第6話 護衛のメイド
魔法陣からシルビアが現れる。
【召喚】を見せたことはなかったが、人が突然現れる状況にも動じることなく待っている。
「お呼びでしょうか?」
「状況は分かっているな」
「はい」
メリッサ以外の眷属にも【迷宮同調】によって、こちらの会話が筒抜けになっている。
態々言葉にしているのはゲイツに分かり易くする為だ。
「しばらくの間、彼女を護衛につけます」
「よろしくお願いします」
今のシルビアはメイド服を着ている。
商業ギルドにはメイド服を着て給仕に従事している者もいるため違和感なく溶け込むことができるはずだ。
自分に対して頭を下げるシルビアを見てゲイツが呆けている。
メイドに傅かれる経験はあるものの、護衛を頼んだ状況でメイドが現れるとは思っていなかったみたいだ。
「なぜ、彼女を……?」
「メイドなら側にいてもおかしくないでしょう」
「まあ……」
ゲイツが心配しているのは、メイドが護衛として役立つのかということだろう。
「安心していいですよ。並の冒険者よりは強いですから」
戦闘能力はもちろん高い。
だが、それ以上に危機察知能力が高いため護衛に適していると言える。
『本当はご主人様以外に仕えるなんて嫌ですけどね』
シルビアがゲイツに聞こえないよう念話で本音を伝えてくる。
本人は嫌がっているが、自分が近くでゲイツを守っていた方がいいと理解しているため我慢してくれている。
「なぜ、私にここまでの事を?」
襲撃を防ぐ抑止力になってくれる程度でよかった。
ただし、こちらにもプロとしての意地がある。大金を報酬として出されたのに下手な仕事はできない。守るなら徹底的に守る必要がある。
「命を狙ってくる相手に心当たりは?」
「さすがに商業ギルドの会長候補を暗殺するのはリスクがあります。ですが、同じ副会長なら揉み消す手段もありますし、動機と暗殺が可能な者を雇う手段もあります」
現在の有力候補はゲイツ以外に3人。
武器の販売を主に行っているトレイマーズ商会。
宝石の販売を主に行っているプリスティル商会。
貿易で稼いでいるラドルシア商会。
それぞれの商会の主が会長候補となっており、会議に参加することができる他の会員の買収行為が頻繁に行われている。
買収程度なら問題なかった。
ゲイツも既に生き残るため自分の派閥に買収して取り込んでいる。
だが、トレイマーズ商会は他の会長候補の妨害行為まで平気で行うようになっており、既に被害が出ている商会まである。
最も酷いのは盗賊に偽装させた私兵による略奪だ。
物的証拠もある。しかし、下手に権力があるせいで追い詰めることができずにいた。
ただし、それぐらいのことはゲイツにもできる。
「3つとも聞き覚えのある商会だな」
「昨日、監視していた者の依頼人にも同じ名前がありましたね」
プリスティル商会は俺が問い詰めた看視者の依頼人だった。
トイレマーズ商会とラドルシア商会にしてもアイラがボコボコにして聞き出した名前だ。ちゃんとした成果が出たことに驚きを隠せない。
『ちょっと!』
『悪い』
互いの間だけで詫びる。
「どの商会が実力行使に出てもおかしくない状況にまで出ています」
「そこまでして会長になりたいものですか?」
「そうですね。商人としては是が非でも手に入れたい地位です」
名声が他を圧倒している。
商業ギルドの会長をしているというだけでも商売に与える影響は強く、先祖代々勤めていたからという理由で目指す者までいる。
レジュラス商業国の商人にとっては目指すべき最終目標になっていた。
目標にすることを否定するつもりはない。
しかし、目標を叶える為に手段を選ばないのは気に入らない。
「実力行使に出る用意はあった。けど、そこへ俺たちが来てしまったものだから脅威に感じてしまったわけだ」
多くの者が監視に留めるつもりでいた。
しかし、一人が先走ってしまったせいで騒動となった。
「報酬は貰える。既に巻き込まれた身としては見過ごす気はなくなった」
「どうするつもりですか……」
立ち上がった俺を不安そうに見るゲイツ。
「俺なりに動くことにします。それで被害を受けるようなら言ってください。保障をこっちでやりますよ」
応接室を後にする。
☆ ☆ ☆
「イリス」
名前を呼べば瞬時に現れる。
「お前は商業ギルドを探りながらゲイツの護衛をしろ」
「シルビアは?」
「あいつの見た目は強そうには見えない」
それどころか護衛として認識されるかどうかすら怪しい。
だからこそ襲撃された時に最も近くで対応することができる。
「お前がいるだけで抑止力にはなるだろ。それでも襲って来る奴に対処しろ」
「分かった」
イリスが離れて行く。
商人に雇われた剣士の護衛の姿が商業ギルド内にはある。イリスが建物の中を歩いていても不審に思われることはない。
「で、本気で関わるの?」
イリスと同時に合流したアイラが尋ねてくる。
ノエルも一緒にいるが、積極的に関わるつもりはないらしく黙っていた。
「ああ。あいつは、俺たちの名前を安易に使いやがった」
抑止力として使おうと思ったのだろうが、そのせいで被害を受けることとなってしまった。
ダメージはなかったが、攻撃された事実は変わらない。
「あいつの頼みなら簡単に聞くと思われるのは癪だ」
あくまでもビジネス上の付き合いに留めておきたかった。
しかし、それもゲイツが俺の名前を使ってしまったため難しい。
「商人連中は冒険者を金で簡単に雇える戦力とでも思って下手に見ているんだろ」
冒険者の中には報酬次第でどんな仕事も引き受ける者がいる。
だから完全に否定することはできないが、俺たちも同じような存在だと思われるつもりはない。気に入らない内容の仕事なら拒否させてもらう。
「ここにいる連中は情報でしか俺たちを知らないから下手に捉えることができるんだよ」
「たしかにその通りですね」
レジュラス商業国での問題に関わったことはない。隣国の問題を解決したことはあるので、情報を入手するのは簡単だったはずだ。だが、情報だけで実感することはできない。
「自分たちが、どんな存在を敵にしたのか教えた方がいいだろ」
商業ギルドの建物の前は庭園になっており、大きな噴水が人々の憩いの場となっていた。
「マルス!」
前に出たアイラが剣で飛んできた物を払う。
地面へ目を向ければ斬られた矢が落ちているのが見えた。
「毒か」
しかも薄らと光っている。
昨日の騒動で懲りずに毒を試そうとしている。
「いえ、昨日の物とは違って強力な毒です」
「そうなのか?」
「はい」
知識のあるメリッサは強力な毒だと見抜く。
「もっとも一般人を速攻で死に至らしめる毒であって私たちが相手では体を麻痺させるのが限界でしょう」
念の為、メリッサの手によって浄化される。
「さて――」
改めて周囲を見れば人の姿が見当たらない。
多くの人が出入りする商業ギルドの入り口ではありえない。
「人払いは十分っていうことか」
「そういうことだ」
噴水の陰から長身の男が姿を現す。
だが、噴水の奥に気配がもう一人残っているのが分かる。