第12話 ゲーム
「どこに行きやがった!?」
男たちがそれぞれ声を荒げる。
それは、そうだろう。
直前まで目の前にいた人が消えるなどありえない。
「おい、お前は見ていたか!?」
リーダーが弓を構えたままの弓士に尋ねるが、弓士は首をフルフルと横に振って知らないことを伝える。
「お前は、どう……ってどうした!?」
最後に一番後ろにいた魔法使いに尋ねるが、魔法使いは顔を上に向けたまま小さく痙攣を続けており、次の瞬間には口から血を流していた。
「あんたの魔法が一番厄介そうだったから先に片付けさせてもらった」
俺の姿をいつまでも探し続けている姿を魔法使いの背中から見ていた俺は、魔法使いの左胸に突き刺さった短剣を抜き取る。魔法使いの体がこちらに倒れてきたので、返り血を浴びないよう蹴り飛ばすと弓士が受け止めてくれた。
「てめぇ……何をしやがった!?」
「別に……背後からナイフで心臓を一突きしただけだけど?」
「そういうことじゃねぇ!?」
男たちの言いたいことは分かる。
突然、俺が目の前から消えた方法だろう。
単純に迷宮内ならどこにでも一瞬で移動できる『転移』で魔法使いの背後まで移動。そのまま無警戒な背中から心臓を短剣で突き刺しただけである。
短剣も道具箱から取り出した物であるが、別に業物とか特殊な能力を宿している、というわけではない。
人を殺すのに特殊である必要などない。
ただ、急所を一突きするだけで簡単に殺せる。
相手は魔物のように強靭な毛や筋肉によって守られているわけではない。しかも、相手は体力のない魔法使いということで防具もローブだけだった。ただのローブを貫通するなど、今のステータスなら制限した状態でも簡単だ。
「初めて人を殺したけど、特に何も感じないな」
昨日までの自分なら人を殺した後で精神的苦痛から胃の中の物をぶちまけ、引き籠りたい衝動に駆られた自信がある。
そうならないのもおそらく迷宮主になった影響だろう。
様々な知識が自分の中へと望めば流し込まれ、迷宮の中で起こった様々な出来事もイメージとして送られていた。その結果、まるで何年分もの冒険者生活を送ったかのような落ち着きがあった。
「さて、次は誰だ?」
「テメェ……!」
「さっきから同じようなセリフばかり……ん?」
一際強い憎しみが籠った視線で睨み付けてくる両手剣を持った男。
たしか、あいつは俺のことを散々足蹴にしていたな。
「人はゴミじゃねぇんだぞ! それなのにあんな扱いしやがって……!」
こいつは何を言っているんだろう?
おそらく、魔法使いの死体が俺の方に倒れこんできたので、それを蹴り飛ばしたことに対して怒っているのだろうが……。
「散々人のことを蹴り倒しておいて、そんなこと言うなんて筋違いじゃないか? それに盗賊に人権なんてない。お前らに慈悲を加えるつもりは微塵もない。惨めにこの部屋で死ね」
「クソガキが!」
男がちょっと挑発しただけで剣を構えながら突っ込んでくる。
迷宮主になる前のステータスなら委縮して動けなくなってしまったところだが、生憎と今のステータスなら微塵も恐怖を感じない。
人のことを散々蹴ってくれた相手には相応しい最期を与えよう。
『迷宮操作:罠創造』
迷宮主になったことで新しく得られたスキルだ。
これは、迷宮内ならば任意の場所に任意の罠を設置する、というもの。
今回、男が走るコースの10メートル先に『地雷』を設置させてもらった。頭に血が昇り、俺に攻撃することしか考えていない男は、無警戒に設置された地雷に近付き……
「よせ、止まれ!」
斥候の男が地面の僅かな変化に気付いたようだが、もう遅い。
制止の声を聞いたにもかかわらず、男は踏み出し、地雷を踏んだ……。
――ドゴォン!
