第15話 女盗賊―後―
警備隊の詰所の地下にある牢。
そこで女盗賊が目を覚ます。
「目が覚めたか」
女盗賊の正面には起きるのを待っていた警備隊の隊長がいた。
意識を失っていた間に男性が近くにいたことを警戒し、相手の正体を探ろうと目付きを険しくして睨みつける。
同時に自分の置かれている状況を必死に探ろうと意識を周囲へ向ける。
「……っ!」
だが、地下牢の入り口近くにいる俺とアイラの姿を見つけた息を呑んで硬直させてしまう。
女盗賊と対するならアイラが打って付けだと側に置いていたが、どうやら正解だったようだ。
「自分の置かれている状況を少しは把握できたか?」
「……ああ」
「ここは地下牢だ。お前も含めて仲間は全員がここに捕らえられている。全員で協力すれば脱出することができるかもしれないが、それはおススメしないな」
「もちろんだ。あたしに逃げるつもりはない」
現状、仲間との意思疎通は取れていない。
それでも無謀な脱出を試みるほど愚か者ではないと信じることにした。
「私は警備隊隊長のバルガスという者だ。いくつか聞きたいことがある」
「仲間は無事なんだろうね」
「もちろん全員無事だ。私みたいな者の言葉を信じるかどうかはお前次第だが、仲間思いのリーダーなら信じて私の話にも素直に応えてくれるはずだ」
「あいつらに手を出したら許さないよ!」
女盗賊が吠える。
だが、拘束はされていないものの武器も取られてしまっている状況では吠えるのが限界だった。
なにより女盗賊にこれ以上の罪を重ねるつもりはない。
「分かっている。私たちは盗賊とは違って善良な警備隊だ。相手が盗賊であろうと危害を加えるつもりはない」
「……あたしたちだって、あんなことやりたくてやったわけじゃない」
女盗賊の呟きは静かな地下牢だったため聞こえてしまった。
「ジャニス。盗賊ではなく冒険者らしいな」
「それは……」
バルガスの手には冒険者カードが握られていた。
「悪いが身体検査はさせてもらった。ああ、お前たちを捕らえた冒険者から進言されていたから女性兵士にやってもらった」
「そう」
ジャニスの返事は素っ気ない。
「そんなことは冒険者になった時に捨てた」
そのようなことを気にしていては力を必要とされる冒険者の世界で生き残ることはできない。男に媚を売って寄生する女性冒険者もいるが、ジャニスはそんな生き方を選びたくはなかったようだ。
「ま、私としても重要な話じゃない」
重要なのは、ジャニスが冒険者だったということだ。
元冒険者で何らかの事情によって盗賊となった者、冒険者でありながらギルドを通さずに盗賊からの依頼を受けて協力している者はいる。
「名前が分かってから少し調べさせてもらった。フェルベスを拠点に活動していたAランク冒険者らしいな」
フェルベスというのはガルディス帝国の街の名前だ。
ただし、今はもう滅びてしまった都市だ。
「そうだね。けっこう大きな街だったから冒険者が多くて、女性冒険者をまとめる立場にいたよ。あの日までは……」
女性冒険者は男性冒険者に比べて下に見られる傾向がある。特に腕力を必要とされる近接武器を扱う者には傾向が強く、ハルバートを扱うジャニスも実力より下に見られることがあった。
そんな状況でも実績を積み上げ、周囲に実力を知らしめることで地位を確立し、いつしか他の女性冒険者から慕われるようになっていた。
気付けばジャニスを中心とした女性冒険者による徒党が組まれるほどだ。
だが、それもゼオンによってガルディス帝国が滅ぼるまでの話だ。あの日の出来事によってフェルベスは魔物に支配されるようになり、追い出されたジャニスたちも逃げ延び、魔物を狩ることで日々の糧を得る生活を送ることになった。
「あたしたちは、祖国が滅びた日から自由であることを失ったんだ」
逃げ延びたガルディス帝国所属の冒険者には二つの選択肢があった。
他国へと移動して何もない状態から始める。
ガルディス帝国だった場所に残って冒険者活動を続ける。
