第1話 商業国の監視―前―
レジュラス商業国。
周囲を複数の国に囲まれているものの、陸路と海路の中継地点という地形的理由から攻め滅ぼされずに済んでいる国。
地形的な理由もそうだが、それ以上に商人が場所に目をつけたことで昔から経済的に発展している。
様々な物が集まる国。
おかげで都市の中心にある通りは常に賑わっており、今も露店の客を呼び込む声に声がかき消されている。
「どうでしたか?」
「問題ない。明日には約束を取ることができた」
「それは良かった」
オープンテラスのある店で、俺とメリッサが入って来たことに気付いたシルビアが声を掛けてきて、約束を取り付けられたことにイリスが安堵する。
今回、レジュラス商業国を全員で訪れている。
目的は借金の返済。これまでは定期的に訪れては返す意思を示す為、少しずつ返していた。だが、今回は全額を一気に返済できるだけのまとまった資金が手に入ったため大金の支払いとなる。
少額の支払いなら商会の受付に渡し、証明書でも貰えばよかった。
だが、大金なうえ借金がなくなるとなれば手続きを簡単に済ませて終わりというわけにはいかない。せめて資金を提供してくれた人物には挨拶をする必要がある。
ゲイツ・ギブソン。
商人ギルドの副会長をしている人物で、自身も金融系の商会を営んで稼いでいる人物が大金を貸してくれた。
そんな人物が約束もなしに会えるわけがない。今日も忙しく動き回っており、予定のキャンセルも難しいため明日の昼過ぎに会う予定を取り付けることにした。
取引となる可能性もあったためメリッサにも同行してもらっていた。
「ま、都合よかったけどな」
「あんたたちも何か注文したら?」
そう言うアイラの前には大量のシロップが掛けられた食べかけのパンケーキが置かれている。
辺境であるアリスターではなかなか食べることのできない代物だ。食べることはできなくはないが、その為に大金を支払う必要があり贅沢品になっていた。
ただし、レジュラス商業国なら安価だ。
「近くに砂糖の生産で有名な国があります。そこから輸入しているのでしょう」
「安い理由なんてなんでもいいさ」
メリッサにメニュー表を渡すと、すぐに返された。
即断即決。彼女が選んだのはブランデーを使ったパウンドケーキ。
「今日は泊まっていくのですよね」
「ああ、そうだな。どこまで見張られているのか分からないから帰らない方がいいだろ」
普段は用事が済めば【転移】で屋敷まで帰っていた。たとえ翌日以降も滞在する必要があったとしても6人分の部屋を取り、俺だけ残るという方法でも問題はなかった。翌日に全員を【召喚】で喚び出せば問題ない。
今回も俺だけ都市の近くまで訪れ、全員を喚び出している。
都市に全員がいる、という事実を残すため全員で門を通る必要があった。
普段なら部屋の中まで覗かれることがないため俺一人だけでも問題ない。
「落ち着かないですね」
シルビアの【探知】には彼女たちを見張る複数の気配が捉えられていた。
「まだいるのか」
「むしろ増えています」
都市へ入る為の手続きをしている僅かな時間で監視がつけられていた。
最初の段階で3人に監視され、俺とメリッサが別行動するようになると人数差から一人だけが俺たちの監視についてきて、2人がシルビアたちの監視に残ることとなった。
現在、一人に監視されたまま合流したため3人に見張られているのかと思っていたのだが……
「8人です」
これまでレジュラス商業国で監視がつけられることがなかったため、どのように対応するべきなのか迷っている。
「なんで、そんな……」
人数を聞いてノエルがげんなりする。
彼女の能力では具体的な人数までは分からず、監視されていることまでしか分からなかった。
「目的までは分かりません。ですが、相応の実力を持っているのは間違いないでしょう」
シルビアだからこそ気付くことができた。
「気になるのは動きに協調性がないことです」
シルビア曰く監視に無駄な部分が多いらしい。スキルや技術に無駄があるわけではなく、監視している部分に重複があるらしい。
慎重、と言ってしまえばミスを防ごうとしていると思えるが、単純に意思の統一がなされていないらしい。
「どうやら複数の相手から監視されているようです」
一つの組織が複数の監視をつけたのではなく、複数の組織が個別に動いて俺たちを監視している。
「……面倒だな」
相手の目的どころか、数すら判明していない。
詳細が分からない状況では下手に動くのは危険を招く可能性がある。
「とりあえず気付いていないふりをしましょう」
「それもそうだな」
少しして俺の注文したコーヒーが運ばれてくる。他には注文をしていない。
「せっかくのデートですよ。もっと美味しい物を注文した方がいいのでは?」
「朝を食べてからそんなに時間も経っていないだろ」
事前に立ち寄った村の宿で朝食をしっかりと食べている。
「よく、そんなに甘い物を食べられるな」
「これぐらいのお菓子は簡単ですよ」
「そのとおりです」
メリッサの前にもケーキが運ばれてくる。
ブランデーが多量に使われているのか隣に座っているだけなのに酒の匂いを感じることができる。移動したい衝動に襲われるが、6人でテーブルを使っているため席に余裕がない。
「ごゆっくりお過ごしください」
笑顔のウェイトレスが離れていく。
だが、離れる前にメリッサがウェイトレスの手首を掴んで動きを止める。
「おい」
「黙っていてください」
突然の行動を咎めようとするが、メリッサから逆に注意されてしまった。
「このケーキは誰が用意しました?」
「え……? 私が用意しましたけど……?」
朝のうちに作られていた物をウェイトレスが用意する。
ケーキなどの商品を作るパティシエは別にいるが、彼は厨房で忙しそうに商品を作り続けている。
「あ、そういうことか」
俺にもようやくメリッサが何を問題視しているのか分かった。
正面へ目を向ければシルビアは最初から気付いていたらしく、非常に落ち着いていた。
「せっかく時間ができたから観光でもしようかと思っていただけにこういうことをされるのは残念だ」
「あの、本当に何のことでしょうか?」
苛立っているが殺気を出さないよう気を付ける。
一般人が相手では殺気を浴びせられただけで気絶してしまう可能性がある。
「お客様、どうかされましたか?」
「マスター……」
店内の異様な雰囲気に気付いた店長が商品を作る手を止めて客席へと近付いてくる。
他の客も手と談笑を止めて俺たちの方を見ている。
「いえ、注文した商品が運ばれてきたのですが……」
説明しながらメリッサがシルビアから渡された紅茶を口に含む。
紅茶はシルビアが収納リングから出して自分で用意した物だ。
「どちらでもかまいませんから食べていただけますか?」
「はぁ」
困惑した様子の店長がフォークを手にしてケーキへと向ける。
まだ食べられていないが、何かしら自分の作った物に不手際でもあったのか?
クレームに対応し、「問題ない」と言う為に食べようとする。
「待ってください!」
だが、ウェイトレスが店長の行動を呼び止める。
「貴女の方でしたか」
どちらが犯人であるのか分からなかった。
もしくは他の従業員が犯人である可能性もあった。
「申し訳ございません……」
「謝罪は結構です。なぜ、毒を盛ったのか教えていただけますか?」
メリッサに出されたのは毒入りのケーキだった。