第20話 支配者の跡
オネイロス平原。
ガルディス帝国の崩壊から5年が経った今も多くの避難民が留まっていた。彼らがグレンヴァルガ帝国へ行くことはできない。そのためガルディス帝国だった場所の復興を今でも待っている。
子供も生まれて、以前のガルディス帝国を知らない者も多くなっていた。
それでも少しずつ進む復興に人々は希望を見出していた。
すっかり街のような様相の場所にある大きな建物。魔物が多くなったガルディス帝国だからこそ冒険者ギルドは広い。
「いらっしゃいま、せ……」
ズカズカと入って来る6人の姿を見て挨拶をした受付嬢が戸惑う。
「今日はどういった用事で……?」
オネイロスの冒険者ギルドにおいて俺たち以上に有名な冒険者はいない。
英雄にして厄介事を持ち込む者。正確には厄介事に関わらなければならないだけなのだが、厄介事が発生しているのは間違いない。事情を知っている一部の冒険者は避難の為にギルドから静かに離れていく。
「今度は何をやりやがったんだ?」
2階からボルドーがやってくる。
情報提供の見返りとしてギルドマスターという地位をリオから与えられた彼だったが、その多くの苦労を必要とする仕事で、不満は交渉した際に同席していて度々訪れることのある俺たちへと向けられる。
本人はギルドマスターの地位に不満を持っているものの、実力があって実績もあることから冒険者の信頼は篤い。
俺たちとしても混乱しているオネイロスの冒険者をまとめてくれていることに感謝をしている。
「まだ何もやっていない」
「『まだ』……っていうことは、これから何かするつもりなんだな!?」
「何か起こるのかどうかは相手次第だ」
それだけ言って冒険者ギルドを奥へと進む。
憤るボルドーの相手は微笑みを浮かべたノエルに任せている。
「おい」
「失礼」
辿り着いた部屋は白で統一された部屋だった。
真っ白な壁に、綺麗な白いシーツが掛けられたベッドが何台も並べられている。
「……なんですか?」
部屋の奥にいた人物が怪訝な表情を浮かべる。
「ここは医務室で、現在は治療中です。お静かに願います」
白衣を着た男が注意する。
彼の前には腕に鋭い爪で切られ、血を流した男性がベッドに寝かされている。
「ケイン先生に何か用なのか?」
「ああ」
ケイン。
冒険者ギルドに所属する回復魔法が使える医者。ガルディス帝国が崩壊する前は国が運営する病院で医者として働いていたらしいが、国の崩壊に伴って逃げ出し、今はオネイロス平原で医者をしていた。
現在、彼が治療している相手は冒険者で、魔物の攻撃によって腕に深い傷を負ってしまった。
「このままだと手遅れになる可能性がある。何か用があるのかもしれないが、待っていてくれ」
「あいつは襲われていた人を庇って傷を負ったんだ。治療に専念させてやってくれないか」
「分かった」
冒険者とギルドマスター。
立場上ギルドマスターであるボルドーの方が上だが、密約や色々な事があって俺たちに対しては完全に下手に出ていた。
医務室の隅の方へ移動して待たせてもらうことにする。
「ここにいていいんですか?」
俺たちに付き合って医務室にいるボルドー。
「ああ。ギルドマスターって言ってもお飾りみたいなものだ。職員は優秀だし、冒険者だって率先して働いてくれる。俺みたいなのは、問題があった時に矢面に立てばいいんだ」
だからこそ医務室に留まっている。
これから問題が起こることを十分に理解していた。
「ふぅ」
しばらくするとケインが治療を終わらせる。
寝かせられていた冒険者も状態が安定しており、今すぐにどうこうなるようなことはない。
「それで、私に用事ということでしたね」
「ええ」
ヨレヨレの青いシャツの上に白衣、ボサボサな緑色の髪に大きな丸い眼鏡。どうして冒険者ギルドにいるのか分からないほど穏やかな顔をしている。
とても、人を洗脳するような人には見えない。
「最近のグレンヴァルガ帝国で問題になっている奴隷を知っていますか?」
「いえ……」
「あの、すごく従順な奴隷の事だろ」
ボルドーはギルドマスターとして知っていた。
「もう一つ。盗賊の数が異常に増えていることは?」
「もちろん知っています。私も医者として患者が運び込まれた時に備えていましたからね」
ただ、それは杞憂に終わった。
今のところオネイロスへ盗賊による怪我人が運び込まれたことはない。
「よかった。これを知らないと話が進まないんです」
「まさか……私が犯人だと疑っているんですか?」
「疑ってなんかいませんよ」
俺の言葉を聞いてケインが安堵の息を漏らす。
同時にボルドーも安堵していた。ギルドに所属する医者がグレンヴァルガ帝国に対して大問題を起こしたとなれば責任問題に発展する。ただし、責任の取り方は辞職程度のように簡単では済まされない。
もっとも、その安堵を打ち砕いてしまうことになる。
「あなたが黒幕だと確信を持っています」
「それは……何か証拠があるんですよね」
「そ、そうだぞ! さすがにお前たちの言葉でも何の罪もない人を疑うなんてできるわけがない!」
問題を怖れたボルドーは希望に縋ろうとする。
ボルドーを無視してメリッサへ目を向ける。
「1時間ほど前、ダレスデンという街で暴動が起こりました。まるでタイミングを示し合わせたような暴走です」
「暴動ですから一人が声を上げた程度では弱い。だから少しでも多くの人が決起したのではないですか?」
普通の暴動ならタイミングを合わせる。
だが、暴動を起こした人物には【隷属魔法】の痕跡があった。
「知っていますね」
メリッサの前に魔法陣が出現する。
多くの人に埋め込まれていた【隷属魔法】の魔法陣を複製したものだ。あくまでも魔法陣を複製しただけで、【隷属魔法】の効果はない。
そんなことを知らないケインが反応してしまう。
「街で暴動を起こした人たちに埋め込まれた魔法陣はタイミングを合わせて活性化するようになっており、魔法を埋め込んだ人間が作用した形跡がありました」
そして、メリッサはどこから作用されたのかを逆探知した。
本来なら逆探知などできないほど微弱な力。それでも【隷属魔法】の解析に成功し、強い【魔力感知】を持つメリッサだからこそ成功させることができた。
「おい、まさかケイン先生から力が出ているって言うのか?」
「はい」
ボルドーの言葉をメリッサがきっぱりと断言する。
そこに迷いなど一切含まれていなかった。
「なるほど」
メリッサから告げられた事実を思案する。
次いで、穏やかだった表情が異様なほど歪む。
「これでも気を付けていたつもりだったんだが、失敗してしまったようだ」