前者を選択すれば自由は残るが、逃げ延びることに必死だったため装備と最低限の手荷物以外に持っていない者が多かった。おまけに逃げ延びる際の戦闘で武器がボロボロになっているため再起するにも金が必要であり、簡単ではなかった。
後者を選択してそのまま残ることを選択した者には、グレンヴァルガ帝国から溢れた魔物を狩るよう依頼がされる。その際、武器を買い直したり、整備に必要な資金を国から支援してもらうことができた。武器が安物だったせいで、冒険者が死んで困るのは国の方だったからだ。
ジャニスはガルディス帝国に残ることを選択した。
「そこまで愛着がある訳じゃない。それでも困っている故郷を見過ごせるほど冷たい人間のつもりもない。魔物を狩ることで、あたしの力が役に立つって言うなら残ることにするよ」
実際、ジャニスに指揮された女性冒険者のおかげで魔物の襲撃を防げているのは事実だった。
「で、そんな人物がどうして盗賊なんてやっているんだ?」
滅びた祖国に協力してくれている立派な女性。
「そんなこと知らないよ!!」
ジャニスの言葉が地下牢に響き渡る。
それだけ本気だった。
「あたしだって、分からないんだ」
事情を知らないまま聞けば訳の分からない言葉。
だが、最初から事情を察した上で俺たちは戦闘を行った。
「どうやらあなたたちの言う通りみたいだ」
バルガスにもジャニスの本気は伝わっていた。
「ええ、俺たちは嘘を言っていません」
ジャニスの現状は把握することができていた。
ただし、どうしてそのような状態になっているのかまでは分からなかった。
だから事情を聞きたく尋問に同行させてもらった。
「あたしにも分かるように説明しな」
「ああ、すまなかった。お前たちと戦った彼らの予想ではあるが、どうやら何かしら洗脳に近い影響をお前たちは受けていたようだ」
「洗脳!?」
ジャニスが声を荒げる。
洗脳されていた、と聞いて驚かない者などいない。
「まず確認させてもらうが、盗賊行為に及んでいた時の記憶はあるか?」
「……ある」
「なら、洗脳はお前の意思を縛って操るような類ではない」
洗脳と言っても相手を思いのままに操るのは難しい。それがジャニスのように名の知れた冒険者で、強いのなら猶更だ。
「おそらくは心のどこかにある意思を後押しするようなものだ」
「それで、どうして……」
「グレンヴァルガ帝国のことを憎んでいたんじゃないか?」
「……そうだね」
あっさりとジャニスが認めた。
ガルディス帝国の崩壊時に支援を受けることはできたが、その支援の返金。さらには避難民の支援とガルディス帝国の復興に報酬の大半が回されていた。
おかげでジャニスたち冒険者はギリギリの生活を余儀なくされていた。
だが、今の境遇に文句でも言おうものなら支援を受けたことを理由にして追い詰められることになる。
彼女たちはグレンヴァルガ帝国に従うしかなかった。
「不満を持っているのはあたしたちだけじゃない。あの国にいる多くの冒険者が不満を持ってるんだよ」
ジャニスたちは、不満を抱く心を衝かれてしまった。
不満を増幅された結果、グレンヴァルガ帝国が相手ならば襲って奪い取ってもいい、などという考えを持つようになった。
それが気付けば盗賊になっていた理由だった。
「あなたたちが気付いてくれたおかげで助かりました」
事情も分からずに尋問をすれば話がちぐはぐになるところだった。
「ウチには優秀な魔法使いがいますからね」
最初に気付いたのはメリッサだった。
盗賊の姿を目にした時、ジャニスたちにも【隷属魔法】に似た力が作用していることに気付いた。
殲滅してしまうことは簡単だったが、ただ殲滅するだけでは事態の解決にはならない。
「こっちも引き受けた依頼の続きみたいなものです。解決したと思っていた依頼は終わっていなかった」
魔法道具によって誘拐した人々を従順な奴隷に変えるだけでなく、仲間にもしていた盗賊。
彼らを捕らえることには成功したが、まだ完全には問題が解決した訳ではなかった。