第28話 夢から覚めて
テーブルにメイドがカップを置く。
場所はウィンキア城。大聖堂は早朝に起こった騒動で避難して来た人たちで溢れており、『聖女』でも安全な場所を確保できないほどの混乱に包まれていた。そこで王女であるため城のテラスを借りさせてもらった。
テラスを借りてお茶を飲ませてもらう。
今回の騒動の総責任者であるミシュリナさんから呼び出しを受け、こうして説明するため訪れていた。
「それで夢魔は倒されたのですか?」
「うん。間違いなく死んでいる」
最期を確認したノエルが頷く。
渾身の一撃。さらには残された力まで女神セレスに奪われてしまったため復活の心配もない。
「それにしても女神の登場ですか」
「すいません。俺たちも彼女の存在を忘れていました」
申し訳なく頭を下げる。
当事者である俺たちは彼女の存在を予期しておくべきだった。
「いえ、そもそも神という存在が特定の人物に味方すること自体が異常なのです」
たしかにその通りだ。神は人間の『想い』や『功績』、『事象』そのものが具象化した存在である。そのため『個人』を超越しているので特定の誰かに味方するなど本来ならあり得ない。
例外があるとすれば『巫女』だ。
「もしかしたら彼女はゼオンの味方をしている訳じゃないのかも」
「え、でもゼオンを復活させる気があるように思えたぞ」
「ゼオンは復活させる。けど、それが『巫女』であるキリエの復活に繋がるなら協力するのも頷けるの」
同じく『巫女』であるノエルには、自分と同じように女神が『巫女』に対して積極的に協力しているように思えている。
「それは同感ですね」
ノエルの口からティシュア様の言葉が紡がれる。
「彼女は神の中でも特殊で、私と似たような立場にいます」
本来の神格を剥奪され、誤ったまま信仰されていた。そこをキリエが正しく降神することに成功して本来の姿を取り戻すことができた。
そんな彼女が自分と同じだと言うティシュア様。
「そうでしょう。今の私は神を名乗れません」
「いや、まあ……」
そうだろう。
ノエルの体を借りて会話をしているせいで分かり難いが、お昼ご飯を食べている子供たちの世話を一生懸命にしている。
とても神らしい威厳は見受けられない。
「結局、彼女の目的は大量の魔力を得ることだったのでしょうか?」
「目的の一つなのは間違いない」
夢の世界を構成していた魔力を全て掻っ攫っていった。
いったい何に利用するつもりなのか見当もつかないが、膨大な魔力が使われる事実だけで危険だ。
「あいつは今後も俺たちが追います」
放置すればゼオンの復活に繋がる危険がある。
前回は【世界】という切り札で意表を衝くことができたから倒すことができたが、次も同じようにできるとは思えない。
「お任せします。もう『聖女』の手に余る事態になっています」
一国を代表にも等しい人物から頼み事をされるような立場になってしまった。
依頼を引き受けるだけなら冒険者をしていれば不自然ではない。だが、今回は依頼とは全く関係ないところで動いて感謝までされた。
「父も今回の件は感謝しておりました」
公王から感謝されてしまった。
肝心の本人は夢によって混乱している首都を鎮めるため駆け回っている最中らしい。もう高齢のはずだが、今でも現役で動いている。
「街はひどく混乱しています」
「でしょうね」
大量の海月が現れたため街はあちこちで建物が崩れてしまっていた。
物理的に夢への変化を与えることのできる夢魔の使い魔だった悪魔の海月。建物の壁や柱が溶かされてしまったせいで崩れた建物が多い。今は無事な建物も見えない所が溶かされている可能性があるため重点的な検査が必要になる。
眠ったままとは違う明確な爪痕が残されている。
幸いにして夢魔の消滅と共に全ての悪魔の海月も消えていた。
「いえ、物的な損害も酷いですが……それ以上に精神的な被害によって苦しんでいる人が多いんです」
「精神的?」
普通の夢とは違い、夢から覚めた後も夢を見させられていた間に現実でどのような行動をしたのか覚えている。
