第19話 盗賊と民衆
貴族との交渉は紛糾して数時間にも及ぶ。
彼らにしても取り戻さなければならない物がある。交渉に思わず熱が入ってしまうのも仕方ない。
「ええい、それでは高すぎると……どうした?」
「静かに」
声を荒げる貴族を手で制して止めると窓の近くへと移動する。
「どうやら厄介な事になったみたいですよ」
会議室は3階。
窓から見える地上の様子に溜息を吐く。
「責任者を出せ!」
「盗賊どもを許すな!」
「ウチは商品を台無しにされたんだ。どうするつもりだ!?」
屋敷を取り囲む人数が最初は数人だったのが、次第に増えていき数分と経たないうちに包囲されてしまった。
彼らが叫んでいるのは盗賊の処遇。
どこから聞き付けたのか分からないが、捕らえられた盗賊が解放されるという部分の話だけを聞いて駆けつけたらしい。まあ、殺されずに捕縛されたのだからそういう可能性はある。
だが、次の言葉は聞き捨てならない。
「皇帝は奴らをどうするつもりだ!?」
外の声は会議室にも聞こえ、全員の視線がリオへ向けられる。
今回、リオが訪れることは隠されていた。移動も秘密裏に行うためソニアのスキルを用いた。
「どういうことか説明してもらおうか?」
「え、ぇえ……」
リオの視線がドレスデン伯爵へ向けられている。
「皇帝である俺がここへ来たのは、少しでも早く処断する為だ。会議の参加者には俺が来ることまでは伝えていなかった」
秘密裏に帝国の高官が訪れるとだけ伝えていた。
高官は貴族ではないが、領主以上の権限を持っているため全員が緊張を持って会議に挑むこととなった。
だからこそ皇帝の登場には驚かされた。
そして、皇帝の訪問を事前に知らされていた者がいる。
「どういうことだ? ダレスデン伯爵」
「え、それは……」
ダレスデン伯爵に屋敷を借りるため彼にはリオの訪問を伝えていた。
彼だけは自分の領地が栄えているせいか高官が来ると伝えても下に見ているところがあった。だが、訪問者が皇帝だと伝えたところ一気に委縮することとなった。
「どうなんだ?」
「申し訳ございません!」
土下座をする伯爵。
どうやら、自分の領地が地方にありながら皇帝が訪れるような認められた街だと自慢してしまったらしい。
話をしたのは深い付き合いのある商人や上機嫌になって訪れた娼婦など。
伯爵自身は話をする相手を限定したつもりだったが、その相手まで口が堅いとは限らない。どこかからか漏れてしまった。
「本当にそれだけなんだな」
「も、もちろんです!」
リオが疑っているのは盗賊との繋がり。
屋敷を取り囲んで騒いでいる人たちの様子は明らかに普通ではない。純粋に不満をぶつけてきている。
「今は彼らを落ち着かせるのが先だ」
「どちらへ?」
「皇帝が現れるのを望んでいるようだからな」
☆ ☆ ☆
屋敷の正面入り口から出るリオ。
両隣には護衛としてソニアといつの間に合流したのかリーシアがいる。二人とも強そうには見えないが、少なくとも屋敷を取り囲んでいる全員が襲い掛かったところで負けることはない。
だが、リオの目的は話し合い。
護衛の役目は、万が一の場合に備えて待機しているだけだ。
「誰だ……?」
「領主、じゃないな」
地方の街に住む人々では皇帝の顔など知らない。
だが、領主であるダレスデン伯爵とも違うことには気付いていた。
「グレンヴァルガ帝国皇帝グロリオ・グレンヴァルガだ。お前たちの言いたいことは屋敷の中で聞かせてもらった。盗賊の処分について不満があるようだ」
「……!」
相手が皇帝だと知って全員が姿勢を正す。
そんな状態にあっても一人の男性が前に出る。
「失礼します」
「構わない。忌憚ない意見を言ってくれ」
「では、言わせていただきます。私たちは、この数週間で多くの被害に遭っています。彼らを許すことなど絶対にできるはずがありません」
男性はダレスデンで奴隷商を営む者だった。
別の街から移動してくる奴隷の乗った場所が盗賊に襲われ、彼が仕入れたはずの奴隷は盗賊が提示した高額な値段で売られることとなった。
商才のあった彼は近隣の商会からも相談されていた。相手が奴隷商なら商売が被ることもないため商売敵として見做されていなかった。
以前からあった結束が、盗賊被害によって強くなり行動を起こした。
……実に分かりやすい行動理由だが、盗賊への憎しみだけが強く現れているようにしか見えない。
「捕らえた盗賊は解放するつもりでいる」
「そんな!?」
「もちろん普通に解放するつもりはない。彼らには旧ガルディス帝国で魔物討伐に従事してもらうことになる」
「……それは、今までと変わらないということですか?」
「そうだ」
リオの決断はこれまでと変わらない生活を送らせるものだった。
ただ、この判断にも理由がある。
「お前たちも旧ガルディス帝国の状況は理解しているな」
「はい」
「あそこは魔物に支配された国となった」
魔物による共食いが起こるほどの大発生。共食いによって数は減ったものの、逆に強い個体が現れるようになった。
必要とされるのは最上位の冒険者。
もしくは犠牲を前提とした戦力。
「今は旧ガルディス帝国で防いでくれているからここまで来ることはない。だが、盗賊とはいえ戦力になる彼らを処罰すれば魔物を食い止める者がいなくなってしまう」
「……では、どうするのですか?」
「彼らには魔物と戦ってもらう……全力で」
どれだけ危険であろうと逃げることなど許されない。
奴隷として魔物討伐に全力を尽くしてもらう。
「そういうことなら……」
怒っていた人々も盗賊の処遇を聞いて、ある程度は怒りを鎮めてくれる。
何かしらの事情があるため無償で解放する。そのように思い込んでしまったため行動を起こしてしまったが、きちんと自分たちの無事につながると知って納得していた。
「どうして、こんなことをしたんだ? 行動を起こす直前で何があったのか覚えていないか?」
「そう言われても……」
何気なく小腹が空いたため露店を眺めていたところ、心の奥から湧き上がる想いに従わなければならない強迫観念に突き動かされた。
間違いなく、その時に何かをされた。
「マズいな」
「ああ」
以前は少し相手に接触する必要があった。
だが、今も接触して隷属させることができているのだとしたら、接触していた時間は非常に短いことになる。
北部で最も栄えている街で皇帝へ反旗。
それは、この上ない混乱を生み出すことになる。
皇帝であるリオが姿を現し、落ち着きを取り戻してくれたおかげで未然に防ぐことができたが、両者が衝突しただけで大問題になっていた。
「黒幕は、お前の存在を非常に疎ましく思っているみたいだな」
「しかも自分が危険を冒すほどの存在だ」
隷属魔法が掛けられているのは見れば分かる。
多くの人間に掛けることを目的にしたせいか一人一人の精度は甘いが、前提条件が覆るほどではない。
隷属魔法の魔法陣を刻む必要がある。
その為には、相手に直接触れる必要がある。
「行動を起こさせるタイミングはある程度操作できるんだろう。だけど、接触したのは間違いないだろう」
「行くのか?」
「ああ。こっちは任せた」
隷属させている者は一人だけ。
黒幕をどうにかしないことには永遠に終わらない。
だが、何度も行動を起こしていれば必ず足跡を残すこととなる。
「やれやれ。ナナカに【隷属解除】を覚えさせておいて正解だった」
「俺は、俺の仕事をさせてもらうからな」