第17話 【隷属解除】
家から灯りが消えて寝静まった夜。
「今日は随分とデカい仕事をするんですね」
「当然だ。俺たちも別の盗賊団と一緒になって大きくなった。組織が大きくなればデカいことができるようになるが、同時に維持費も高くなる。何かデカいことをやらないといけないんだよ」
「なるほど」
森からぞろぞろと男たちが出てくる。
ざっと数えただけで4、50人はいる。
彼らが襲おうとしているのは都市から離れた場所にある村。主要な街道からも離れており、襲撃しても騎士のような強い者が駆けつけるのに時間が掛かる場所にある。おまけに小さな村なら費用を気にして放置される可能性もあった。
それでも旧ガルディス帝国特需によって潤っているため、蓄えは十分にあり、盗賊たちはきちんと調べて知っていた。
「行くぞ」
「おう」
――ドサッ!
「……うん?」
後ろから聞こえてきた倒れる音。
それから小さくはあったものの稲妻のような光。
「【隷属解除】」
「誰だ!?」
攻撃を隠せず盗賊団のボスに気付かれてしまう。
だが、怒鳴るボスを無視して倒れた盗賊の状態を確認する。
「解放は成功。しばらくして起きた頃には何事も……いや、盗賊だった頃の事を思い出して伏せているだろうな」
「なにを、ごちゃごちゃ言ってやがる!」
近くにいた盗賊が俯いている俺に斬りかかってくる。
そこへアイラが割り込んで剣で叩く。普段から使用している聖剣ではなくランクを落とした剣。ランクを落としたと言ってもアイラのステータスで叩けば、一撃で悶絶してしまう。
経緯には構わず気絶した男の背に触れて【隷属解除】を使用する。
「どう?」
「問題ない」
「よかった」
結果を聞いてアイラが安堵する。
同じように護衛として連れてきたシルビアとノエルも安心している。ただし、俺を気遣ったものではなく、盗賊を気遣ったものだ。
「……本当に何者だ?」
ボスが警戒を強くする。
他にも下っ端は警戒よりも敵意の方が強いが、何人かは自分たちが危機的状況に置かれていることを理解していた。
自分たちよりも強い。
それは、戦う者にとって最も重要な情報だ。
彼ら盗賊団の事は最低限調べている。
ガルディス帝国で活躍していたBランク冒険者。他国への伝手もなく、故郷を見捨てることもできなかったためガルディス帝国に残った冒険者。現在は魔物を討伐し、警備兵の仕事も引き受けて復興した街の治安維持に貢献している。
非常に優秀な冒険者だと知られている。
そんな彼らが盗賊などしているのは、【隷属魔法】のせいだ。
「さて、降伏勧告から始めさせてもらおう。素直に降伏するなら、彼のように痛い思いをすることはない」
彼、というのはアイラが気絶させた者だ。
何もなければ俺が最初に【隷属解除】を使用した者と同じように何も苦しみを感じることなく解放されることができる。
ただし、盗賊として襲い掛かって来るのなら護衛の3人が容赦をしない。
「何をした?」
盗賊は自分たちに起きた事を把握していない。
だから、目の前で隷属状態から解放された光景を見させられても、それがどのような事なのか理解することができない。
「こ、この……!」
「くそっ!」
そして、未知は恐怖となる。
得体の知れない恐怖に囚われた人々は、自分が攻撃される前に俺を倒そうと行動を起こす。
「まて……!」
盗賊団のボスが止めようとする。
しかし、静止の声は誰にも届かない。
「任せた」
「うん」
「さっさと終わらせてよね」
ノエルとアイラが襲い掛かってきた盗賊を押さえ付ける。
二人を前に出している間に、手に纏わりつかせた魔力を魔法に変換すると、手を中心に複雑な紋様の描かれた魔法陣が現れる。
「うわっ!?」
シルビアに頭を掴まれた若い盗賊が俺の方へ投げ飛ばされる。
まるで飛び込んでくるような形になったところへ拳と一緒に魔法陣を叩き込む。
「……かはっ」
若い盗賊が気絶する。
殴る力は最小限。しかし、魔法陣による効果が強すぎる為に意識を完全に手放してしまった。