心根の優しい人たちは自分の過激な発言を思い出して心を痛めているとの事だ。
「詳しい事情を知っていたのでロレンという少年の知り合いには話を聞きに行ったのですが、壊れた屋台を前にして意気消沈していました。最初は自分の屋台が壊されたことにショックを受けていたのかと思ったのですが、どうやら屋台を前にするとロレン君との出来事を思い出してしまうようです」
もう来てくれないだろう。
ぶつけようのない後悔に苛まれていたが、こればかりは自分でどうにかしてもらうしかない。
「中でも最も酷いのが言い争いをしてしまった者たちらしいです」
お互いに夢を見させられたせいだと理解はしている。
しかし、言い争いの中で生じてしまった感情は簡単に飲み込めるものではなく、表面上は手を取り合っていたとしても不満を溜め込んでしまっている。
夢を見る時間は終わった。
解放されたからこそ人は現実の中で生きていかなければならない。
「本当に、本当に面倒な土産を置いていってくれましたよ」
『聖女』であるミシュリナさんは、そういった面倒事の解決も引き受けなければならない。関わっている最中は真剣な顔で対応しているが、いざ人が見ていない場所になれば溜息を吐いて不満を述べずにはいられなかった。
「まあ。封印を気にしなくなったのは本当に大助かりですけど……」
定期的に封印の状態を確認しなければならないのも負担になっていた。
「いっそ他の封印されている魔物も倒してもらいましょう!」
名案だとばかりに椅子から立ち上がる。
当時の戦力では倒し切ることができず、封印する以外に術のなかった相手でも俺たちなら倒すことができるかもしれない。
ただし、倒せる保障はできない。
「その時は報酬を出してもらいますよ」
「え……」
「今回は俺たちが率先して動いたから無料で倒しましたけど、冒険者に魔物討伐を『お願いする』というのがどういうことなのか理解しているでしょう」
相手が相手なだけに国家予算が必要になる。
現状を維持するだけでどうにかなるのだから許可が出るはずない。
「そうでした。このまま忙しいと私の結婚はいつになるんでしょうか?」
「え、ミシュリナ結婚するの!?」
そんな事は聞いていなかったため忙しさから机に突っ伏してしまったミシュリナさんとは対照的にノエルが……女性陣がキラキラと輝いた笑みを浮かべている。
「いえ、縁談自体はありますが、立場がありますから簡単には進まないんです」
「なんだ……」
「ま、リエルちゃんやノナちゃんを見ていたらそろそろ私も子供が欲しくなっただけです。今度は子供たちを連れて遊びに来てください」
「そうですね。落ち着いた頃に遊びに来ます」
そっと視線をミシュリナさんの後ろへ向ける。
「えっと……」
そこには笑顔のクラウディアさんが立っていた。ただし、目が全く笑っていない。
「ミシュリナ様。そろそろ休憩は終わりでよろしいですか?」
「休憩なんかじゃない。彼らから話を聞くのは立派な『聖女』としての仕事なんです」
「事情を聞くだけなら私でもできます。ミシュリナ様が眠っている間に『聖女』としてやらなければならない仕事がどれだけ溜まっていると思っているんですか」
「え、でもクラウディアが影武者としてやってくれていたんじゃ……」
「『聖女』の奇跡が必要な仕事まで代行できる訳がないではないですか」
休憩がてら話を聞かせてください、と誘われていた。だが、どうやら身の回りの世話をしてくれるクラウディアさんの許可を得ずに休憩してしまっていたらしい。
「しばらくは休暇なんてないと思って下さい」
「え!? そろそろ引退とか考えていたんだけど……」
「次の『聖女』も決まっていないのに不可能です」
「うぅ」
結局、クラウディアさんに引っ張られて仕事へ戻されるミシュリナさん。
「こんなに忙しいなら夢の中にいたかったよ」
朝になって夢を見るのが終われば現実で生きなければならない。
最後に1話やって『夢』編は終わりです。中盤にあった夢系の話をグダグダにちょっとなっていたのでカットしたため30話は越えなかったです。