第3話 辺境の冬
酒場で腕相撲をした翌朝。
体調が悪い中、起き上がってリビングへ行くとシルビアがすぐに朝食を用意してくれた。
「ありがとう」
お礼を言うと微笑んでから自分の分の朝食を持って来て食べ始める。
テーブルには既に朝食を食べ終え、食後のまったりとした時間を過ごしてメリッサもいる。
俺は、庭に面した窓から外の様子を眺める。
「昨日は雪が降ったんだな」
外では薄らとだが雪が積もっていた。
酒場で飲んでいたが、寒かったことは覚えている。
まさか雪まで積もるとは思っていなかった。
「もうすぐ1年が終わるんだな」
遺跡探索から戻って来て数日、直に年末となる。
特に何かをする予定はないが、1つの節目となる。
「のどかなもんだな」
庭をちょうどクリスたち妹3人が通り過ぎ、なにやら3人で大きな雪玉を作ろうとしていた。
その向こうではアイラが対抗して1人で雪玉を作ろうとしていた。
「今日はどうされますか?」
「そうだな……」
体調の方は起きてから時間が経ったおかげでよくなっている。
「とりあえず冒険者ギルドに顔を出してみようか」
グレッグのような見たことのない冒険者が来ていたことが気になった。
それにこの数日で見覚えのない冒険者がギルドに訪れていた。とはいえ、新人という感じでもなかったので別の街からやって来た冒険者だろう。
☆ ☆ ☆
屋敷の庭でクリスたちと遊んでいたアイラを連れて昼になる前に冒険者ギルドへと赴く。
冒険者ギルドに辿り着くと見たことのない冒険者パーティがいた。
それに他の冒険者たちだ。
事情は分からないが、彼らはそわそわとしていた。
「冬は外に行くのが嫌で依頼を受ける冒険者が少ないはずなのにおかしくないですか?」
メリッサも冒険者たちの態度に奇妙なところを感じたのか疑問を口にしていた。
冬になって寒くなったせいで街の外に赴いての採取依頼や討伐依頼を受ける冒険者の数は少なくなっている。そんな状況でも外に行くのは冬を過ごす為の資金を準備しておくのに失敗した冒険者だ。
それがこの1週間ぐらいのギルドの状況だったはずだ。
それが2、3日前から人が増え出した。
今も馬車でどこかへ出かけようとしている冒険者とすれ違った。
「マルス君、いらっしゃい」
冒険者ギルドに入るといつものようにルーティさんが笑顔で迎えてくれる。
「あの、なんだか知らない冒険者が増えたような気がするんですけど」
「そういえばマルス君は今年冒険者になったばかりですね。遺跡の探索依頼を出した時にも思ってしまいましたが、優秀なのでベテランのように感じていました」
本来なら実力のあるベテラン冒険者にしか斡旋されないはずの遺跡探索。
遺跡探索においてクラーシェルで冒険者をしている先輩を相手に荒稼ぎしてきたことによって冒険者ギルドの評価は上がっていた。
今のところ、特に実害があるわけではないので放置している。
「今の冒険者が増えている状況もアリスターが『辺境だから』です」
「へ?」
思わず声を漏らしてしまう。
辺境は他の地域よりも魔力が潤沢にあるせいで魔物の力が強くなってしまい危険地帯となっているが、気候が安定しているなどの恩恵もある場所だ。
前回の遺跡探索では、辺境にある潤沢な魔力が影響して別の世界と繋がったと教えられた。手付かずの財宝が手に入る遺跡。そんな場所へと行けるのも辺境の特権の一つだろう。
つまり、他の街からの冒険者が増えた理由もその辺りにある?