思わず盗賊たち全員が動きを止めてしまう。
全員の意識が俺たちに向けられている状況で【隷属解除】を受けるところを見てしまったため呆気に取られてしまう。
だが、戦闘中に惚けるなど愚かなことだ。
すぐさま【隷属解除】の準備を終えると、近くにいた盗賊へ叩き込む。
「これで4人目」
周囲を見渡すと残りの人数を確認し憂鬱になる。
「今のところ【隷属解除】は有効だ。メリッサはきちんとけど、欠点は一人にしか使えないことだな」
メリッサが新しく開発した【隷属解除】。
隷属状態にある相手に解除する能力を持った魔法陣を叩きつけることで、掛けられた隷属魔法を完全に無効化することができる。
使い方次第では悪事にも応用することができる魔法だが、そういった使い方をするつもりはない。あくまでも無理矢理に隷属状態とさせられている者を解放する為の魔法でしかない。
欠点は複雑な魔法陣を描く必要があること。複雑であるため同時に複数の魔法陣を俺では描くことができない。
「メリッサなら同時に10や20も発動できるんだけどな」
残念ながら俺には同時発動させられるだけの魔法適性がなかった。
それでも【闇属性魔法】に分類される【隷属解除】を扱うだけの適正はあり、他のメンバーには適性がなかった。したがって【隷属解除】を使用することができるのは俺とメリッサだけになる。
「次です」
「おっと」
考え事をしているうちにシルビアが盗賊を投げ入れてくる。
無意識に【隷属解除】を発動させて叩き込むと、足元で二人の盗賊が重なって倒れることになる。
「おい、【隷属解除】はけっこう大変なんだぞ。俺の事を確認してから投げ入れてこい」
「ご、ごめんなさい」
咄嗟に頭を下げて謝るシルビア。
それでも、ちゃんと俺の手に【隷属解除】が準備されていることに気付いて3人目の盗賊を投げ入れてくる。
「文句を言うのはいいけど、この作業はあたしたちの方が大変なんだから」
同時に一つしか発動できない魔法。
しかも一人しかいないため押し寄せないよう留める者が必要になる。その役目を担うことになったアイラとノエルの方が負担は大きい。
「そう考えるなら、向こうとこっちはどっちが大変なんだろうな」
「さあ?」
一人で盗賊団の多くに【隷属解除】を使うことができるメリッサ。
彼女の隣には、使い魔を用いての索敵と足止めができる魔法を使えるイリスだけが同行している。
たった二人に盗賊団への攻撃。
それでも同時に多勢を相手にできるため二人でも問題なかった。
「ま、問題なくできているみたいだから大丈夫だろ」
少し前に二人とも盗賊を20人ほど無力化したと報告があった。
今は近隣の街へ拘束した盗賊を連れて行ってもらうよう頼み、迎えが来るまでの間に盗賊の見張りをしていた。
彼らも被害者だ。
だが、同時に加害者でもあるため判断の難しい対応をしなければならない。そして、判断を下すのは俺たちではない。だから盗賊を捕まえた時と同様の対応をする必要がある。
「て、てめぇら……本当に何者だ!?」
「残りは20人ぐらいか」
考え事をしながらでも問題なく盗賊を解放できるようになり、気付けば半数以上を無力化していた。
盗賊の誰もが怯え、逃げ出したい気持ちになっていた。
だが、逃げ出そうものならアイラとノエルによって真っ先に気絶させられる。
彼らが生き残るには戦って勝つしかない。
「そろそろいいか」
「な、にぃ……!?」
盗賊たちの間を縫ってボスの前に飛び込む。
「ここまで統率ご苦労」
理性で逃げても無駄だと分かっていたから逃げなかった。
それは、ボスという支柱がいたからだった。
「もう少し早く判断するべきだったな」
「……!?」
半数にまで減らされた段階で、ボスは気絶した仲間だけでなく起きている仲間も犠牲にして逃げ出す為の作戦を練ろうとしていた。
そんなことはさせない。
「一人も逃がすつもりはないけど、逃走に全力を出されると面倒だ。だから、ここで解放させてもらう」
「な、にを……」
【隷属解除】によって意識を完全に手放して倒れる。