第5話 奴隷の素性
迷宮地下50階。
人が来ることのない階層へと移動した。
「やっぱり異常だな」
迷宮へ帰還する為に繋いでいた手を放す。
奴隷たちは無反応のまま主からの命令を待っている。普通なら、いきなり景色が変わったのだから驚いてもいいところだ。
「まず、契約方法の上書きをさせてもらおう」
迷宮との間にも契約を結ぶ。
使用するスキルは――【調教】。
魔物向けのスキルだが、人間に使用することも可能だ。ただし、人間に使用する場合には相手が自分から望んでいなければスキルは発動しない。
スキルの発動率もそうだが、人の意思を無視することができるスキルが気に入らなかったため使用したことはなかった。
「……成功するんだな」
スキルが成功したことで奴隷が迷宮の管理下となる。
「私たちは何をすればよろしいですか?」
「もう、終わったようなものだ」
「は?」
いつまで経っても命令されない。
俺の言葉に困惑しているが、こっちも困り果てていた。
「どう思う?」
「【鑑定】の通りだと思う」
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名前:フレア
年齢:18歳
職業:奴隷
性別:女
レベル:4
体力:52
筋力:29
敏捷:30
魔力:12
スキル:【裁縫】【料理】【掃除】
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初めて会った頃のシルビアを彷彿とさせるステータスにほっこりする。
一般的なステータスに、家事に特化したスキルを所持している。
他の二人も似たようなステータスとスキルだ。
「奴隷になる前は何をしていたんだ?」
「……」
質問しても答えてくれない。
主に忠実な奴隷としてはおかしい。
「スリーサイズは?」
「上から……」
「ご主人様?」
シルビアがフレアの口を咄嗟に閉じる。
「何を質問しているんだ?」と目力だけで尋ねていた。
「どうやら過去の事は詮索できないようになっているみたいだな」
「だからと言ってスリーサイズなんて聞かないでください」
「悪かったよ」
シルビアが拗ねる前に今の状態を解除することにする。
情報を聞き出すにしても俺たちが聞きたいのは制限されている部分になる。
「さて、人間相手にやるのは気が引けるけどやるしかない」
ステータスを覗いた【鑑定】を深く使用する。
普通の【鑑定】では知ることのできない情報も【迷宮魔法:鑑定】なら覗くことができる。
「――あった!」
魂の深い場所に刻まれた情報を見つけた。
そこにあったのは【隷属】のスキルを刻んだ紋様。この紋様を刻まれた者は、主に対して絶対服従となる。たとえ、【隷属】によって主が変えられたとしても、新たな主に忠誠を誓う。
あまりに深すぎる場所にある紋様。
覗いているだけで汗が流れてくる。
「……解除!」
スキルを停止する。
これ以上の深淵を覗くのは危険だ。
「まず、この状態を俺たちで解除するのは不可能だ」
「そんな……!」
正確には安全に解除するのが不可能だった。
魂に刻み込まれているため、魂も一緒に傷ついてしまうのを覚悟で削れば解除することも可能かもしれないが、成功率すら分からない賭けに出るつもりはない。
失敗は、そのまま奴隷の死を意味している。
「賭けに出てみるか?」
「……止めておきましょう」
脅すつもりで尋ねればシルビアも強情には出られない。万が一にも死んでしまった場合には目も当てられない。
「では、彼女たちはずっとこのままなのでしょうか?」
「方法がない訳じゃない」
【迷宮魔法:鑑定】だからこそ知ることのできた事実がある。
「まず、彼女たちは貴族に仕えていたメイドだ」
お嬢様と一緒に外出していたところを盗賊に襲われて捕まってしまった。
幸いにして盗賊たちは奴隷として売ることを目的にしており、捕まった後で酷い目に遭うことはなかった。
「今の状態は魔法道具によって施されたものだ」
先端の尖ったペンのような物を胸の前に置かれて動かされているうちに意識を完全に手放してしまった。
読み取ることができたのは、そこまで。
それより先は鎖されていて何も読み取ることができなかった。
「あれ……? 【迷宮魔法:鑑定】は情報を読み取ることができるスキルですから本人の意識の有無なんて関係ないんじゃないですか?」
「その辺の対策も万全だったんだ。奴隷になってからは、何も情報が残らないようにされている」
魔法道具を使用されて以降の情報を掴むことはできなかった。
だが、それ以前の情報なら掴むことができた。
「他の二人も覗いてみよう」
フレアと似たようなステータスで、特別なところは何もない。
二人ともフレアと同じく貴族に仕えていたメイドだ。
「どこの誰なのかは分かった。明後日に彼女たちの元主人に会ってこよう」
移動を考えると全力で走っても明後日になってしまう。
「それまで我慢してもらうしかないですね」
「……何か命令を与えた方がいいかもしれない」
「どうして?」
イリスの提案に首を傾げる。
奴隷だったフレアたち3人を購入したのは、問題なく迷宮まで連れてくる必要があったからだ。
主人として命令する予定はなかった。
「彼女たち、命令がないと最低限の事しかしない」
生きる為に食事を摂り、体に溜まれば排泄も行う。
そんな生命を維持する為に必要な最低限度の行動だけを行い、命令を待ち続けている。
この状態で放置するのは問題だ。
「シルビア、屋敷に連れて行っていいからしばらくはウチで面倒を見る」
「分かりました。適当に仕事を割り振ることにします」
子供たちの面倒を見させるのは今の状態では危険なところがあるが、人数が多いため仕事はたくさんある。
「今後はシルビアの指示に従え」
命令すると3人が同時に頷く。
まるで人形を相手にしているかのような反応に疲れてしまう。
「じゃあ頼んだ」
「はい」
3人を連れてシルビアが屋敷へ消える。
「はあ、面倒な事になったな」
「そうかな?」
「命令を与えるのなんて性に合わないんだよ」
元々が辺境の小さな村で生まれ育った平民であるため命令するような立場になるなど想像もしていなかった。
「私たちがいるのに?」
「俺がまともな命令をしたことがあったか?」
「ある」
それも数えられるぐらいのことだ。
イリスも回数について分かっていて答えている。
「とはいえ、世の中には命令がないと動けない人だっている。彼女たちの場合は、元々の性格とは違うけど命令されないといけない人間になっただけの話。彼女たちを助けると思って、仕事を命令してあげて」
「彼女たちを元に戻すまでの話だ。それまでは引き受けてやるよ」