第26話 ダレスデンの衰退
ダレスデンの街にある領主の館。
「お前だけか?」
頼まれていた仕事を終えて領主の私室を訪れると主であるはずのダレスデン伯爵ではなく、リオが待っていた。
「ああ、メリッサは帰した」
仕事はダレスデンの街にいた隷属されていた人々の解放。
想定していたようにケインが気絶するのと同時期に暴れ出す人々が増えた。
彼らの狙いは皇帝。だが、皇帝を守る為に彼らを力で鎮圧すれば暴動はケインの仕組んだもの以上に広がることとなる。
だから手が出せなかった。
「漏れがいなければ全員解放できたはずだ」
一人ずつしか解放できない俺と違ってメリッサは一度で何人も解放することができる。リオの眷属であるナナカや宮廷魔導士の協力もあり、作業は問題なく終わらせることができた。
ただし、頑張り過ぎたせいで今は魔力が枯渇寸前になっているため屋敷へ帰すこととした。
「血生臭い報告なんて俺が聞けば十分だ」
おそらく今も誰かが【迷宮同調】で覗いているはずなので状況把握はできているはずだ。
「そうだな。こっちの報告は帝国にとって恥みたいなものだ。だけど、当事者のお前たちに正確な報告をしないわけにもいかない」
隷属させられた人々を解放する作業で役立ててないリオは自分の仕事を全うすることにした。
そもそも、事情が分かれば今回の事態はあり得ない事だった。
「ガルディス帝国領の盗賊団一つぐらいがこっちに流れてくるなら分かる」
ただし、最終的には数百人の盗賊が国境を越えたことになる。
それはあり得ない。
現在、オネイロスを境に国境が定められており、出入口はオネイロスにしか存在しない。もし、他の場所からの国境越えが判明すれば重犯罪者として裁かれることとなる。
盗賊たちも抜け穴を見つけてグレンヴァルガ帝国へ来たものだとばかり思っていた。
しかし、調べてみると全員が手続きはしていないもののオネイロスの正門を利用して国境を越えていたことが判明した。
「記録は何も残さなかった。けど、人の心まではどうにもならなかったようだな」
「クソッ!! こんなはずではなかった……!」
部屋の隅では3人の男が拘束された状態で床に座らされていた。
そのうちの一人であるダレスデン伯爵が声を荒げ、隣に二人を睨みつける。
「お前たち二人に何か言いたい事は?」
「別に」
「楽しく稼がせてもらいましたから後悔はしていませんよ」
二人の男性はダレスデンで奴隷商を営んでいた。
彼らは、今回の盗賊騒動によって増えた奴隷によって大金を稼ぐことに成功していた。以前から成功した商会だったが、最近は経営不振が続いていた。
理由は単純――奴隷の質が落ち、数が減ってしまった。
「以前の北部はガルディス帝国との戦争によって貧困に喘ぐ者や孤児になる者が絶えなかったな」
そうして治安が悪くなり、盗賊に狙われることで非合法な奴隷もいた。
近くに鉱山を抱えるダレスデンでは、安価で使い捨てにできる労働力となれる奴隷を定期的に得ることで発展していった。
だが、ガルディス帝国との戦争がなくなったことで奴隷は激減。
むしろ国からは奴隷を出す不安定な統治は問題視されるようになった。ガルディス帝国の復興を考えるなら、北部の安定は重要視されるため仕方ない。
「お前たちが唆すから、こんなことになったんだぞ!」
「そんなことを言いましても……」
「私腹を肥やしていたのは伯爵も同じでしょう」
「な、何を言っている……!?」
伯爵が国境の管理を任されている者に賄賂を渡し、盗賊となる冒険者が移動した記録が残らないようにした。
賄賂に必要な金額だけでなく、自分の手数料としても多額の金を奴隷商たちに要求していた。
そうして得た金が手元にあると使いたくなってしまう。
秘密裏な豪遊が趣味となり、いつしか賄賂だけでは不足してしまうぐらいに遊ぶようになる。
「俺はそんなことに使わせる為に支援金を渡していたんじゃないんだけどな」
