第6話 サンクンド
「ようこそ、お越しくださいました」
着慣れたスーツに身を包んだ男性が頭を下げる。
場所は貴族の邸宅にある応接室。急な来訪にも関わらず、客が冒険者であっても通してくれた。
明らかに冒険者に対する態度ではない。
一瞬、不思議に思ったもののグレンヴァルガ帝国における俺の立場を考えて納得した。
「冒険者のマルスです。急な来訪にもかかわらず時間を作っていただきまして、ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください。貴方は常識を弁えた冒険者だと聞いています。そんな方が急に来たのですから、何か急ぎの用事があったのでしょう?」
落ち着いて対応する貴族。
だが、内心ではソワソワしているのが分かり、その事情も察している。
アシル・サンクンド。
グレンヴァルガ帝国の北部にある小さな領地を治める男爵家の領主で、一人の息子と三人の娘がいる。息子は帝都の学校で当主を継ぐため勉強しており、長女は近くの貴族に嫁いでいて、末の娘は幼いため屋敷で生活している。
皇帝と知り合いであるため、貴族の簡単な情報程度なら問い合わせれば教えてもらうことができる。
「会わせたい人がいるため今日は連れて来ました」
「……まさか!?」
「残念ですが、その人ではないです」
コンコン、と応接室の扉がノックされる。
許可を得て入って来たのはシルビアと彼女に連れられてきたフレアだ。
「……! 彼女は、当家のメイドですか!?」
人間を相手に【鑑定】を使用すると相手の職業も覗くことができる。ただし、現在の職業を覗くことができるだけで、過去にどのような仕事をしていたかまで覗くことはできない。
フレアを【鑑定】した時も『奴隷』とだけ表示されていた。
通常では表示されることのない情報まで覗くことのできる【迷宮魔法:鑑定】だったから、奴隷になる前のフレアが何をしていたのか知ることができた。
「やはりサンクンド家のメイドで間違いないんですね」
「おい、何があった!?」
質問に答えることなく、慌てて駆け寄ると肩を掴んでフレアを問い詰める。
しかし、フレアは元主であるにもかかわらずアシルに反応することなく、現主である俺に顔を向けて命令を待っていた。
「いったい……」
フレアの様子にアシルもようやく不審に思う。
「彼女は一昨日まで奴隷だったんですよ」
そこでフレアをどのような経緯で見つけたのか、迷宮に関する事実を伏せた上で教えた。
肝心な部分が抜けているせいで腑に落ちない部分はあるものの、ここ数日の心配事に関係しているため気にしている余裕はない。
「娘は……無事なのでしょうか!?」
サンクンド家の次女――リタ。
1週間前に近くの領地を治める貴族が主催するパーティーに参加するため、護衛とメイドを連れて馬車で出かけた。
だが、パーティーを終えて帰ったところまでは確認されたが、その後の足取りを掴むことができず、行方不明となっていた。
「サンクンド男爵は、最近の北部で有名な奴隷についてご存知でしょうか?」
「いえ……」
奴隷を購入するとなると相応の資金が必要になる。
金持ちの商人や貴族。冒険者も共に戦う仲間を奴隷に求めることはある。彼らも購入できるだけの余裕があったとしても、目的もなく購入することはない。
男爵家では、奴隷を必要とするほどの事がなかった。
「少し前から主に忠実な奴隷が奴隷商に出回るようになりました。俺たちは皇帝から依頼を受けて、その奴隷について調査するよう頼まれています」
宮廷魔導士の調査によって既に奴隷のいる都市を探し、そこの奴隷商でフレアを見つけたことを伝えると頭を抱えた。
「まさか、ダレスデンですか」
奴隷商のあった都市ダレスデン。
都市を治めるダレスデン伯爵は、サンクンド家の寄親で今回のような非常事態には頼っていた。行方不明になったことが判明した時点で事情を説明していた。
ダレスデン伯爵家が事情を知っていて嘘の報告をしたのか、それとも何も知らなかったのかは分からない。
「彼女は、何らかの魔法道具によって今のような状態にさせられています」
「はい」
「こんな状態から解放する為にも、またお嬢さんを見つける為にも協力してほしいんです」
「私にできる事でしたら、何でもしましょう」
サンクンド男爵も娘の命が関わっているとあって本気で取り組んでくれる。
テーブルの上に地図を広げる。
「まず、パーティーのあった街を教えてください」
その帰り道で襲われたことまでは判明している。
「こちらです」
そこは川が近いこともあって運送業で栄えた街――リフォルスだった。
フレアたちメイドは自分たちがどこへ向かっているのか場所どころか街の名前すら知っていなかった。知っていたのは、彼女たちを統率する立場にいた執事のみ。その執事も奴隷として見つかっていないため行方不明のままだ。
「リフォルスからサンクンドまで戻って来るとしたら、どのようなルートを通ることになりますか?」
「平常時ですと――」
普段と変わらない様子だった。
そこへ突如として盗賊の襲撃があり、全員が捕まることとなってしまった。
ルートについて知らないメイドだったため襲われた場所が分からなかったが、緊急時でもなかったのなら当初に想定されていたルートを通り、どこかで襲撃を受けた可能性が高い。
「――このようになります」
地図で示されれば分かりやすい。
「なるほど」
襲撃を受けた場所の近くに洞窟のアジトがある。
アジトへと連れ込まれたフレアは、そこで魔法道具による洗脳を受けることとなった。
ルートを知っただけでは襲撃地点を絞り込むのは難しい。
だが、近くに洞窟のある場所で絞り込めれば範囲は限定される。
「範囲は理解できたな」
『はい』
「ここからは二組に分かれて探すぞ」
リフォルスとサンクンドの間のどこかで襲撃されたのは間違いない。
俺はシルビアとイリスを連れてサンクンド側から探す。
「盗賊を探すついでです。お嬢さんの行方も可能なら探すことにします」
「お、お願いします! この1週間ずっと探していましたが、どれだけ手を尽くしても見つからないんです!」
サンクンド男爵が必死に縋り付いてくる。
行方不明になった娘を心配する父親の気持ちは分かる。けれども、同時に心のどこかで現実を冷めて見ている自分がいることにも気付いていた。
行方不明から1週間。
同時に連れ去られたフレアが奴隷商に引き渡されていた。
なら、リタが無事でいる可能性は低い。
未だに盗賊の所にいるのか、それともどこかの奴隷商に引き渡されているのかは分からない。
「盗賊を捕らえることができれば手掛かりぐらいは掴めるはずです」
「お願いします!」