第22話 便乗の闘争
結界が砕け散っただけではない。医務室の壁が外からの攻撃によって破壊されて大きな穴が開く。
「おい、塞いでいたんじゃないのか!?」
【迷宮結界】は普通の攻撃では破壊することができない。
だが、外にいた黒い三角帽子に黒のローブを纏った女性が結界を破壊したのは魔力の様子から間違いない。
残された魔力からメリッサは何が起きたのか察した。
「今回、【空間魔法】で作った結界の上に【迷宮結界】を重ねました。内側からの攻撃には【迷宮結界】の効果を発揮してくれますが、外からの攻撃に対しては発揮してくれません」
ケインを逃がさない事を優先させた方法だった。それでも【空間魔法】の結界そのものが強固であるため大きな問題はなかったはずだ。
原因を考えている間に殴り掛かってきたボルドーの攻撃を反れて回避する。
「あいつ、たしか強い魔法使いだったよな?」
何度か顔を出したことがあるため冒険者とも顔見知りになっている。
魔女と呼ぶに相応しい出で立ちの女性はオネイロスにいる魔法使いの中でも上位の魔法使いだった。
それでも【空間魔法】による結界を壊せるほどの力は持っていなかったはずだ。
「いえ、相当な無茶をしたようです」
立っていた魔女だったが、鼻から血を流して前のめりに倒れてしまう。
顔を強打しているはずだが、鼻血を出した原因は倒れたことではない。
「限界以上の魔法を使った影響です」
彼女の力では結界を破壊することはできなかった。
だからと言って無茶をすれば可能になる訳ではない。そもそも限界以上の力など簡単に出せるはずがない。
「お前の仕業か」
「正解。俺の【隷属魔法】は、そいつの持つ様々な感情の一部だけを暴走させて理性を崩すことができる。その状態なら限界以上の力を引き出させることだって可能なんだ」
説明しながらゆっくりとした足取りで壁に開けられた穴から出て行こうとする。
穴の隣には両腕から大量の血を流した状態で立つ拳闘士の男がいる。魔女と同様に無茶をして強固に作られた冒険者ギルドの壁を壊し、その反動によって血を流していた。
「逃がすな!」
叫ぶと同時に眷属全員が駆ける。
俺も駆け付けたいところだが、防ぐ為にボルドーが前に立ちはだかる。
「邪魔だ!」
「悪いな。テメェをぶっ殺したくて仕方ないんだ」
大岩をも砕くような右ストレートが放たれる。
現役を引退したものの荒くれ者たちを纏めるため今でも体を鍛えるのを止めていない。
「遅い」
拳が貫いたのは俺の残像。目にも留まらない速度で体をわずかに動かして攻撃を回避すると、ボルドーの胸に拳を叩き込む。
殴られたボルドーが後ろへと下がる。
だが、それだけでどうにか耐えていた。
「手加減したな……!」
「面倒事を引き受けてくれているお前を殺すと厄介なことになりそうだからな。気絶させるつもりでという意味なら本気で殴った」
俺の見積もりが甘かった。
ただ、それだけの話だ。
「で、どうしてケインの【隷属魔法】を引き受けた」
ケインの【隷属魔法】の影響下にあるのは間違いない。
だが、同時に正気もある程度は保っていた。
「あの女が言ったように俺は魔法が使えない。だからと言って耐性が全くない訳でもないんだよ」
「後天的に身に付けた能力だろ」
何度も魔法を受けることで耐性が得られた。
魔法使いと比べると紙のような耐性だが、それでも全くない訳ではない。
「気付いたのは少し前だな。たしかに魔法のせいでお前に対して無性に怒りをぶつけたい衝動に駆られている」
俺がケインを押さえ付けた瞬間、ケインの魔法によってボルドーの中にあった不満が爆発させられ、俺への攻撃となった。
主に交渉をしていたのは俺だから近くにいたシルビアたち女性陣よりも俺の方が狙われることとなった。
「勘違いするなよ。俺は少しばかり正気を残しているんだ。そんなつまらない真似をするはずがないだろ」
ボルドーにも戦士としてのプライドがある。
