第12話 絶えない盗賊被害
――10日後。
再びサンクンド家の屋敷を訪れていた。
「今回は本当にありがとうございました。貴方たちのおかげで娘だけでなくメイドや護衛も無事に帰って来ることができました」
「ありがとうございました」
応接室のソファに座ったアシルが頭を下げれば、誘拐されていたリタも頭を下げた。今回は直接お礼を言いたいということでリタも同席していた。
「こちらも仕事で助けただけですからお礼を言われるほどのことではありません」
「それでも娘を助けてくれた父親として礼を言わせてほしい」
盗賊のアジトを襲撃してから10日。
それだけの時間が経過してからサンクンド家を訪れたのには理由がある。
「助けた人たちは無事ですか?」
魔法道具を壊したことで、奴隷商にいた魔法道具によって隷属させられた者たちが正気を取り戻した。他にも売られた奴隷が正気を取り戻すこととなった。
厄介なのは正気を取り戻した者たちが錯乱していることだ。
どんな命令をしても従順。中には非人道的な命令をしていた者がおり、正気を取り戻した瞬間に殺されてしまった者もいる。
正気を取り戻したことによる錯乱。
事情は周知されているため、今も錯乱している者は帝国が保護して、最も近くにある大きな都市であるサンクンドにいる。
「たった数日なのに随分と酷い目に遭っていたようで、正気を取り戻して数日が経つのに錯乱することがあるみたいです」
鎮静薬がなければ情緒不安定になってしまう。
彼女たちを治す為に必要なのは時間だ。
「できれば……」
「さすがにそういった状態の人を治す術はありません」
縋るような目を向けてきたため断る。
魔法で精神を壊すのは簡単だが、精神は肉体ほど修復が簡単ではない。少しでも繋ぎ方を失敗すれば、二度と修復が不可能なほどに壊してしまう危険がある。
それほど脆いのが精神だ。
「盗賊団に加えられていた人たちはどうなりました?」
奴隷として売られた人たちよりも、洗脳されて無理やり盗賊の手伝いをさせられていた人たちの方が心配だ。
奴隷は明確な被害者だと判断することができる。
だが、盗賊団で活動させられていた者たちは、隷属させられていたとしても犯罪に加担してしまった。罪の意識による精神的なダメージは彼らの方が強い。中には襲ってしまった者を思って自殺してしまった者までいる。
「最初の自殺者を出してからは監視するつもりで保護している。彼らの境遇を思えば、そのまま断罪する訳にもいかない」
ただし、隷属させられた間に襲われた被害者は実際にいる。
どちらも被害者だからこそ判断を下す領主として苦悩させられていた。
「助けた者として彼らの事がちょっと気になったので寄らせてもらいましたが、その辺の判断はお任せしますよ」
椅子から立ち上がる。
「もう帰るのですか?」
すると、リタが寂しそうな眼を向けてきた。盗賊から解放されて親の元へ帰ってきたとはいえ、捕まっていた事がトラウマになっていた。
「依頼が終わったなら次の依頼を探さないといけないんだ。これが冒険者の辛いところだな」
常に仕事がある訳ではない。ランクを上げてしまったがために引き受ける依頼も高額な報酬を必要とする依頼になる。
仕事につながる情報を集める為にも帰る必要がある。
「失礼します」
しかし、帰ろうとした足が部屋に入ってきた執事によって止められる。
「何の用だ?」
来客中であることは屋敷の人間なら知っている。
対応を中断させたとなれば執事としては大失態もいいところだ。
「急ぎ報告した方がいいと思い、失礼させていただきました」
「……今がどういう状況なのか分かるだろ」
「はい。彼にも聞いていただいた方がいいかと思います」
緊急事態なら領主の判断を仰ぐことはある。
だが、冒険者である俺に聞かせる必要のある理由が分からない。
「まずは、こちらを確認してください」
執事は何枚もの紙を抱えており、アシルに1枚の紙が渡される。
「これは昨日の報告書だな」
領主が現場で直接動くことは稀だ。そのため現場の責任者からその日の報告書が届けられ、領主が全体の責任者として裁可を下す。
執事から渡されたのも前日に判断した報告書だった。
「盗賊被害がどうかしたのか?」
報告は盗賊の被害を訴えるものだった。
領地の治安を維持するのは領主の役割だ。なので盗賊の被害に遭えば領主に陳情が届く。
どこの街でも起こっている普通の事。サンクンドのように栄えた土地なら、騎士団による治安維持が行き届かない場所があってもおかしくない。
「では、こちらが今日の午前中に届いた報告書です」
「これは--」
渡されたのは複数の報告書。
アシルが表情を険しくしながら報告書を読み終えると、俺の方を見てきた。
どうやら執事が言ったように俺の力を頼らなければならない状況のようだ。
「何かありましたか?」
「これを見てほしい」
「俺みたいな部外者が見ていいんですか?」
「構わない。依頼を引き受けてもらえるなら、どうせ後で見せることになる物だ」
「失礼します」
渡された報告書を確認する。
簡単に目を通すだけで何を問題にしているのかが分かった。
「本当に今日の午前だけで届けられた報告なんですね」
「少なくとも被害にあった日時に誤りはないとの事です」
俺の質問に執事が答える。
渡された報告書は全て盗賊被害による陳情だった。
「……これは厄介ですね」
「そうだろう。一日に5件も被害が出るなんてあり得ない」
「そういう認識でいるなら改めた方がいいです」
「なに……?」
訝しんだ目でアシルが見てくる。
だが、事態はそこまで単純ではない。
「最初の被害が報告された時、領主として放置することにしたんですね」
「……放置せざるを得なかった」
今のサンクンドは奴隷の騒ぎによってバタバタしている。とてもではないが、あり触れた盗賊事件に対処している余裕などなかった。
「陳情によれば数十人に襲われたとあります」
最新の報告書にも似た容姿の相手が報告されているため同一の盗賊であることは間違いないだろう。
だが、他の3件が問題だった。
「ほぼ同時刻に別々の場所で数十人の盗賊に襲われています」
西、北西、北東。
距離的に同一集団による襲撃は不可能だ。
「仮に一つの盗賊団を二十人ほどによる集団だとしましょう。そんな集団が最低でも4つあるんです。もしかしたら5つ以上あるかもしれません。そんな規模の盗賊を相手に騎士団だけで対応することができますか?」
「それは……」
騒ぎに追われて対応することができず、落ち着くまで放置する決定を下した。
「俺たちに盗賊討伐を依頼したい、そういうことですね」
「その通りです」
執事が俺を同席させた意図は分かった。
問題は領主であるアシルが判断を下せるかどうかだ。
「分かった。領民の安全には代えられない」
アシルが良識的な領主でよかった。
だからこそ俺も常識的な冒険者でいられる。
「報酬はどうしますか?」
俺たちを雇うとなると破格の報酬が必要となる。
「皇帝陛下と同じ条件を受け入れる。近隣の領主にも納得させる」
「ありがとうございます」
リオからは盗賊が貯め込んでいた財宝を回収したままにしていいことを条件に依頼を引き受けていた。
同様に盗賊のアジトにある財宝は全て俺たちの物となる。
ソファから立ち上がって部屋の扉へ向かう。
「まあ、報酬に関してはあまり期待していないですけどね」
最近になって頭角を現した盗賊なら貯め込んでいるはずもない。
ただ無償で動いている訳ではない確約が欲しかった。
「――全員集合」