第8話 商業ギルド前の戦い
噴水の陰から一人の男が姿を現す。
2メートル近くある長身の男性で、腰まである長い金髪に、爛々と輝く殺気を宿した赤い瞳。
明確な敵意がこちらへ向けられている。
「こんな場所でいいのかよ」
「ハッ、場所なんて関係ねぇ! オレはテメェみたいに強い奴と斬り合えたら十分なんだよ」
男が背中に差していた長い剣を抜く。
刀身までもが真っ黒な異質な力を感じさせる剣だ。
今いる場所は商業ギルドの建物の前。広い敷地を確保されているため戦うには申し分ないが、人の出入りの多い場所で戦うわけにはいかない。
だが、どういうわけか人の気配は周囲に全くしない。
「人払いの魔法道具です」
メリッサの視線が噴水へと向けられている。
魔法道具を起点に一定範囲の人に対して効果を及ぼし、近付かないようにさせることができる。
あくまでも【暗示】の一種。強い目的を持っていたり、耐性を所有していたりすれば侵入してくることはできるが、魔法道具の強さを考えると出入りすることができる人間は限られる。
それに、どちらにしろ戦闘が始まれば侵入しようなどと考える無関係な人間は少なくなる。
「こっちにしても好都合だ」
神剣を抜く。
周囲の人を巻き込む心配をせず戦うことができるのは、俺たちにとっても都合がいい。
「一応確認させてほしい。お前の依頼人は誰だ?」
「そんなの言うわけないだろ」
3人を守るように前へ出る。
「……チッ、本当に隙のない奴だ」
剣士の男が噴水の陰へと視線を送る。
「もう一人は出てこないのか?」
「……なんのことだ?」
言葉では惚けているが、顔が引き攣っている。
シュッ!
凄まじい速度で矢が飛んでくる。狙いは最後尾にいるメリッサ。
「無駄」
だが、ノエルの錫杖によって弾かれてしまう。
「おいおい。きちんと仕留めろよ」
「無理。あいつらは本物の化け物」
「んなことはわかっているんだよ」
噴水の陰になっていて話し掛けている相手の姿が見えない……わけではない。そこには人影が全くなかった。
「以前の盗賊たちが使っていた姿を隠す魔法道具ですね」
纏うことで周囲の景色と同化させることができるローブ。
噴水が間にあるせいで気配を捉えるのも難しい。
『あまり意味がないかもしれないけど、相手の情報を教えておく』
建物の中にいるイリスだったが、【迷宮同調】によって感覚を同調させることでこちらの様子を把握していた。
剣士の男はヴォルク。俺よりも前に若くして名を挙げた剣士だった。だが、魔剣を手にしたことで状況が一変する。実力が飛躍したが、同時に魔剣のもたらす破壊衝動に悩まされるようになり、暴力的な性格になっていく。
そうして味方すらも攻撃するようになり、冒険者ギルドに冒険者の資格を剥奪されることとなった。
『なるほど。あいつの口調が粗暴なのは、あの魔剣の影響なのか』
『う、ん……どうなんだろ』
魔剣に詳しいアイラはイリスの情報に否定的だ。
『わたしも違うと思う』
そして、ノエルまでもがアイラの意見に同意する。
『あの人は破壊衝動を受け入れている。元からあんな性格だったから魔剣とも相性がよかったんじゃないかな』
今では破壊衝動はあるものの、魔剣の力を自由自在に扱うことができていた。
『どこかの非合法な組織に雇われて戦場に顔を出すことがある、ぐらいの噂は聞いたことがあるけど、まさかこんな所で出くわすなんて』
『強いのか?』
『……』
イリスは答えない。
「なに黙っていやがる!」
そう言ってヴォルクが剣を振るう。
10メートル以上の距離があるにもかかわらず、ヴォルクは接近することなく剣を振った。
「……」
すぐに左に1歩移動する。
次の瞬間、銀色の刃が伸びて地面の石畳を砕く。
「チッ、勘のいい野郎だ」
元から長かった刀身。しかし、今は刃の中心を走る1本の線によって繋がれ、伸縮していた。
数十もの刃に分かれた刀身。
まるで蛇や百足を連想させるような姿に変貌を遂げていた。
「アレがあいつの魔剣の能力か」
中心を走る線――糸と全ての刃から魔力を感じることができる。
魔力を流すことによって自由自在に操作することが可能な魔剣。
しかも、刃が掠った地面を見ると抉られたように穴が開いていた。単純に斬ったわけではない。
「コレがオレの『黒邪蛇』だ」
ヴォルクが勢いよく剣を振るう。再び剣が意思を持ったように不規則な動きをする。
生物の動きとも違う。小さな刃それぞれが異なる動きをしている。
ヴォルクの意思による操作だ。先端にある刃の動きに釣られてしまうと後ろにある刃によって引き裂かれてしまう。
魔力が持続する限り、動きはどこまでも自在。
魔剣を使いこなしている。
「―――――!」
金属が切断される音が響く。
「なっ、俺の黒邪蛇が……!?」
「随分と頑丈な剣を使っているんだな」
先端部分を切断された刃が地面に落ちる。
普通の剣なら打ち合えば逆に砕かれてしまうほど頑丈な材質をしていた。だが、どれだけ硬かろうと神剣には関係のない話だ。
「あんな複雑な動きを見せられたら普通は回避することを選ぶんだろうな。けど、俺は逃げるなんて真似はしない」
真っ向から斬り捨てる。
「お前は……」
ヴォルクは俺の表情と声から本気で魔剣を斬ろうとしているのが分かった……いや、理解することができた。
それは魔剣による破壊衝動に襲われながらも感じた恐怖。魔剣自身も神剣を前にして恐怖を感じてしまったからこそ、使い手であるヴォルクにも伝わった。
「おい、何をやっていやがる!」
恐れを抱いたヴォルクが頼ったのは相方だ。
本気で隠れた相方の位置はヴォルクも捉えることができないのか、相手がいる位置とは全く異なる場所に向かって叫んでいた。
攻撃はしたい。けれども、それが許される相手ではなかった。
「ダメ……」
呟いた瞬間、微笑んだノエルと目が合った。
正しくはノエルからは相手の表情が見えていないから目が合ったわけではない。だが、どうしてもノエルから目を逸らすことができない。
隠れている意味がなくなってしまう。
「そこにいるの?」
「いる」
「うん、わかった」
ノエルの指示した場所に向かってアイラが駆ける。
そして剣が振り下ろされるが、空を切って地面を叩きつけることになる。
「いないよ」
「もう移動済み。それに斬った場所が手前すぎる」
「やっぱり見えていないと斬りにくいな」
アイラに相手の姿は見えていないし、捉えることもできていない。
それでも仲間の指示さえあれば斬ることができる。
「おい、あまり壊すなよ」
ヴォルクの攻撃とアイラの攻撃。
どちらも石畳を傷つけてしまっている。魔法道具が効果を発揮している今は人が近づくことはないが、後で調査をすれば俺たちが戦闘したことは知れ渡るはずだ。
そうなれば商人たちは壊した場所の修繕費を請求してくるはずだ。
「敵を殺すのも禁止だ。依頼人を吐かせて修繕費をきっちりと請求する必要があるんだから、可能な範囲で捕らえろ」
「ま、大丈夫でしょ」
あっけらかんと応えるアイラ。
姿が見えない相手はアイラとノエルの二人に任せておけば問題ない。
「さ、続きをやろうか」
「ハッ、おもしれぇ!」
恐怖を振り払うようにヴォルクが吠え、剣を振るう。
剣を構えながら、俺はヴォルクの攻撃を迎え撃った。