第25話 絆の力
「仲間だからこそ不満もあるだろう――潰し合え」
戦力としてケインが最も欲したのはマルスのパーティだった。
だが、ハーレムパーティそのものを引き抜くのは非常に難しい。
ただ、戦力になるのと同時に障害になる存在だった。こうして敵対することになったため排除することを選んだ。
「問題は、ここから脱出する方法だけど……」
シルビアたちの誰かに逃がしてもらえばいい。
仲間同士で潰し合えば体力が疲弊するだけでなく、仲間を手に掛けてしまった事実から精神的に疲弊する。
その状態なら【隷属魔法】が効果的に作用する。
敵であり、元凶であるはずのケインを手助けさせることも可能だ。
「そろそろ戦いが始まってもいい頃合いだけど……」
俯いたまま動かない5人。
表情が見えないだけに恐ろしさがある。
「もういいでしょ」
シルビアが小さく呟くと椅子に座らされたままのケインを蹴り上げ、衝撃で椅子がバラバラに壊れる。
同時に拘束していた鎖も砕けて解放される。そこへノエルが錫杖を叩きつけて後ろへと吹き飛ばす。
レンガの壁に叩きつけられたケインが倒れ込みながら助けを求めて両手を前へ伸ばす。だが、出された手が何かを掴むことはなく、肩から切断されて下に落ちる。アイラとイリスの手によるものだ。
「【回復】」
メリッサの【回復魔法】がケインの負傷を癒す。ただし、癒すと言っても切断された場所の止血をしただけで最低限の治療しかされなかった。
残されたダメージでは死なないが、何かをする気力を起こすことが難しい。
「どう、して……」
それでも疑問に思わずにはいられなかった。
魔法の使用者であるケインには、【隷属魔法】がたしかに作用としていることが分かる。彼女たちの表情こそ見ることができないが、苛立っているのが手に取るように分かる。
「貴方の魔法は成功していますよ」
「なら……!」
少なくとも自分を襲うことはできないはずだ。
「今回、私の最大の失態は【隷属魔法】への対抗策を用意できなかったことです」
正確には間に合わなかっただけなのだが、危険な魔法を扱う相手と対峙するのだから対抗策を用意するのは自分だと考えていた。
また、他の者も自分なりにできることを考えていた。まあ、彼らのステータスなら抵抗することは可能なので深刻に考えていなかった。
結局、決定的な対抗策が用意できないままケインに臨むこととなってしまった。
「どうやって……」
「その方法なら俺が説明しよう」
負傷したボルドーを抱えたマルスが壁をすり抜けて現れた。
☆ ☆ ☆
ケインを追い掛けていたシルビアたちの様子は常に感じ取っていた。
おかげでどこの地下室にいるのか知ることができた。
「無事だったんですね」
「ああ」
俺の安全を確認してくるシルビアに応えながら抱えていたボルドーを床に放り捨てる。
ギルドマスターとして現役の冒険者から認められる程度には強く、現役ほどではないものの強かったが迷宮主を相手にしてはボロボロに負けてしまった。体の至る所には殴られた痣があり、最後の意地で握ったままの剣は柄と刃が根本だけ僅かにしか残されていない状態だった。
敗北したのは誰の目にも明らかだ。
「かなりメタメタにしましたね」
「倒すだけなら簡単だったけど、今後も同じようなことがないように圧倒的な力を見せておく必要があったからな」
「う、うぅ……!」
体を襲う激痛。さらに敗北したことによる悔しさから呻き声を上げていた。
実力差こそ分からせたものの生きてはいる。
「……使えない奴だ。時間稼ぎも満足にできないとは」
「文句は言うな。こいつだって強い奴であることには変わりないんだ」
助けに来た若い冒険者も威圧のみで追い払っていた。
「……なに?」
若い冒険者はケインの【隷属魔法】の影響下にあった。もし、【隷属魔法】が最も優先されるのだとしたら威圧されても加勢していたはずだ。
そうでなければ俺に勝てないのは若い冒険者も理解していたため、最初に加勢することを提案していた。
だが、恐怖に負けて引き下がってしまった。
「お前の【隷属魔法】は、ある感情を暴発――増幅させているだけだ。それ以上に強い感情があれば増幅された感情に囚われることもない」
残念ながらメリッサでも抵抗することはできなかった。
「仲間であっても不満はあるだろう。だけど、その程度で俺たちの間にある絆を崩せられるなんて思わないことだ」
「ひぃ……!!」
全力の威圧を当てたところ完全に気絶してしまった。
俺も女性陣が仲違いするよう仕向けられたせいで苛立っていたようだ。
「大丈夫なんだよな?」
「耐える分には問題ありません。ですが、魔法を解除しようという気は全く起きません」
【隷属解除】が使えるのは俺とメリッサのみ。
彼女に掛かっていた【隷属魔法】を解除すると、他の4人に掛けられていた魔法も解除する。
「それにしても【隷属魔法】が効いた時はヒヤッとさせられたぞ」
さすがに遠くにいる俺にまで力が伝わることはなかった。だが、【迷宮同調】で同調していたからこそ干渉された事実は伝わってきた。
「ま、仲間であっても不満を持つことはあるわよ」
「というよりも一緒にいるからこその不満かな?」
アイラやノエルには思うところがあった。
「アイラの料理や掃除は未だに大雑把ですし、ノエルは未だに力加減を間違えて皿を割ることがありますからね」
「ちょ……! 冒険者だったらあんな料理でもいいの」
「でも、子供向けじゃない」
「いいでしょ」
「最近だとシエラの方が上手なくらいよ」
「なっ……それは聞き捨てならないわよ!」
アイラとシルビアが刃を抜いて喧嘩腰になる。
俺たちと一緒に行動するようになる前は一人で何年も行動し、野営中に料理をすることがあったため簡単な料理なら作れるが、どうしても最低限の調理法による料理になってしまう。
その事が家族全員の調理を担当しているシルビアとしては不満に思っていた。
「どうして【隷属魔法】を解除したのに喧嘩するんだよ……」
ケインが起こそうとしていたことなど普段でも起こる。
それでも最終的にはいつも通りの形になっていた。
「彼は私たちの不満を暴発させました。ですが、それ以上に私たちの間にある契約の絆が強固だっただけです」
感情を暴発させて惑わせようとしても、仲間である想いの方が強かった。
ケインが敗北した理由など、その程度でしかない。
「しかし、困ったな」
気絶しても【隷属魔法】が解除されることはなかった。おそらく殺しても同様の結果に終わることだろう。
「……どうするつもりだ?」
「起きたか」
「ああ」
意識が曖昧だったボルドーだったが、話をしている間に状況が把握できる程度には覚醒していた。
ちなみに隷属状態は既に解除してある。
「外にはお前らを狙っている奴らがうじゃうじゃいるぞ」
「そうだな」
姿を見せた瞬間に襲い掛かって来るだろう。
全員の隷属を解除するなど面倒極まりない。
「とりあえず黒幕だったケインは皇帝に引き渡す。どういう処分が下るのかは、あいつが決めることだ」
今回、グレンヴァルガ帝国は大きな被害を受けた。
犯人を処断するなら被害者たちに決めさせた方がいい。
「ダレスデンの方が片付いていないようなら俺とメリッサも協力しよう」
「【隷属解除】が使える人間は限られますから、数時間程度では全員の解放は終わっていないと思います」
「なら決まりだな」
今後の予定は決まった。
「オネイロスはどうするつもりだ?」
ボルドーにはギルドマスターとして今後もオネイロスの統治に協力してもらう。
「簡単だ――何もしない」