第10話 【時抜け】
地面に倒れた盗賊を鎖で縛る。数時間は起きないだろうが、起きた後で近くの街まで連れて行く必要があり、寝ている間に作業を終わらせる。
「で、本当に大丈夫なんだろうな」
「心配性ですね。【時抜け】を使えるようになって何年が経過したと思っているんですか」
シルビアの特殊スキル――【時抜け】。
【壁抜け】を強化したようなスキルで、使用することによって【世界】と同じように時間が停止した世界を自由に動くことができるようになる。
最大でシルビアの体感で10秒間。
時間が停止している為、止まった世界の中で敵を倒すことはできない。しかし、衝撃やダメージを蓄積させておくことができる。
同時に壁へ叩きつけられた二人の盗賊は、止まった世界の中でシルビアに蹴られたことで衝撃だけが蓄積し、スキルを解除した瞬間に吹き飛ばされたため同時に叩きつけられた。
回避を許さない速さの極致とも言えるスキル。
それほど強力なスキルだからこそ代償は存在する。スキルを使っている時間が長ければ長いほど魔力の消耗は大きい。
慣れれば消耗も抑えられる。最初の頃は、10秒停止させるだけでも倒れる寸前まで魔力を消耗していた。
今でこそ余裕があるから魔力が万全にあれば数分程度の時間停止は可能だ。
「この程度の盗賊を相手にわたしが苦戦すると思っているんですか?」
「そうだよな」
無理をしている風ではない。
シルビアの状態を確認して安心すると、地面に押さえつけられた盗賊団のボスを見る。
暴れようとするボスだったが、シルビアの手によって拘束されていた。
「クソッ、お前ら何者だ?」
「皇帝から依頼を受けた冒険者だ」
「なに……? テメェらがあの有名なグレンヴァルガ皇帝の懐刀か」
「そういう風に認識されているのか」
実際には俺たちでないと手に負えないような依頼を押し付けられているだけで、こちらも報酬がいいから率先して引き受けているだけに過ぎないだけの関係だ。
だが、事情を知らない者が知れば難しい依頼を引き受ける専属の冒険者のように見えなくもなかった。
「さ、そろそろお前が持っている魔法道具を渡してもらおうか」
「……なんの事だ?」
「惚けたって無駄だ」
「あっ!?」
拘束されている盗賊には何もできない。
胸ポケットを探るとペンに似た形をした魔法道具を見つけた。
「どうして、それだって……」
「冒険者なんだから事前に情報は調べるさ」
実際にはリタから聞いてどのような魔法道具を使用して他者を変えてしまうのか知っていただけだ。
「ペンじゃなくて印章だったか」
魔法道具の先端はペンのように細くなってはおらず、丸く平べったくなっており押すことができるようになっている。
「おい、それは……!!」
慌てている様子から、この印章型の魔法道具が捕らえた人々を洗脳していた魔法道具で間違いない。
魔法道具をイリスへ投げ渡す。しばらく眺めていたイリスだったが、印章型の魔法道具に魔力を通して盗賊団のボスの胸へ近付ける。
ビクッ!
