第27話 暴発の末路
街の中心にある大きな広場に多くの人が集められていた。
ケインの【隷属魔法】によって正気を失っていた人々は全員が集められている。皇帝の勅命ともなれば人々に断る権利はない。
広場には他にも騒ぎを聞きつけた人が集まっている。
「いったい何があるんだろうな?」
「領主から今日の騒ぎで説明があるんじゃないか」
訳の分からないまま騒ぎが起き、率先して騒ぎを拡大させていた者もどうして自分がそんなに大それたことをしたのか分からない、と首を傾げていた。
領主から話がある時の高台が広場に設置されている。
その状況から領主が現れるものだとばかり集まった人々は思っていた。
「……うん? あれは誰だ?」
「領主様じゃないな」
地方の都市で生活する人々ともなれば皇帝の顔を知らない。
だが、目敏い商人や帝都を訪れたことのある貴族がリオの顔を見て皇帝であることに気付いて跪く。
「おい、何をやっているんだ!」
「あの方は皇帝陛下だぞ!!」
ざわめきが広がっていく。
まさか皇帝が現れるとは思っていなかった人々が動揺する。
「……俺がいることは知っているものだとばかり思っていたんだけどな」
「暴動が起きた時は正気を失っていたし、あの時はいなかった人たちの方が多いからな」
民衆から姿が見える高台へと上がるリオ。
荷物を腕に抱えた俺も同伴させてもらう。人々の意識がリオに向いたおかげで目立たずに済んでいる。
高台へと上がったところで荷物を放り捨てる。
「当事者でない者にも今日ダレスデンで何があったのか簡単にでも伝わっていると思う。それから最近騒ぎになっていた多くの盗賊騒動。これから何があったのか説明させてもらう」
皇帝であるリオの口から異様な奴隷が盗賊の手に入れた魔法道具によるものであること、その魔法道具を解析したガルディス帝国の研究者によって洗脳されたような状態になった者が盗賊となって騒動を起こしていた。
ケインがこれまでに行っていたことが説明される。
自然と民衆の視線が高台の上で転がされた男へと向けられる。
「気付いていると思うが、こいつが今回の騒動を引き起こした研究者ケインだ」
ようやく転がされていた男の正体が明らかになったことでケインに怨嗟の声が浴びせられる。
ある者は盗賊に家族を殺された。
運搬していた商品をメチャクチャにされたせいで商売が頓挫した。
どうにか命だけでなく、荷物も助かったものの襲われた時の衝撃によって心に傷を負って人と関わるのが怖くなった。
酷くなる盗賊被害に頭を悩ませていた者は多い。
そして、皇帝によって憎める相手が示されたことで恐怖は一瞬にして憎しみへと転じる。
「……っ!?」
浴びせられる声にケインが思わず息を呑んでしまう。
いや、雰囲気に呑み込まれてしまった。
「理解したか?」
「え……?」
「お前は魔法の力で人々の不満を爆発させたけど、その程度のことなら魔法なんて使わなくても簡単にすることができるんだ」
「こんな多くの人に……?」
「多いからこそ出来るとも言える」
最初に大きな憎しみを持つ者が怨嗟の声を上げる。
その雰囲気に影響を受けた人々が小さな不満しか持っていなかったとしても、その小さな種火を燃え上がらせる。
結果、大きな騒動へとつながる。
「この光景を俺に見せるのが目的か?」
「違う。お前の処分が決まったから役に立ってもらおうと思っただけだ」
「処分……」
ケインが咄嗟に周囲を確認する。
だが、近くに【隷属魔法】が残っている者はおらず、新たに【隷属魔法】を掛ける為に触れられる場所にいるのは俺しかいない。俺なら抵抗することができる。だからケインの運搬役を引き受けた。
この場に助ける者は一人もいない。
「たしかに盗賊によって被害は受けた。だが、盗賊となった彼らもまた洗脳させられた被害者だったことを忘れてはいけない。本当に憎むべきは一人だ」
リオの言葉に納得する者が現れる。
――洗脳されていたなら仕方ない。
そんな雰囲気を作り出すのが目的だった。
「だから、これで終わりにしてほしい」
リオの手に収納リングから取り出した大剣が現れる。
「まさか……!」
「罪人は処刑する」
「ま、待て!!」
死が間近に迫ったことで動揺した。
研究者でしかなかったケインは戦場に立つことがなく、命の危険を覚えることもなかった。
自分の研究によって多くの者が死や破滅へ向かうことになろうとも気にすることは一切なかった。
「俺を殺した瞬間、暴動が起こるぞ」
「この街で、だな」
最近のケインの行動は既に調べている。
グレンヴァルガ帝国内での行動はダレスデンに限定されており、近くの村へ出掛けることもなかった。
ケインが【隷属魔法】を手に入れたのは最近の事。さすがにダレスデン以外の場所へ手を出すほどの余裕はなかった。
「非活性化状態の【隷属魔法】も活性化するなら見つける手間が省けて好都合なぐらいだ」
活性化して暴動を起こしていた人たちは既に解除してある。
活性化していない人も注意深く観察すれば見分けることができる。その労力を惜しむなら活性化させるのも一つの手だ。なにせ、こっちには一度に数十人を解除することができるメリッサもいる。
「デメリットは承知のうえだ。それでも皇帝として処分することを決めた」
「待ってくれ! 今後はグレンヴァルガ帝国に忠誠を誓おう。俺の【隷属魔法】は役に立つぞ」
「必要ない。そんな魔法があるというだけで問題になる」
いつか自分の意思とは関係ない行動を起こすのではないか?
俺の【隷属解除】で解放された人の中に自分の事が信じられず、疑ってしまう人がいた。
そんな罪のない人を解放してあげる必要がある。
「お前を殺すことでのデメリットと生かすことでのメリット。どちらもあるんだろうけど、俺はお前を殺すことでのメリットを選び、生かすことでのデメリットを危険視した」
もう【隷属魔法】は存在するだけで危険だ。
開発されたばかりで、個人的に行われた秘密裏な研究だったためケイン以外に知る人物はいない。
「お前もいいな?」
「ああ、メリッサにはこれ以上の分析はしないよう【命令】してある」
メリッサなら現在得られている情報から【隷属魔法】を再現させることは可能だろう。
だが、彼女は【命令】しなくても絶対にやらない。
「ウチにはシルビアがいるからな。今回のきっかけになった人の意思を完全に無視した奴隷が生み出される状況を快く思わないだろう」
「その言葉を信じよう」
「ま、待て――」
ケインの制止の言葉も無視してリオの振り上げた剣が首を刎ねる。
何の抵抗もできないまま宙を舞ったケインの頭部が落ちてきたところでリオの手に収まる。
恐怖に歪んだ顔。
頭部だけとなった状態を見せられたことで民衆が静まり返る。
「元凶は討たれた。盗賊となった者たち思うところはあるだろうが、憎しみ合うことなく手を取り合ってほしいと思う」
皇帝の勇ましい姿を見せられたことで民衆から歓声が上がる。