「それは、冒険者としてくだらないプライドだぞ」
自分を警戒していない女は攻撃しない。
冒険者は性別に関係なくなることができるし、本気になったボルドーよりもシルビアたちの方が強い。
「それでも、お前を優先する理由としては十分だ」
「……恨みを買った覚えもないんだけどな」
オネイロスでギルドマスターを任せるという面倒事は押し付けた。
ただし、それだけで恨みを買う覚えはなかった。
「面倒事を押し付けやがったな、なんていう風に思っていることは否定しない。だけど、それ以上に俺は戦ってみたいのさ」
――最強の冒険者と。
名の馳せた冒険者であったからこそ強い人とは戦ってみたかった。
だが、理論的に考えて俺との力の差は歴然。ギルドマスターとしての立場から冒険者と戦うなどあり得ないし、ガルディス帝国の人間にとって俺が恩人であるのは間違いない。今、生きているだけでも恩に感じている。
それでも戦いを望む願いがあり、大義名分まで得てしまった。
「仕方ないよな。俺はケイン先生に操られているんだから」
「そんな言い訳が口から出ている時点で操られているとは思えないな」
「いや、本当に操られているんだよ」
操ると言ってもケインの【隷属魔法】は、対象の中にある不満を爆発させることで暴走させるもの。
術者が望んだ行動をさせるものではない。
ボルドーは心の中で、俺と戦うことができない状況に不満を持ち続けていて暴走させるに至った。
「その証拠に戦うことが出来ているだろ」
「そうだな。予測を間違う程度には強くなっている」
気絶させるつもりで放った拳。
だが、今こうして何事もなかったように立っていられるのは、結界や壁を壊した魔女や拳闘士と同じように隷属させられたことで限界以上の力を引き出すことに成功しているからだ。
そうでなければ床に倒れていなければおかしい。
「そんな方法で得た力で不満を解消して満足か?」
「ああ。力を使えるっていうのは気持ちいいな」
「なら付き合ってやる」
準備しておいた【隷属解除】を完全に停止させる。
そうして両手の拳を握るとボルドーに向かって構える。
「そういうつもりなら【隷属解除】で元に戻したって納得するわけないだろうし、付き合ってやるよ」
「おお!」
「ただし、あいつらも心配だから速攻で終わらせる」
「は?」
先ほどよりも強烈な一撃がボルドーの胸を貫く。
崩れ落ちて血を吐いたところで足を振り上げて、大きく蹴り飛ばすと医務室の壁を突き破って隣の部屋に落ちる。たしか隣の部屋は倉庫になっていたはずだから、散乱した荷物の下敷きになっている可能性がある。
「しばらく反省していろ」
普通なら致命傷になりかねないダメージだが、強化されている今なら耐えられる可能性の方が高い。
「さ、あいつらを追いかけないと」
外へと出て行ったケインとシルビアたち。
彼女たちを追おうと外へ足を向けたところで隣の部屋から轟音が聞こえる。
「……頑丈な奴だ」
口からは血を流している。
それでも戦意を失った様子のないボルドーが立っていた。
「戦いはこれからだ」
隣の部屋から現れたのはボルドーだけではなかった。
一緒にいた若い冒険者が自分の体よりも大きな剣を胸に抱えている。
「久しぶりだな」
運ばれてきた剣は、ボルドーの剣だった。
若い冒険者も剣を構える。
「邪魔だ」
「ですが……あなたを手伝いたいです」
「邪魔だと言っている」
「……し、失礼しました」
医務室を出て行く冒険者。
おそらくボルドーをサポートするようケインから何らかの不満を暴発させられたのだろうが、恐怖が命令を上回ってしまった。
「行かせてよかったのか?」
「かまわない。あんな奴が何人いたところで俺の不満が解消されることはない」
戦うなら魔法の影響を受けていようと自分一人の力で倒したい。
「いいだろう。そこまで言うなら立ち上がれないくらいボコボコにしてやる。強化もされているんだから後悔するなよ」