第21話 ギルドマスターの不満
「せんせ、い……」
呆然とするボルドー。
だが、そんな彼を無視して事態は進む。
「やっぱり貴方でしたか」
「『やっぱり』? 確信があったんじゃなかったのかな」
「私が確信することができたのは、『オネイロスの街にいる誰か』というところまでです」
「なるほど。つまり、鎌をかけられたわけだ」
「はい。この街で容疑者は3人でしたので、居場所の特定できている人物から当たることにしました」
最近になって活発になった盗賊騒動とダレスデンでの暴動。
二つの事件が同一人物によって引き起こされたものだとした場合、一つの前提条件が生まれることになる。
それは、二つの帝国を行き来することができる。
【隷属魔法】は最初に相手へ触れる必要があるので、多くの人間を隷属状態にする為には長い時間が必要になる。少なくとも短時間の接触では不可能だ。
どちらの国へも行き来できる人間は限られる。
5年前からオネイロスを中心にガルディス帝国の人間は南へ、グレンヴァルガ帝国の人間は北へ簡単に行くことができないようになっている。行き来する場合には必ずオネイロスで厳しい審査を受ける必要がある。
その審査を免除されている人間もいる。オネイロスを治めている代官や冒険者ギルドのマスターであるボルドー、リオの許可書を持つ宮廷魔導士等だ。
現在、旧ガルディス帝国領で活動している二人。どちらも奴隷問題の調査で見落としがないか極秘裏に調査をしている。どこにいるのかは皇帝であるリオでも把握することができない。
「私が、3人目の容疑者だったわけですか」
「【回復魔法】が使える貴方なら【隷属魔法】を何人にも使えるだけの魔力を保有しているでしょう」
問題は、その数が何百人にも及んでいることだ。
予想していたケインの魔力量よりも多く、俺たちの目を完全に欺いていたことになる。
「医者である貴方は薬学にも精通しています。そのため調合に必要な素材を自分で見に行く為、という名目で二国を行き来する許可が出されていますね」
「そのとおりです」
ケインの作る薬は冒険者の間で重宝されている。
今でも多くの魔物が蔓延る旧ガルディス帝国領では魔物と戦う冒険者の生還率を少しでも上げる為、特別に許可されていた。彼の言葉によれば自分の目で素材の状態を見てからでなければ作ることのできない薬もあるからだ。
そして、素材の中には特別な場所でなければ手に入らない物もある。
もし、特別な許可が出ていない場合、グレンヴァルガ帝国でしか得ることのできない素材はオネイロスへ来た商人から購入することになる。現に他の薬師や錬金術師はそのようにして素材を手に入れていた。
「おい、俺はどうなるんだ?」
ボルドーも二国を行き来できるという条件には当てはまっている。
だが、最初から容疑者候補にはいなかった。
「貴方は完全な前衛でしょう。簡単な魔法を使うのも難しい方が【隷属魔法】を多人数に掛けられるわけがありません」
「そ、そうか……」
容疑者として考えられておらず安堵した。
ただ、同時にメリッサの言葉に貶されているような気がして落ち込む。
「私をどうするつもりですか?」
「まずは捕らえさせてもらう」
犯人が見つかったのだから皇帝であるリオに引き渡させてもらう。
それで依頼は完了となる。
「その後でどうなるのかは知らない」
リオから犯人をどうするのかは聞いていない。
だが、これまでに起こった出来事と被害者を思えば無事に済まされないのは間違いない。
「私にもやりたいことがある。それは困るな」
収納リングから取り出した球体を壁に向かって投げつける。
球体は導火線に火がついた爆弾。数秒で爆発されるようになっており、壁を破壊しようとする。
ケインの思惑通り、爆弾が爆発する。
「……なに?」
しかし、壁が爆発させられることはない。
「爆発に驚いているうちに逃げるつもりでいたんだろうが、失敗したな」
「ぐぅ!」
何かされる前に首を掴んで壊そうとしていた壁に叩きつける。
「後ろにいる二人のお嬢さんの仕業か」
「そうだ」
ケインが診察をしている間、メリッサが悟られないよう【空間魔法】で医務室全体を覆う。