爆発による衝撃がその部屋にいた全員を吹き飛ばす中、俺だけは着ているコートの能力によって無事だった。このコートには、衝撃を吸収する能力が備わっており、爆風からも身を守ってくれていた。
ただ、爆発を見届けた俺の心境は、
(ちょっと、失敗したな)
自分の失敗に対する後悔だった。
威力があまりに強すぎる。迷宮にも地雷はあるが、地下10階までで出てくる地雷では踏み付けると衝撃を生み出す程度で、爆発を起こすことはない。さらに進んだ先でもここまでの威力を生み出すことはない。
なぜなら、迷宮は何度も挑み、一度の挑戦で時間を掛けてもらうのが効率的だった。
そのため、罠は相手を倒すものではなく、冒険者を足止めする為の物。
再起不能にして、迷宮に二度と挑めなくなってしまっては意味がない。
その考えからすれば、再起不能にしてしまった今の地雷は失敗だ。現に……
「い、いてぇぇぇ……」
隠し部屋の中に男の悲鳴が響き渡る。
ステータスが向上したことによって視力も強化されているのか土煙が立ち込める中でも俺だけは地雷を踏んだ剣士がどうなったのか見えていた。
仲間も土煙が立ち込めるせいで、どうすればいのか分からずオロオロとしていた。
やがて、土煙が晴れると男の様子が分かるようになり、
「うっ……」
弓士が口を押さえて蹲る。
仲間たちが見た剣士の状態は、地雷を踏んだ右足が腰の根元まで吹き飛ばされて消失しており、爆発によって左足も肉が抉られ、傷口からは白い棒のような物が見えていた。もはや、自分の足で立つことなどできない状態だ。
失った右足からは大量の血が流れており、放置すれば出血多量で死にそうだ。
人を散々蹴り続けてくれた相手にはちょうどいい罰だ。
「ど、どうなってるんだよリーダー……」
「うるせぇ! 俺にそんなこと分かるわけがないだろ」
ほう、斥候だけじゃなくてリーダーも罠が突然出現したことに気付いたか。
地雷が設置されている場所は、直前に男たちが走った場所である。その時にはたまたま罠が作動しなかったという可能性もあるが、俺の様子から、俺が何かをした結果、そこに地雷が設置されたと考えたようだ。
訳の分からない事態に男たちの足が止まる。
「なるほど。冒険者として、これまで生きてこられただけの実力はあるようだな。だが、お前たちの失敗は、何も悪くない俺みたいな素人を自分たちだけの都合で食い物にしようとしたことだ」
『迷宮魔法:道具箱』
宝箱と同じ形でありながら異なる性質を持つ箱を出現させる。
その箱は、内部が異空間となっており、無限に道具を収納することができる。熟練度が上がれば、出し入れできる大きさも大きくなるが、今の俺では50センチほどの入り口から道具を出し入れするのが精一杯だ。
男たちが突然出現した箱に驚いている。
その間に箱から一本の槍を取り出す。
その槍は、特別な能力など何も付与されていない街の兵士にも支給されているような普通の槍。
それを斥候の男に向かって思いっきり投げる。
「へ?」
男が自分に向かって飛んでくる槍に対して恍けた表情をする。
それは、致命的な隙となり、槍が男の肩に突き刺さり、
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
男の肩を爆散させる。
「うそ……」
思わず、俺の口からも戸惑いが漏れる。
今の俺は慣れないステータスに振り回されないように迷宮から出現する、本来なら相手の力を抑える為に使用される『制約の指輪』という魔法道具を使用することによってステータスを1割に抑えている。
その状態での全力攻撃がどのようなものなのか試してみたのだが、ステータスに圧倒的な差があると、どうなるのかということが理解できた。
人間相手に全力を出すのは絶対に禁止だ。
試しにリーダーのステータスを確認してみる。
『迷宮魔法:鑑定』
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名前:ボアズ
年齢:21歳
職業:冒険者 盗賊
性別:男
レベル:11
体力:196
筋力:225
俊敏:154
魔力:122
スキル:なし
適性魔法:火
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迷宮魔法以外にも物の価値や性質を見抜く『道具鑑定』。さらに上位の物には、人のステータスの一部を見ることのできる『人物鑑定』もある。
だが、迷宮魔法:鑑定を使用すれば、迷宮内限定ではあるが、全ての情報を読み取ることができる。
おかげで、リーダー――ボアズの名前からステータスの数値まで全ての情報が俺の視覚の端に表示されていた。
これなら、制約の指輪をした状態の俺でも圧倒することができる。
「さて、人の腹を蹴ってくれたお前にはこれだ」
「な、何をするつもりだ!?」
既に俺の異常性に気付き始めているようだが、許すつもりはない。
圧倒的になった敏捷値による突撃、そこから飛び込んでの蹴りがボアズの腹を打ち抜く。
俺の蹴りは、ボアズが装備していた鎧を粉々に砕き、衝撃をそのまま肉体へ伝える。
「ぐはっ……」
口から血を吐き出したボアズは、そのまま隠し部屋の壁まで吹き飛ばされ、体を叩きつけられていた。
「あ、あっ……」
仲間が次々とやられていく状況に弓士の男が尻餅をついて倒れていた。
股間が濡れていることから、俺に歯向かうような真似はしないだろう。
「ふぅ、仕返し完了だ」
仕返しをした後の気分は清々しかった。