第23話 遺跡のボス
遺跡の5階にある広大な部屋でルフランたちと戦っていたのは、ミスリルゴーレムだった。
ミスリルゴーレムは物理攻撃に強く、魔法にも僅かながら耐性があった。
普通の冒険者から見れば強敵だ。
しかし、俺たちから見れば既に倒した雑魚である。
「全員集合」
呼び掛けるとシルビアたちと円陣を組む。
周囲に話を聞かれないための措置なのだが、完全に聞かれないようにする為に会話は念話で行う。
『誰が戦う?』
『え、全員で戦うのではないのですか?』
唯一ミスリルゴーレムと戦ったことのないメリッサ。
一般的な冒険者から見れば複数のパーティで戦わなければ勝てないほどの強敵であるのがミスリルゴーレムなためメリッサの疑問はもっともだ。
『いや、今のお前なら1人でも倒すことができるぞ』
そもそもゴーレム系の魔物には魔法に弱いという弱点がある。
メリッサなら上級レベルの魔法や下級レベルの魔法を連射するだけでも倒すことができるはずだ。
俺の言葉だけでは信用できなかったのか視線だけでチラッとミスリルゴーレムを見る。
『そういえば、あまり脅威に感じません』
『そういう訳で戦いたい人』
『はい』
わざわざ手を小さく手を挙げて応えたのはアイラだ。
『前回ミスリルゴーレムと戦った時は上手く戦えなかったからあたしが倒したい』
以前、シルビアとアイラを連れて迷宮に出現したミスリルゴーレムと戦った時はアイラの手に入れたばかりのスキルである『明鏡止水』の練習をしていたせいで苦戦を強いられてしまった。
彼女としては、そのリベンジをしたいということだろう。
『分かった。やれ』
「やった!」
アイラがミスリルゴーレムに向かって駆けて行く。
俺たちは、その場で待機だ。
「おい、あのお嬢ちゃんだけに戦わせるつもりか」
一向に動こうとしない俺たちを見てブレイズさんが怒るように言ってくる。
まあ、普通に考えたら仲間を見殺しにしているようなものだ。
「まあ、大丈夫でしょう」
アイラを心配しているブレイズさんの反面、俺たちは全く心配していなかった。
ただ……
「それは、やりすぎだ」
自分へと近付いてくる存在にミスリルゴーレムがようやく気が付いた。
しかし、そこからさらにアイラが加速したことによってミスリルゴーレムは一瞬姿を見失ってしまう。だが、次の瞬間には自分の眼前にいることを確認する。
「明鏡止水」
言葉をトリガーに心を落ち着かせるとミスリルゴーレムの頭部から股下に掛けて一刀両断にする。
体を左右に真っ二つにされたミスリルゴーレムは機能を停止する。
「どうよ!」
嬉しそうに両手を上げているが、この場には俺たち以外の人物がいることを忘れてしまっている。
それにせっかくのボスなのだからもう少し苦戦しているような演出が欲しかった。
「ま、こんなもんか」
ゴーレムだったミスリルの残骸を回収する。
「それで、こいつが遺跡の最奥に財宝ってわけだ」
ボスのいた部屋の奥には小さな祭壇があり、その上には迷宮核と同じようなサイズの水晶が置かれていた。
近付いてみて分かったが、内部には大量の魔力を蓄積させていた。
色々と使い道がありそうだ。
「どきやがれ!」
ミスリルゴーレムに殴られた衝撃から回復したルフランが水晶を手にしようと近付いてくる。が、伸ばされた手を俺によって弾かれてしまう。
「何しやがる!」
財宝を手にしようとしたところを邪魔されてルフランが怒っている。
けれどもはっきり言って全く怖くない。
「こいつの所有権はボスを倒した俺たちにある」
「何を言っていやがる! ボスと戦っていたのは俺たちだって同じだ」
「あれで?」
俺たちには一方的に倒されているようにしか見えなかった。
それに肝心なことを忘れている。
「お前たちの救助料金で金貨10枚だ。きっちり払ってもらおうか」
「なっ……!?」
別に報酬に拘るつもりはないが、助けてもらったにもかかわらず礼を言えないような相手には気遣う必要などない。
「俺たちは救助なんて頼んでねぇ」
「けど、仲間は違うみたいだぞ」
俺たちに救助を頼んできた冒険者を見る。
その視線で何があったのか察したルフランが冒険者に詰め寄っていた。
「お前、何をやらかしたんだ!」
「ルフランさんに言われたように助けを求めに行ったら、助ける代わりに金貨10枚を払うように言われたんです。さすがに命には代えられないかなって……」
「だからと言って!」
俺たちの助けがなければ死んでいたのは確実なことぐらいはルフランにも分かるらしく、仲間に八つ当たりするぐらいしかできない。