いつしかリオが渡していた支援金にまで手をつけるようになっていた。
「こ、こいつらも悪いですが……何よりも悪いのはあいつではないですか!」
伯爵の言う『あいつ』というのはケインのことだ。
ケインが隷属させることに成功した盗賊の移動をもみ消すよう動いていた、ということは伯爵とケインの間に繋がりがなければ不可能だ。
「そもそもはあいつの提案です!」
最初は奴隷商に接触し、彼らの伝手を利用して伯爵と接触することに成功した。
奴隷商の二人はケインの提案に商機を見出し、伯爵も金が得られるようになる状況に心が躍ってしまった。
「誰の提案であろうと、お前たちが関わっていた事実は変わらない」
「……」
「残念だが、お前たちには国家反逆罪が適用される」
「なっ……!?」
「他国の人間と内通して、騒乱を引き起こしたことには変わりない」
ガルディス帝国だった場所は、実質的にはグレンヴァルガ帝国に吸収されているが未だにガルディス帝国のままだった。それというのも国家そのものが崩壊し、降伏することができなくなってしまったからだ。
だからグレンヴァルガ帝国に服従するなら移住を認めている。
現在、あくまでも支援という形に留めて復興に関わっていた。
「結論から言おう。奴隷商の二人は財産を全て没収」
現金や所有している建物はもちろんのこと、奴隷についても他の奴隷商に適正価格で売り渡したうえで没収されることとなる。
二人とも覚悟はしていたから何も反論はない。
落ち込み続けていた経営。ケインの提案には商機を見出すことができたが、同時に大きなリスクを孕んでいるため最初から覚悟はしていた。それでも商売人として食いつかずにはいられなかった。
「私たちも彼の影響を受けていたんでしょう」
「微妙だな」
【隷属魔法】が使われた形跡はない。
だが、誘導されたのは間違いないだろう。
「次にダレスデン家だけど、爵位を返上して領地を没収させてもらう。一族の者が貴族を名乗るのは禁止とする」
「そんなぁ……」
平民堕ちは貴族が恐れることの一つ。
皇帝直々に平民へ堕としたのなら縁故で他の貴族を頼るのも不可能だ。匿っていることがバレた時点で相手の心象も下がる。自分から爆弾を引き受けるような貴族はいない。
「面倒だが、しばらくは直轄地として代官を置いて統治。その後どうするのかは会議で決める必要があるな」
廃爵は決定事項。
それでも諦め切れない者がいた。
「お待ちください」
「……なんだ」
部屋に入ってきたのは成人したばかりの青年――ダレスデン伯爵の長男だ。
「たしかに父は罪を犯しました。それは許される罪ではありません。ですが、北部の安定した統治を望まれるならダレスデン家が引き続き統治をするべきです」
「お前にそれができるのか?」
「はい。幸いにして後継者として育てられました。まだまだ経験不足ですが、代官よりも役立てることを保証します」
「ダレスデン家を引き継ぐ――その覚悟があるんだろうな」
「もちろんです」
皇帝を前にしても青年は一歩も引かない。
身分もそうだが、リオの放つ威圧にも耐えていた。
それが皇帝は気に入った。
「いいだろう。ダレスデン家の継承を許可する。ただし、途中で投げ出すような真似だけは絶対に認めない」
「もちろんです。生涯に渡って忠誠を誓います」
ただし、元ダレスデン伯爵については罪人として裁かれることとなる。
あのように軽い罰で済んでいたのは貴族であることを慮った結果であり、それが爵位を継承する条件として提示されたからだ。
元ダレスデン伯爵にも貴族としての意地がある。せっかく先祖から繋いできた名を自分で途絶えさせる訳にはいかない。子供に引き継がせることができるなら、と裁かれることを引き受けた。
「準備が出来次第、お前たちの身柄を引き受けることにする」
そう言って部屋を出て行くリオの口元には笑みが浮かんでいた。