「アリスターは辺境にあるおかげで気候が安定して過ごしやすいことはマルス君たちも知っていますね」
「まあ……」
俺は、生まれた時から住んでいるし、他の街からシルビアたちも冬を数週間だが過ごしてある程度分かっている。
彼女たちからすればアーカナム地方は非常に過ごしやすい場所だった。
魔物は凶暴だが、それも街の外に出なければいいだけの話だ。
「彼らがアリスターにやって来た理由の一つが他の街よりも屋外が過ごしやすいアリスターで仕事をしようというものです」
言われて納得した。
冒険者の受ける仕事のほとんどが採取依頼や討伐依頼。屋外での活動が中心となる。そのため寒い中で仕事をしなければならない。
アリスター付近なら雪は積もっても少しばかり我慢するだけで依頼を遂行することも可能だ。
「ですが、それは実力が中堅ぐらいの冒険者の話です。中には強い冒険者もいて彼らの目的は……」
「失礼」
隣のカウンターに一人の冒険者が現れた。
細身でありながら長い剣――刀を腰に差して白いコートを着た冒険者だ。
「去年のデータでいいから魔物の出現分布に関する情報を売ってほしい」
「は、はい……」
カウンターの上に金貨を置くと隣で冒険者の対応をしていたアリアスさんがあわあわしながら資料を用意していた。顔もほんのりと赤くなっている。
原因は、男がイケメンだったからだ。
端正な顔立ちに落ち着いた雰囲気。水色の髪はフサフサだった。
それに男の後ろにはパーティメンバーだと思われる女性冒険者が3人いた。魔法使いに弓使い。左手に盾を装備した戦士。
彼女たちを見た後で、自分のパーティメンバーを見る。
(勝った!)
仲間の女性たちを見比べて優越感に浸りたくなどないが、嬉しく思ってしまったのだから仕方ない。
「フッ」
俺の様子を見ていたアイラが鼻で笑う。
彼女には俺が何を思ったのか知られてしまったらしい。
(それにしても、また見覚えのない冒険者か)
彼らについても俺は知らなかった。
「こちらが資料になります」
「ありがとう。例年のようにアリスターには昨日着いたんだけど、まさか着いた日に雪が降るとは思わなくて準備をしていなかったんだ」
「いえ、困っている冒険者がいれば手を差し伸べるのもギルドの仕事です」
お金は受け取っていたのでサービスというわけではなく商売によるものだ。
男がアリアスさんから資料を受け取って出て行くと女性たちも続いてギルドを後にする。
「マルスさん。彼こそ王都から来た凄腕の冒険者ですよ」
「え、彼がですか!?」
それほど気にしていなかったので相手の実力など考慮していなかった。
「はい。詳しいことは言えませんが、ある貴族から『辺境の冬にのみ出現する魔物を狩って届けてほしい』それが今回の依頼みたいです」
「冬にのみ出現する魔物?」
少なくともデイトン村で過ごしていた間は聞いたことのない魔物だ。
村では、農作業のできない冬の間は家の中で過ごすことが多かった。兵士になって村を守るつもりではあったが、村の周囲に出現する魔物がどれだけ強いかなど聞く前に辞めることになってしまったので辺境独特のルールを聞いていない。
「そうです。冬になると冬眠する獣がいるように魔物の中には冬の寒さに備えて魔力を溜め込む性質を持った魔物がいます。そういった大量の魔力を体内に内包した魔物の肉は美味であるとされています」
「強い魔物ほど美味しいわけじゃなかったんですね」
単純に考えていいのなら強い=魔力が多いということである。
「しかもアリスターは辺境で魔力が潤沢にあります。そのおかげで魔力を溜め込む性質を持った魔物が多くいます」
「つまり、冬の方が出現する魔物の肉は美味しくなると?」
「そういうことです」
その肉を求めて辺境へ多くの冒険者がやって来ていた。
しかも、美味しい肉は貴族も好んで食べる。貴族相手に売ることができるということは高値での取引が可能だということだ。
儲け話。冒険者が乗らないはずがない。
「マルス君も参加してみますか?」
「してみます」
ルーティさんに金貨を渡して隣にいた男と同じ情報を貰う。
「頑張って下さいね」
ルーティさんから貰った情報を確認する為にも一度屋敷へと戻ることにする。