「財宝の所有権は助けを求められて戦って倒した俺たちに当然ある。そのうえで金貨10枚は別に払ってもらおうか。もしも手持ちがないようなら金貨10枚相当の価値がある財宝でもいいし」
昨日の夜から探索していたのなら、それぐらいの財宝は手に入れていてもおかしくない。
財宝の詰まったリュックは部屋の隅に転がっている。
ミスリルゴーレムは、自分の縄張りに侵入してきた相手にしか興味がなかったらしく体がミスリルでできているゴーレムからすればガラクタにしか思えない財宝には興味がなかったらしい。
「いいだろう、持って行け!」
仲間からリュックを受け取ったルフランが中に入っていた50センチ近くあるクリスタルを投げ渡してくる。
これは、ただのクリスタルではない。
流された魔力に反応して淡い光を放つことのできるクリスタルで、貴族なんかの屋敷には癒しの効果を与える道具として置かれている。
それが3つ。
まあ、奪い過ぎても可哀想だし、これぐらいで勘弁してあげるか。
「いいだろう。報酬は確かに受け取った」
「チッ」
舌打ちをすると未だに気絶している仲間も回収して5階から4階へと下りて行く。
俺たちと同じ場所にはいたくないということだろう。
「で、この水晶は回収してしまっても大丈夫なんですか?」
「はい。とくに罠が作動するようなこともありません。ただ、最奥にある財宝を回収してしまうと魔物や他の財宝も姿を消してしまうので探索のやり残しがある場合には注意が必要になります」
俺たちには探索のやり残しはない。
イリスティアたちにしても明日にボス討伐を残すのみだったので問題ない。
「それじゃあ、帰るとしますか」
☆ ☆ ☆
「今回はありがとうございました」
「いえ、何事もなく終わったようなのでよかったです」
翌日、ギルドの出張所にいる職員に遺跡探索が終了したことを報告した。
ボスを討伐したパーティのリーダーとして最奥にいるボスについてや財宝の報告を行う。今後も遺跡が現れることがあるので対策の為に情報を求めているらしい。
特に隠すようなこともないので正直に答える。
「いやはやギルドマスターが目に掛けるのも納得ですね。まさか、ミスリルゴーレムをパーティ単独で倒すなんて」
さすがにアイラ1人で倒したとなると信じてもらえない可能性があったので、パーティで倒したことにさせてもらった。
「これで私たちもアリスターに帰ることができそうです」
「これから寒い季節が続きますからね」
アーカナム地方は過ごしやすい方だが、冬なので寒いことには変わりない。
どうせ冬を過ごすなら遺跡前に作られた仮設の冒険者ギルドよりも暖房の効いた温かい冒険者ギルドで仕事をした方がいい。
ギルド職員の方では、まだ仕事があるようなので挨拶を済ませてアリスターへと先に帰らせてもらうことにする。
その前に挨拶をしなければならない人物がもう1人。
「今回は色々と教えてもらってありがとうございました」
「いえ、私も上には上がいるんだと痛感させてもらいました」
アイラが一撃でミスリルゴーレムを倒した姿はイリスティアにとって刺激的だったらしく遺跡にいる時からアイラに色々と話を聞いていた。
ただ、感覚でスキルを使っているアイラでは上手く説明ができなく、強くなった方法も俺の眷属になった要因が大きいので説明できないことにもどかしさを感じていた。
「今度、クラーシェルに来た時には一声掛けて下さい。街の案内ぐらいなら喜んでしてあげますよ」
「そうですね。場所が場所なので立ち寄ることがあるかもしれません。その時にはお願いします」
収納リングを持っているため身軽なイリスティアたちが自分たちの拠点であるクラーシェルへと帰って行く。
他の冒険者たちは荷物を馬車に積み込んだりとしなければならない作業があるため時間が掛かっていた。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか」
「はい。帰ったら豪勢な物を作りますね」
「あたしは剣の手入れに色々と使ったから買い物に行きたいかな」
「私は家族に会いに行ってきます」
イリスティアたち以上に身軽な俺たちも先に帰る。
今回は、色々と手に入って黒字だったし、経験もそれなりに積めたので彼女たちも上機嫌だ。
『やっと、帰って来た!』
遺跡へと繋がる世界の境界線を越えた瞬間に迷宮核が声を掛けてきた。
寂しがりやなこいつのことを忘れていた。
とりあえず遺跡の中での出来事を迷宮核に聞かせて落ち着かせるのに1日もかかってしまった。