さらにイリスが【迷宮結界】を重ね掛けすることで破壊することのない檻へと変えることに成功した。
逃がす訳にはいかない。
「自力での脱出は不可能か」
「そうだ」
「なら、手伝ってもらうことにしよう」
「!?」
横からの殺気に顔を向ける。
しかし、ケイン以外には味方しかいないと思っていた部屋に予想していなかった攻撃だったため反応できず筋肉の膨張した腕から繰り出された拳を受け止め、後ろへ吹き飛ばされてしまう。
「ちょ……!」
咄嗟にアイラが後ろに回り込んで受け止めてくれたから壁に叩きつけられるようなことにはならなかった。
それに殴られた顔のダメージも大したことはない。
だけど、掴んでいたケインは手放してしまった。
「さすがは引退してギルドマスターになっても実力者として有名だった前衛の冒険者だけある」
殴ってきたのはボルドー。本来は大剣を扱う戦士だったが、今は前線を退いているため普段から武器を携帯するような真似はしていない。それでも鍛え上げられた体から繰り出された攻撃は十分な威力がある。
ただ、それでも迷宮主である俺を吹き飛ばすには至らないはずだ。
なにより本気の殺意を向けてきているのが気に入らない。
「……何をした?」
ボルドーではなくケインに尋ねる。
ギルドマスターに襲われる覚えはない……とおもいたい。
「簡単だ。彼にも不満を解放するように促しただけだ」
「不満?」
「随分と憎まれていたみたいだぞ」
「おいおい……こっちは約束を守ってギルドマスターにしてやったんだぞ」
「それが不満だったんだ」
ボルドーとは情報提供の対価にギルドマスターの地位を約束した。グレンヴァルガ帝国としても冒険者として功績のある彼がギルドマスターになるのは歓迎すべき事態だった。
これまでの5年間、大きな問題もなく冒険者ギルドを治めてくれていた。
「俺も医者としてここで働いているから知っているが、ここの冒険者ギルドは荒っぽい奴が多すぎる」
多すぎる魔物を相手にしなければならない。さらに冒険者は現状に不満を抱いているため、彼らのストレスがギルドへ向けられていた。
ギルドの職員を助けるためギルドマスターであるボルドーがどうにかしなければならない。
おまけに激しすぎる魔物との戦いで多くの冒険者が亡くなった。
他の冒険者ギルドよりも多忙である。だが、現状を嘆いたところで彼にできるのは現役の冒険者になることしかなかった。以前よりも危険になった冒険者になるぐらいなら不満を押し殺してでも現状を享受する。
「……うまくやってくれていると思っていたんだけどな」
「『できる』と『やりたい』は別だっていうことだ」
「なるほど」
納得したところでボルドーが殴り掛かって来る。
左手に【隷属解除】の魔法陣を纏い、殴り掛かってきたボルドーの拳を受け流すと左手を突き出す。
しかし、拳が当たる直前に倒れたボルドーが床を転がって回避する。
後の事なんて全く考えていない回避。
「何やっているのよ」
「いや、ここはボルドーを褒めるべきだろ」
ボルドーは【隷属解除】について知らない。
それでも魔法陣を視界の隅に捉えた瞬間、危険だと判断して不格好になろうとも回避することを選んだ。
今も強烈な殺気が向けられている。
「そいつを捕まえるのは任せた」
音もなく背後へと忍び寄るシルビア。
「ガァッ!!」
だが、ずっとタイミングを伺っていた男に飛び掛かられて進路を阻まれ、飛び退いてしまう。
飛び掛かってきたのは治療を受けてベッドで寝ているはずの男。
「お前たち、冒険者からも恨まれているらしいな」
「は? なんでだよ!?」
「お前たちが強い事は誰もが知っている。お前たちなら本気でやればガルディス帝国を取り戻すことだってできるんじゃないか?」
ケインの言う可能性は確かにある。
ただし、魔物の殲滅には当然ながら危険を伴うし、苦労に見合うだけの報酬が支払われることはない。
だから一度は提案されたものの拒否はしていた。
それが噂話程度に知られた。
「当然、この状況を知れば俺の味方をしてくれる奴の方が多い」
次の瞬間、医務室を覆っていた結界が粉々に砕け散った。