰ります」
「ぶっ……」
跪いているヴォルクの顔が蹴り上げられる。
仰向けに倒れたヴォルクは完全に意識を失っていた。
「さ、帰りますよ」
「3人とも逃がすわけがないだろ!」
両手にそれぞれヴォルクとルーランを抱える。
決して筋肉質とは言えない体のどこに持てるだけの力があるのか分からないが、苦も無く抱えている。おそらく純粋な肉体の力だけでなく、魔法による強化が行われている。
魔法が発動するまでの速度を重視して風の弾丸を何十発と放つ。
「受けて立ちましょう」
シルクハットの男がルーランを抱えたまま手にしていたステッキを振るうと一瞬で複数の魔法陣が出現し、風の弾丸が放たれる。
空中で衝突する無数の風の弾丸。
粉塵が周囲に舞い、敵の姿が見えなくなる。
「逃げたか」
煙が晴れた時、シルクハットの男を始めとして3人の姿がなくなっていた。
「幻影だね」
ノエルが目の前にいた3人は幻影だと教えてくれる。
「どこからだ?」
シルクハットの男が現れた時点で逃がさないよう警戒をしていた。
彼らがいた場所には気配が感じられた。
「最初、抱えてすぐかな?」
その時点で幻影を生成し、本人たちは姿を消すなどして離脱していた。
「敵は3人じゃなくて4人いたの」
「……あんな分かりやすい相手がいたから他への警戒が疎かになっていたか」
シルクハットの男はあたかも二人を助ける為に駆け付けたように見えた。実際、二人の救援が目的だったのだから間違いではないのだが、特徴的な容姿をしているせいで4人目の存在を考慮できなかった。
ノエルも4人目の存在については感知することができなかった。ただし、目の前に残った3人が幻影であることだけは見抜いていた。
「だってルーランちゃんの気配がないんだもん」
ルーランは偽物。
その事実を前提に注視すれば全員が偽物だと判断することができた。
「これで逃げられたな」
逃がすつもりなどない、と言っておきながら逃げられた。
だが、言葉とは反対に最初から逃がすつもりでいた。
「逃げる瞬間に見失うのは想定外だったけど問題ないだろ」
地面に魔法陣が描かれ、迷宮から猫の魔物が【召喚】される。
黒と白の斑点模様をした猫、桃色の宝石のように輝く瞳をした猫、尻尾が二つに分かれている猫。
少しばかり特殊な特徴があるものの大まかな外見は普通の猫と変わらない。
レジェンスは人を雇って清潔にされているため野ネズミなども定期的に駆除されている。だから、街中をネズミが走る姿を滅多に見かけない。もし、大量のネズミが目撃されれば騒ぎになる。
そこで、数は少ないものの野良猫に見えなくもない猫型の魔物を30体喚び出した。
「【清掃】」
一応、飼われた猫が自由気ままに家から逃げ出したようにも見えるよう魔法で見た目を綺麗にする。
「全員、探す相手は分かっているな」
『にゃあ』
猫型魔物が一斉に鳴く。
探索用に調教した甲斐あって猫の真似も問題ない。
「あいつらがどこに逃げたのか探せ」
猫型魔物が一斉に駆け出す。
尾行が不可能になってしまったため時間は掛かってしまうものの、しばらくすれば見つけてくれるだろう。
「で、そっちはどうだ?」
目の前で戦いが起こり、自分が狙われる事態になっても仲間を信じて何もしなかったメリッサ。
彼女は別に面倒臭くなって何もしていなかったわけではない。
「見つけてありますよ」
ゆっくりと噴水へ近付くと水の中に手を入れて、中から水晶玉を取り出す。
「これが人払い用の結界を生み出す魔法道具です」
魔力を流すことで一定時間の間だけ周囲に人を近寄らせない。
範囲と持続時間は最初に流した魔力の量に依存することとなる。
敵の誰かが流し込んだ魔力量から、半径50メートルに30分は誰も近付かないようにすることができた。
「向こうも本気ではなかったのでしょう」
偵察、もしくは挑発行為。
どちらだったとしても全力ではない。
「これは回収しておきましょう」
メリッサから言われて水晶玉を道具箱に収納する。
「言われた通り、魔法道具探しに注力していましたが、どうするつもりですか?」
魔法道具に注入された魔力は個人を識別できるようなものではない。
また、高価ではあるものの大金を出せば購入することができる代物であるため、レジェンスで成功する商人なら所有していてもおかしくない。魔法道具そのものにも個人を識別するようなものはない。
証拠としては利用することができない。
「問題ない。証拠っていうのはな――用意するものなんだよ」