ボスが異様なほど怯える。
「やっぱり。これを胸に押し付けることで魂に特殊な【隷属魔法】の魔法陣が刻印されて主だと定められた相手に従属するようになっている」
俺たちがボスに対して使用すればボスを隷属することもできる。
少しでも間違って他者の手に渡れば今度は自分が強制的に隷属させられてしまうかもしれない危険な魔法道具。
「た、頼むッ……! それを近付けないでくれ!!」
「だったら質問に答えろ」
「は……はい!!」
どうしても聞き出さなければならないことがある。
「これをどこで手に入れた?」
「イルカイト……そんな風に呼ばれていた街があった場所だ」
「あそこには何もないはずだ」
かつては迷宮があったおかげで栄えていたイルカイト。
だが、ゼオンによって迷宮が使い捨てにされたせいで暴走し、溢れ出した魔物によって街は廃墟と化してしまった。
そして迷宮が暴走したことで、迷宮内にあった多くの財宝が迷宮のあった場所の周囲にばら撒かれることとなった。
そんな物を資金に困っていた俺たちが放置するはずない。
暇を見つけてはイルカイトを訪れて魔法道具は回収した。幸いにしてイルカイトまでに危険な魔物が蔓延っているため俺たち以外に迷宮だった場所を訪れる人は限られていた。
だが、5年もの月日が経過すれば何かしらの抜け道を見つける者が現れる。
「た、頼むっ……! それを俺に使うのだけは止めてくれ」
「お前は今までこれを使って悪さをしてきたんだろう。同じように懇願してきた人の頼みを聞いたのか」
「それは……」
リタを怯えさせる為だけにメイドや護衛に魔法道具を使うところを見せた。
貴族令嬢だったリタは気丈に耐えていたが、メイドの中には自意識を失う同僚を見て、泣き出して懇願する者までいた。
「そこまで言うなら勘弁してやる」
人の自意識を奪うなど気分が悪い。
よほどの必要があった場合ぐらいしか頼るつもりはない。
「たすかった……」
安堵の息を漏らすボス。
「ただし、隷属させられた人々は解放させてもらう」
「は……?」
全員を解放する方法は簡単だ。
――バキッ!!
俺の手の中で魔法道具が粉々に砕ける。
「な、何をしやがるんだ!!」
ボスは即座にこれから何が起こるのか理解した。
拘束されていた男たちが意識を失ってバタバタと倒れる。
意識を失っている間に拘束を解き、しばらくして起き上がるとボスの方へと歩み寄る。
「この野郎……!」
「よくもやってくれたな!」
「娘はどこにいるんだ!?」
魔法道具が破壊されたことにより、男たちの魂に刻まれていた刻印も同時に破壊されることとなった。
正気を取り戻したが、今は怒りや憎しみに囚われていた。
殴る、蹴るといった暴力が浴びせられる。
「ま、待ってくれ……」
「うるせぇ!!」
ボスだけではない。 一緒に逃げようとした二人の盗賊も襲われている。
このままだと本当に死んでしまう。
「助けてほしいか?」
「……! あ、ああ……!」
必死に助けを求めていたボスには暴力の嵐の渦中にいても俺の声が聞こえた。
「なら、これからは心を入れ替えて協力するんだな」
「も、もちろん……ぐふっ!」
約束は得られた。
仲間と視線だけで打ち合わせ、憎しみに囚われた男たちを【迷宮魔法】で次々に眠らせていく。
あんな状態の人間に静止の言葉を掛けたところで意味がない。
なら、今のところは強制的にでも眠らせておくしかなかった。
「見れば分かると思うけど、この人たちは俺たちの魔法で眠らせた。だから、起こすのも簡単だ」
少し脅してやれば首を何度も振る。
魔法道具に頼らなくても従順にさせることなど簡単だ。
「さて、これでの仕事は終わりだな」
「そうですね」
シルビアは同意してくれたが、依頼は完全な終わりではない。
隷属させられていた奴隷は魔法道具による従属状態から解放されたが、奴隷の身分から解放された訳ではない。大金を払って購入した奴隷が強制的な従属だったとしても、事情を説明したところで奴隷の主が解放してくれるはずがない。
「大丈夫だ。全員を解放するところまで付き合うつもりだ」
「お願いします。何も責任がないのに従属させられるなんて可哀想です」
グレンヴァルガ帝国で奴隷の所有は認められている。
しかし、それは国から認められた奴隷商人から、借金や犯罪による奴隷を購入した場合に限られる。
盗賊によって誘拐された奴隷などの場合は、早急な返還と違法な扱いをしていた場合には慰謝料の支払いが要求される。その要求を拒んだ場合は国による捜査が行われるため協力せざるを得ない。
俺たちには皇帝からの依頼書がある。
奴隷の所有者たちは協力しない訳にはいかない。
「今のこいつなら、どの奴隷商人に売ったのか正直に答えてくれるだろうよ」